待ち伏せ
敵のアジトからも、そして王宮の地下からも遠く離れた、さらに深く入り組んだ地下道の一角。
ガレスは石造りの壁にもたれながら、周囲の空気を探るようにしきりに鼻をひくつかせていた。そして、相棒へと声を飛ばす。
「なあ……本当に、王宮に行かなくてよかったのか?」
しかし、警戒して神経をとがらせているガレスのことなど我関せずといったふうに、ヒロは通路の乾いた地面に大の字になって悠々と寝そべっていた。天井を見上げたまま、当たり前のように答える。
「あの段階で慌てて王宮へ向かっても、もう手遅れでしょ?」
ガレスは腕を組み、納得がいかないといった様子で不満げに眉をひそめる。
「でもよ、ここを通るなんて保証はどこにも無いだろ? 万が一、別のルートから逃げてたらどうすんだよ」
その疑問に、ヒロはふっと不敵な笑みを浮かべ、寝そべったまま首を横に振った。
「ここしか無いよ。……敵は優秀だからね」
ガレスは妙に納得がいったようにふんふんと頷いたが、次の瞬間、目の前でくつろいでいる相棒を見て再び不審そうな顔をした。
「にしてもよ……なんで寝てんだよ」
ヒロは床に寝そべったまま、得意げな顔を作り、それからほんのわずかに目を伏せて、どこか寂しそうな、懐かしむような笑みを浮かべた。
「父さんがね、昔よく話してくれたんだ。戦いの前に寝るいろんな英雄たちの話をさ。……まぁ、中には本番に寝坊するような人もいたみたいだけど」
ガレスは「はあ?」と片眉を吊り上げ、大柄な首をかしげる。
「んだよ、それ。聞いたことねぇ……って、おい」
その時だった。
遠くの闇を切り裂くように、ガレスの研ぎ澄まれた五感が異常な変化を捉える。同じくして、ヒロも敵の魔力の反応を捉えていた。
ヒロは地面から跳ね起きると、不敵な笑みを深めて言い放つ。
「やっぱり、読み通りのルートだったね。しかも……予想通りわざと気配を垂れ流してるよ」
ガレスはそんなヒロに心の底からの敬意と信頼を抱きながら、背負っていた巨大な大剣の柄へと力強く手を伸ばした。
「ってことは……セバスの爺さん、まんまと釣られたってわけかよ!」
「そうだろうね」
そう言いながら、ヒロは肩から下げていた工具箱を静かに下ろし、通路の隅へと丁寧に置いた。
そして、薄暗い地下道の中央へと進み出てまっすぐ立ち、腰に差した剣の柄にそっと手を添える。
そのヒロのすぐ隣に、ガレスが頼もしく並び立った。
二人の足元に、淡く青白い光を帯びた魔法陣が展開される。
ガレスはその足元から体全体へと駆け巡っていく懐かしい魔力の流れを感じ取り、胸の奥を静かに震わせた。
――身体強化魔法。ヒロが毎日のように使っている、もはや彼の十八番とも言える技術だった。
戦闘の気配が最高潮に達する中、ヒロはふっと余裕の笑みを浮かべて相棒に声をかける。
「ガレス、気をつけて。『安全第一』だよ」
ガレスは思わず呆れたように大きく息を吐き、横にいるヒロを一瞥した。
「んだよ、それ……。これから命懸けの戦闘だってのに」
ヒロはふふんと自慢げに鼻を鳴らしながら、涼しい顔で言い返す。
「ここは地下道だよ。職人である僕の指示には、しっかり従ってもらうからね」
(――って、お前は冒険者だろ!)というガレスのツッコミは、地下道に響くことはなかった。
王女を抱え、走ってきた謎の一行が、ついに二人の目の前へと姿を現したのだ。




