勘
一方その頃――。
王宮の豪華な執務室では、執事でありながら裏では「剣聖」の称号を持つセバスが、窓を少しだけ開き、心地よい夜風を浴びながらも、全身の感覚を研ぎ澄まして周囲を警戒していた。
(……ギルドは動いてくれるでしょうか)
警戒の糸を一切緩めず、胸の内で静かに思いを巡らせる。ふと、あの二人の青年の姿が脳裏に浮かんだ。ヒロの研ぎ澄まされた洞察力と、ガレスの圧倒的な武力。
――あの二人であれば、きっと。
その瞬間だった。
嫌な予感が走る。敵の気配を捉えたわけではない。剣聖としての長年の経験と研ぎ澄まされた「勘」が、今この瞬間が絶体絶命の危機であると全身に告げていた。
セバスは迷うことなく、一瞬で部屋を飛び出し、廊下の壁に備えられた非常用の警報魔導器を力任せに叩き鳴らした。
ジリリリリリッ! と、王宮全体を揺るがす甲高い警報音が鳴り響く。
(……衛兵たちを待っていては間に合いませんね)
セバスは音もなく床を蹴り、一直線に駆け出した。目的地は、他でもない王女の私室だ。
「アン様ッ!!」
怒涛の勢いで寝室の扉を蹴破るように開け放つ。しかし、そこに広がっていたのは最悪の光景だった。
ベッドはもぬけの空。人の気配はなく、ただ寝台のシーツがわずかに波打っているだけ。そして、月明かりを浴びる大きな窓は、大きく開け放たれていた。
セバスは躊躇わず、開いた窓枠を踏み台にして夜空へと飛び出した。
外に出た瞬間、先ほどまで隠されていたのが嘘のように「痕跡」が、一斉に彼の感覚に流れ込んでくる。すでに目的を果たしたからか、あるいは焦りからか、隠密の精度が落ちている。
(……舐められたものですね)
セバスの老練な顔に、怒気を含んだ不敵な笑みが浮かぶ。
彼はそのまま屋根から屋根へと音もなく飛び移り、城下町を抜けて薄暗い裏路地へ。そして、地下道への入り口へと、迷うことなく飛び込んだ。
地下のひんやりとした湿った空気を切り裂きながら駆ける。
(やはり、あの青年の言う通り、地下へ繋がっていましたか……)
心の中で深く感謝しつつも、セバスは額に冷や汗を一つかいた。
――だが、前方にいる影を追えば追うほど、一つの事実が重くのしかかる。
(……追いつけませんね)
相手は王女を抱えているというのに、速度が衰える様子はない。距離を離されるわけでもないが、しかし、どれだけ踏み込んでも一歩たりとも距離が縮まるわけでもない。
経験豊富な剣聖の胸の内に、わずかな、しかし確実な焦りが生まれ始めていた。




