全面的な同意
ヒロはギルドを出るやいなや、全速力で石畳を蹴り出した。
背後からは、どれほど速度を上げても決して引き離せない、圧倒的な気配が軽やかに追従してくる。楽々と自分のペースに合わせてくるガレスの存在を感じながら、ヒロはわずかに呆れつつも、心の奥でどこか誇らしい気持ちを抱いていた。
――久しぶりだ。
そう、五年ぶりにこうしてガレスと肩を並べて戦いに行くんだ。あの時も、無我夢中で二人で森の中を駆けていた。まだ幼さが残る手で、――王女を助けるために。
ただ、当時と決定的に違うのは――。
ヒロは走りながら、いつの間にか横並びの位置まで追いついてきたガレスにちらりと目をやった。
ガレスの背中には、彼を象徴する巨大な大剣が背負われている。地下であんな大物を振り回すことなどできるはずもない。
当たり前のように王国に潜入し、見事な穏行で尻尾を掴ませないーーー。そんな敵はかなりの使い手だろう。
手加減はできない。いや、手加減なんてしていたらこちらがやられるだろう。
――僕が、汚れ役になるしか、ないな。
胸の奥で冷たく、しかし揺るぎない覚悟の炎を灯しながら、ヒロはさらに速度を上げ、地下道の入り口へと向かう。
入り口へとたどり着くと目の前の扉は、もはや隠すつもりすらないのか、大きく開け放たれている。中から漏れ出る冷気は、ただの地下のそれとは違う、異質な不気味さを孕んでいた。
ヒロは思わず小さく舌打ちをする。
その苛立ちと焦燥に気づいたのだろう、ガレスがすっと歩み寄り、ずっしりと重みのある大きな手をヒロの肩に置いた。
横を向くと、ガレスは不安げな顔など微塵も見せず、まっすぐに地下へと続く暗い階段を見据えている。
「忘れんなよ、俺も一緒だぜ」
その力強い言葉に、ヒロの胸のつかえがスッと降りていく。
――かなわないな、まったく。
先ほどまで一人で抱え込んで張り詰めていた悩みが、嘘のようにきれいに消えていくのを感じる。
(大剣は地下で振れない? 馬鹿なこと考えて何を一人で思い詰めてるんだ!)
ヒロは心の中で自分に強い檄を飛ばすと、ふっと息を吐いて首を横に振った。
隣にいるのは、「天才」ガレスだ。武器のサイズがどうこうなんて心配は余計なお世話だった。狭い地下なら、狭いなりの戦い方をするだろう。
ヒロは迷いを完全に振り払うと、ガレスと同じようにまっすぐ地下の闇を見据えた。
「行くよ、ガレス」
「おうっ!」
二人の足音が、静まり返った地下通路へと吸い込まれていった。
地下へと続く階段を降り、二人は気配を殺して慎重に歩みを進めていた。
ヒロは周囲の様子に目、もとい「魔力」を光らせながら、いつものように収納魔法を発動した。
パッと淡い光が瞬き、ヒロの手に現れたのは「あの剣」。そのまま慣れた手つきで、それを腰のベルトへとしっかりと差し込む。
その様子をすぐ隣で見ていたガレスは、ふっと息を漏らして口を開いた。
「……それ。久しぶりに見たな」
言われてみれば、確かにその通りだった。
もちろん地下に潜る時は必ず帯剣していた。しかし、この剣を自らの手で作り上げた直後、あの酒場で皆に見せたきり――地上では一度も、人前で取り出したことなどなかったのだ。
ヒロは照れくささを誤魔化すように、ふっと苦笑いを浮かべながら話題を切り替える。
「そんな話をしてる場合じゃないでしょ。……それより。やっぱり、こっちの通路が怪しいよね?」
進むべき道の先を真っ直ぐに見据えながら、ガレスに問いかけた。
ガレスは周囲の空気を嗅ぎ分けるように鼻をひくつかせる。
「ああ……間違いない。あっちから、嫌な匂いがプンプンしやがる」
各々の方法で道を辿り、しばらく薄暗い通路を進んでいくと、やがて視界が開ける――のではなく、そこは唐突に行き止まりとなっていた。
行き止まりの冷たい石壁の前に立ち、ガレスはペタペタと手のひらで壁を触りながら、不思議そうに首を傾げる。
「おっかしいなぁ……。確かにこの先から匂いがプンプンすんだけどな」
その傍らで、ヒロは冷や汗を流しながらその様子を見つめていた。
理屈では分かっていたはずだった。しかし、実際にそれを目にして、改めてこれから相対するであろう敵の底知れぬ技量に、背筋が凍るような恐怖を抱かずにはいられなかった。
「……すごいね、これは」
ヒロは乾いた笑みをこぼすと、迷いを断ち切るように、真っ直ぐにその「壁」へと向かって歩き出した。
ガレスは「おい、なにして……」と声をかけようとして、次の瞬間、文字通り開いた口が塞がらないと言わんばかりに大きく口を開けた。
ヒロは壁の中に半身突っ込んだ状態で、固まっているガレスを振り返った。
「何してんのさ。行くよ」
呆れたような、しかしどこか余裕を含んだヒロの声を合図に、ガレスは「は……? えぇっ!?」と間抜けな声を漏らしながら、慌ててヒロの背中を追って奇妙な壁の向こうへと足を踏み入れたのだった。
壁を抜けた先は、薄暗い地下道とは打って変わって、まるで秘密基地のように生活感のある空間が広がっていた。
そこは地下とは思えないほど整えられた、ちょっとした居住空間だった。簡易的なベッドが何個も置かれ、中央には小さなテーブルと照明、さらには簡単な調理器具まで揃っている。そして何より、棚や床には大量に買い込まれた保存食や物資が山のように積み上げられていた。
「へえ……。ここが、奴らのアジトってわけか」
ガレスは鼻をひくつかせながら、周囲に異変がないか気配を探っている。
しかし、そんな相棒の緊張感とは裏腹に、ヒロは額に手を当てて深く、深くため息をついた。
「……やってくれたね。まったく」
その言葉にガレスは怪訝そうな顔をして振り返る。
「ん? どうした?」
ヒロは険しい顔のまま、部屋の天井や壁を指差して早口でまくし立てた。
「壁を壊してる! しかも、魔力導管から雑にパイプを繋いで引っ張ってきて、照明とコンロに使ってる!これ全部もとに直すの大変なんだからね!!」
それを聞いたガレスは、一瞬「……は?」と間抜けにぽかんと口を開けたが、すぐに腹の底からこみ上げてきたものを抑えきれなくなり、盛大に噴き出した。
「 敵のアジトに潜入して最初にキレるとこそこかよ!!」
ヒロはガレスの的確すぎるツッコミに「はっ」と我に帰り、わざとらしく大きな咳払いを一つ挟むと、無理やり話を本筋へと戻した。
「……ま、冗談はさておき、あれを見なよ」
「お前、絶対今のは本気だったろ……」と、ガレスはぶつくさと文句を呟きながらも、ヒロが指し示したテーブルの上へと視線を移した。
そこには、王都の細部まで記された正確な地図が広げられていた。
地図の上には、このアジトから王宮へと至るルートが、何本もの赤や黒のインクで複雑に描き込まれている。どの経路を通れば警備の目を盗み、確実に王宮の内部へと侵入できるのか――まるで幾度も失敗を重ねながら、試行錯誤を繰り返していた生々しい痕跡がそこには残されていた。
ヒロは腕を組み、険しい目を細めながらその地図をじっと見つめる。
「……なるほどね。地下通路への入り口の扉が、あんな風に堂々と開け放たれていた理由が分かったよ。あいつら、もう侵入経路を見つけたんだ。ーーそれに、今回の件、全部一つに繋がったね」
その横で、ガレスは部屋の隅にある簡易ベッドの数を数え始めていた。
ヒロはそれを冷めた横目でチラリと見やりながら、淡々と言い放つ。
「そんなことしても意味ないよ」
ガレスはむすっと不満そうな顔を浮かべ、数えかけの指を止めて顔を上げた。
「っんでだよ! 敵の正確な人数が分かった方が、対策しやすいだろ!」
ヒロはニヤッと不敵に笑うと、腰に手を当て、人差し指を左右に軽く振ってみせる。
「甘いね、ガレス。例えば『八時間睡眠の三交代制』だとしたら、人数は単純に三倍になる。それに、王国に潜入するような帝国の精鋭部隊なら、睡眠時間はもっと短いはず。そんな浅い推測で敵の数を勝手に想定してたりしたら、それこそ命取りになるよ」
ヒロの理路整然とした指摘に、ガレスは「ふむ……」と妙に納得がいったような顔つきになり、大きく頷いた。
「全員ぶっ飛ばせばいいってことか」
ヒロはやれやれとばかりに呆れたようにため息をついたが、すぐにふっと口元を緩めた。
「そういう、すぐ力技に走る脳筋なところは嫌いだけどさ……」
ヒロは腰の剣に手を添え、静かに瞳をぎらつかせる。
「今回ばっかりは、君のその意見に全面的に同意するよ」
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