反撃の狼煙
翌日。
ヒロはガレスと共に、いつもとは違う方向――王宮へと続く大通りを歩いていた。
(この辺りを歩くのは、初めてだな……)
冒険者が用事もなく王宮の近くへ来ることなどまずない。中心街を抜けるにつれて、道ゆく人々の身なりはどんどん上品で華美なものになっていき、ヒロたちは、周囲の景色からあきらかに浮き上がっていた。
それでも――。
ふと隣を見ると、「Aランク冒険者」のガレスが堂々と歩いている。そのおかげか、物珍しげに視線こそ向けられるものの、物々しい警備の者たちに咎められることはなかった。
当の本人は、そんな周囲の空気や自分たちが浮いていることになど微塵も気づいておらず、「めんどくせぇなぁ」とばかりにつまらなそうにあくびを噛み殺しながら歩いている。
そんな相棒を、ヒロは内心で「こういう時は本当に頼りになるな……」と思いながら眺めていた。
そうして歩くことしばらく、ようやく目的地である王宮の巨大な門前へと辿り着く。
ヒロは背筋を伸ばすと、厳重に警備に当たる門兵の一人に声をかけた。
「あの、王国執事のセバスさんにお取次ぎ願いたいのですが……。」
門兵は、工具箱を下げた職人がいきなり王宮を訪ねてきたことに疑問を抱き、厳しい視線をヒロに向けた。
しかし、そのすぐ隣に立ち、面倒臭そうに腕を組んでいるガレスの顔を認めた瞬間、門兵たちの表情がピシリと緊張に染まった。
ガレスの姿を認めるやいなや、門兵は慌てて背筋を伸ばし、しっかりとした敬礼を送る。
「……っ! 失礼いたしました、ガレス殿! 」
門兵はすぐさま判断を下すと、相棒のもう一人の衛兵にその場を任せ、「少々お待ちください!」と言い残すやいなや、慌ただしく王宮の敷地内へと駆けていった。
その見事なまでの対応の変わり様を横で見ながら、ヒロは心の中でこっそりと思わず呟く。
(……やっぱり、ガレスって便利だな……)
しばらく待っていると、先ほど走っていった門兵が息を切らしながら戻ってきた。
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
門兵に案内されるがまま、二人は王宮の敷地内へと足を踏み入れる。廊下の壁や天井には目も眩むような豪華な装飾や芸術品が並び、ヒロは思わずそれらに目を奪われた。
やがて、幾つもの重厚な扉の前を通り過ぎた奥の一室の前で、門兵が足を止める。
「失礼します」
門兵が扉をノックして押し開き、二人を中に招き入れた。
足を踏み入れた部屋の奥にある重厚な執務机。そこで静かにペンを走らせていたのは、『剣聖』セバスその人だった。
足音に気づいたセバスがスッと顔を上げ、厳格だった表情をふっと和らげる。
「……模擬戦ぶりですね」
その穏やかな声に、ガレスはポリポリと照れくさそうに頭をかき、ヒロは背筋を正して丁寧に深々とお辞儀をした。
セバスはトンと書類の上にペンを置くと、椅子から立ち上がり、二人の方へと歩み寄る。そして、真摯な眼差しを向けて静かに言った。
「本題に入る前に、まずは個人的に伝えておかなければなりませんね……。五年前、我が国の王女様を救い出していただき、本当にありがとうございます」
その言葉に、ガレスはニカッと豪快な笑みを浮かべて手をヒラヒラと振った。
「いいってことよ! まぁ、その……ヒロがあの時、王女様に『とんでもねぇ暴言』を吐いちまってるってこともあるし」
意地悪そうにニヤニヤしながら、ガレスは隣にいるヒロの顔をのぞき込む。
ヒロはそっぽを向いて目を逸らした。
そんな二人のやり取りを見て、セバスはどこか懐かしそうに目を細め、穏やかに首を振る。
「いえ……。あの時の言葉がよほど効いたのか、王女様は見違えたように強く、頼もしく成長なさいました。あの時あなたが直言してくださらなければ、今の王女様はいなかったでしょう」
セバスはまっすぐに二人を見据えると、深く頭を下げた。
「あの時のお礼を、今ここに重ねて申し上げます」
王国最強であり、宮廷の重鎮である剣聖からの真っ直ぐな謝辞。普段そんな大層な立場とは無縁の二人は、どう反応していいか分からず、少しだけ居心地の悪そうにもじもじと身体を揺らすのだった。
気まずい空気を打ち破るように、ヒロはわずかに咳払いをして口を開いた。
「……お話があります」
ヒロの真剣な声色に、セバスの表情がスッと引き締まる。
昨日の夕方、衛兵の依頼で地下道の鍵を調べたこと。その鍵が魔法によって開けられていたこと。そして帰り道、街の人々から聞いた「大量の物資を買い込み、影が薄くて誰も記憶に残らない男」の噂。
すべてを語り終えると、ヒロはポケットからそっと例の金属片を取り出し、セバスに歩み寄って手渡した。セバスの瞳の色が変わった。
セバスはしばらくの間、じっとそれを見つめたまま黙り込んでいたが、やがてすべてを察したように大きく息を吐き出し、静かに顔を上げた。
そして、鋭い眼光をヒロに向け、たった一言だけ問いかける。
「――次は、追えますか?」
余計な詮索も、無駄な説明もない。その冷徹なまでの判断力に気圧されそうになりながらも、ヒロの口元にはふっと不敵な笑みが浮かんでいた。
「もちろん」
迷いのない即答に、セバスは満足したようにわずかに頷く。
「行くぞ、ガレス」
「お、おい! 一体何の話だ、俺にはさっぱりわけがわかんねぇぞ!」と、頭をポリポリとかきながら混乱しているガレスの腕をぐっと掴み、ヒロは勢いよくその部屋を後にした。
ヒロは迷いのないまっすぐな足取りで執務室を後にし、そのまま王宮の敷地を抜けて外へと出た。
しばらくは大通りをスタスタと歩いていたが、結局何の話だかよく分からぬままついてきていたガレスは、ついに追いかけるのをやめ、通り沿いに並ぶ屋台の一つで足を止める。並んでいた香ばしい焼き串を買うと、歩きながらふいにヒロの方へそれを放り投げた。
「ほれっ」
「っと……ありがと」
ヒロは飛んできた串をひょいと受け取る。ようやく歩みを緩め、二人は熱々の焼き串を頬張りながら、並んでゆっくり大通りを歩き始めた。
肉の旨味が口いっぱいに広がる中、ガレスは串の端を噛み切りながら、ふと気になっていたことを口にする。
「……ホントに追えるのか?」
ヒロは串を一口飲み込み、どこか自信満々な笑みを浮かべて答えてみせた。
「今まで僕の魔法は、地形の把握や導管の小さな傷、構造の歪みを見るためとか、あとはラットビーストの居場所を探知するくらいにしか使ってこなかったからね。……要するに、『そこにいるもの』を探すことしか頭になかったんだ。『隠れようとしてるやつ』をあえて探そうなんて、今まで考えたこともなかったよ」
ガレスはようやく全てが腑に落ちたというふうにニヤリと笑い、最後のひと口を飲み込んだ。
「『違和感』を嗅ぎ当てちまえればいいってことだな?」
「さすがだね、ガレス。頼りにしてるよ」
ヒロの言葉に、ガレスはフンと鼻を鳴らして豪快に笑った。
二人はふと顔を見合わせ、お互いに力強く頷き合う。
王都の裏で暗躍する帝国の刺客――その尻尾を掴むための反撃の準備は、すでに整っていた。




