眠れない夜
静まり返った酒場の二階。
ヒロは自分のベッドで仰向けに大の字になりながら、天井をぼんやりと見つめていた。一向に眠気がやってくる気配が無かったからだ。
昼間、突如として霧散した魔力の主。――あいつはいったい、何を狙っていたのか。
王女アンの動向を監視するための偵察か、それとも表立った手出しができない中での誘拐の機会を伺っていたのか、はたまた、もっと直接的な――王女の暗殺か。
考えれば考えるほど最悪の可能性が頭をもたげ、思考の渦から抜け出せなくなっていく。
その時――。
静寂を破るように、隣から低い声がした。
「おい、ヒロ。……起きてるか?」
驚いてそちらに視線を向けると、隣のベッドでは、同じく全く眠れずにいる様子のガレスが微動だにせず、天井の一点を、ただ見つめていた。
ヒロは内心、驚いていた。
ガレスといえば、布団に入ったが最後、三秒も経たずにいびきをかき始めるような図抜けた神経の持ち主だ。そんな彼が、今夜に限っては一切眠そうなそぶりも見せず、真剣に何かを考え込んでいる。
ヒロは体を起こし、意外そうな目を向けながら呟いた。
「……珍しいね。ガレスがこんな時間まで起きてるなんて」
ガレスは天井を見つめたまま、返事になっていない返事をした。
「……これから、どうすんだよ」
その短くも真剣な問いかけに、ヒロはふうと大きく息を吐き出すと、もう一度ベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。そして、天井の木目を見つめながら、絞り出すように答える。
「……何も、しないよ」
一瞬の間を置いて、今度はガレスが上体を起こし、ヒロの顔を射抜くような鋭い視線で見据えた。
「なんでだ。アンを見捨てるのかよ!」
ヒロはガレスの方に顔すら向けず、ぐっと奥歯を噛み締めるようにして呟く。
「……僕の探知魔法も、ガレスの野生の嗅覚も、……そしておそらく、あのセバスさんですら見失ったんだ。相手が悪すぎる。それに……そもそも、僕らの仕事じゃないよ」
それは、理性的で、冷徹で、現実的な正論だった。
しかし、そのあまりにも冷めた言葉を聞いたガレスは、不満そうに眉をひそめたまま、再びベッドに仰向けに倒れ込んだ。その姿には、到底納得したなどと言えない強い苛立ちと割り切れなさがにじみ出ていた。
「……お前がそう言うなら、もう何も言わねぇよ」
ガレスは吐き捨てるようにそう呟くと、ヒロに背中を向けた。
――数秒後。
さっきまでの真剣な悩み事が嘘だったかのように、ガレスはもう規則正しい深い寝息を立て始め、いつもの豪快ないびきをかいて眠りについてしまったのだった。
静まり返った部屋に取り残されたヒロは、そのいびきを聞きながら、眠れぬまま暗い天井を見つめ続けるしかなかった。
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