プレゼント
依頼を無事にこなし、その帰りがけ。ヒロは溢れんばかりの差し入れを入れたカゴを抱えながら、いつものお婆さんの家へと足を向けていた。
扉を叩くと、お婆さんはいつもと変わらない温かい笑顔でヒロを迎え入れてくれる。淹れたての温かいお茶を飲みながら、他愛のない世間話に花を咲かせる穏やかな時間。
だが、今日のヒロはどこかそわそわとしていて、カップの縁を見つめたまま、意を決したようにポツリと切り出した。
「ねえ、お婆さん……。その、人へのプレゼントってさ、何あげたら喜ぶんだろ?」
その突然の質問にお婆さんは手を止め、目を細めながらフフッと楽しそうに考え込む。
「ふぅん……。リリアちゃんは、いったい何が好きなんだろうねぇ……」
名前を出された瞬間、ヒロは「ぶっ!」と盛大にお茶を吹き出し、顔を真っ赤に染めて慌てふためいた。
「っ! ち、違っ……! 誰に、誰にあげるとか、そんなこと一言も言ってないのに!」
あまりのわかりやすい動揺ぶりに、お婆さんはニヤリと悪戯っぽく笑った。
「おや、違うのかい?顔に書いてあるんだがね?」
「うっ……!」
図星を突かれたヒロは顔から湯気が出そうなほど真っ赤にしたまま、慌てて手元のお茶をグイッと一気に飲み干した。そして、バッと勢いよく立ち上がる。
「も、もうっ! お婆さんの意地悪! 知らないっ!」
恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤にしたまま、ヒロはバタバタと慌てて家を飛び出していく。
その背中を見送りながら、お婆さんは「若いねぇ」と目を細め、いつまでも楽しそうに優しい笑い声を響かせるのだった。
お婆さんの家から逃げるように飛び出したヒロは、そのままの勢いでまっすぐにとある場所へと向かった。
(こういう時、相談するなら絶対にあの人だ……!)
不器用だけど、いつだってヒロが自分の手で答えを出せるように導いてくれる。ヒロは到着した場所の扉をガタッと勢いよく開き、奥の熱気のこもったその目的地へと飛び込んだ。
「 そ、相談があります!!」
息を弾ませながら叫ぶヒロ。
その必死な一言で、その部屋の空気がピタリと変わった。
ーーヒロが向かった先は工房だった。
親方が動きを止め、作業の手を休めた職人たちも一斉にヒロの方を向く。
「……なんだ、その顔は」
「ついに職人へ本格的に転職する気になったか?」
「いやいや、新しい魔道具でも思いついたんじゃねぇか?」
「地下の配管で何か異常でも見つかったのか?」
ガヤガヤと次々と予想が飛び交う中、ヒロは力強く首を横に振った。
「違います!」
それを聞いた一同は顔を見合わせる。
――それなら一体何だ。工房には一瞬だけ、奇妙な静寂が流れた。
そんな中、ヒロは真面目な顔のまま、意を決したように口を開いた。
「あの……女の子って、何をプレゼントしたら喜ぶんでしょうか?」
……。
工房から、すべての音が消えた。
親方は完全に固まり、職人たちも口を半開きにしたままピクリとも動かない。
そして、数秒後。
誰からともなく、堪えきれなかった職人たちが噴き出すように大笑いし始めた。
「お、お前、そんな真面目な顔して相談する内容がそれかよ!」
「びっくりしたぁ、心臓止まるかと思ったぞ!」
工房は、腹を抱えて笑う職人たちの笑い声でいっぱいに満たされた。
親方は大きな額を押さえ、深々とため息をつく。
「……お前なぁ」
そう呆れながらも、その口元には自然と隠しきれない笑みが浮かんでいた。
すると、一人の職人が面白そうに笑いながら親方を指差す。
「おい、でもよ! 親方に相談したってロクな答え返ってこねぇぞ!」
「そうそう!」
「どうせ酒だろ!」
「いや、頑丈な槌に決まってる!」
「手拭いもありだな!」
「女の子に槌なんか贈るか普通!」
「親方なら絶対に贈るぜ!」
「間違いねぇ!」
職人たちの茶化す声に、親方は顔をしかめながら全員を睨みつけた。
「てめぇら……俺を何だと思ってやがる」
職人たちは顔を見合わせると、声を揃えてこう言った。
「「鍛冶バカ!!」」
しばらく黙っていた親方だったが、やれやれといったふうに小さく鼻で笑う。
「……まあ、否定はできねぇな」
その親方の言葉に、職人たちの笑い声はさらに大きくなるのだった。
その明るい笑い声に釣られるように、工房の重い扉が開き、大きな資材を両腕に抱えたガレスが入ってきた。
装備の調整の合間に、こうして自ら体を鍛えがてら工房の手伝いをする姿はすっかり板についていた。
「おう、ヒロ!どうした?」
ガレスが汗を拭いながら声をかけてくる。
その顔を見た瞬間、ヒロは思わずスッと目を逸らしてしまった。
物心ついた時から――いや、おそらく物心がつくそのずっと前から、ガレスとはずっと一緒だった。
お互いに隠し事なんてしたことがない。何でも包み隠さず話してきた仲だ。
――でも。
なぜか、この事だけは、どうしてもガレスには言えなかった。照れくささなのか、なんとなく気恥ずかしいのか、自分でもよく分からない。
再びガレスの姿へと戻したその時、ふとヒロの目がガレスの体に留まった。
首飾り。腕輪。指輪。革紐に通された小さな魔石。そして、腰のあたりにぶら下がった古びたお守り。
王都へ出てきてから少しずつ増え続けたそれらの装飾品が、今ではガレスの頑丈な体のあちこちにジャラジャラと付けられていた。
何も事情を知らない通りすがりの人が見たら、派手に着飾っているように見えるかもしれない。
けれど、ヒロはよく知っている。
それは見栄でも、おしゃれでもない。
過酷な討伐を乗り越えた記念。王都の店や街の人々から親しみを込めてもらった贈り物。スラムの小さな子どもが嬉しそうに渡してくれた手編みの紐。
ガレスは、どれ一つとして忘れることなく、すべて身につけていた。どれ一つとして手放そうとはしないのだ。
それをまじまじと見つめながら、ヒロは呟いた。
「……アクセサリー、か」
その一言を残して、ヒロはガレスの問いかけに答える間もなく、迷うことなくギルドへと駆け出した。
息を切らして窓口へ辿り着くと、完了した依頼の報告書をスッとリリアの前に差し出す。
いつものような他愛のない雑談は一切ない。
親方の姿をそのまま真似るように、ヒロは腕を組み、真剣な眼差しでリリアの顔をじっと見つめた。
(……ガレスみたいに身につけるもの、か)
思わず声に出しながらリリアを観察していく。
「まるで最高級のラピスラズリをそのまま埋め込んだような、綺麗な青い瞳……」
(いや、でも眼鏡とかはダメだ。度を合わせる必要があるから、プレゼントには向いてない……)
「化粧もしていないのに朝の光みたいに透き通る、真っ白な肌……」
(これだけ綺麗なら、化粧品は逆に邪魔だな……)
「それに、黒曜石みたいに艶やかで綺麗な髪……」
ヒロは無意識のうちに、目の前にいるリリアの髪へとそっと手を伸ばそうとしていた。
その瞬間――。
スッ、と伸びてきたヒロの手首を、リリアの小さな手がぎゅっと強く掴んだ。
「……?」
不意に現実引き戻され、ヒロがハッと目をパチクリさせてリリアの顔を見る。
そこには、耳の先まで茹だるような真っ赤に染め上げたリリアの姿があった。
「もうっ……!恥ずかしいこと言いながら、いきなり髪に触ろうとするなんて……やめなさいっ!」
怒っているような、恥ずかしがっているような声。しかし、上を向いたリリアの表情は、言葉とは裏腹にどこか嬉しそうに緩んでいた。
「えっ、あ、の、その……!」
ようやく自分がどれほどのことをしていたのかに気づき、ヒロの顔から一気に血の気が引いた……と思えば、今度は沸騰したように真っ赤に染まる。
「ご、ごめんなさいっ!」
報酬の入った小袋を慌ててひったくると、ヒロは恥ずかしさの限界を突破し、まるで嵐のようにギルドの扉を勢いよく飛び出していくのだった。
ヒロの頭の中は先ほどの恥ずかしさでいっぱいだったが、その混乱の渦中でも、心の中では一つの明確な答えにたどり着いていた。
(……そうだ、あれなら!)
行き場のない熱を持ったまま、ヒロは再び踵を返し、一目散に工房へと戻ってきた。
バタンと勢いよく扉を開けると、そこには仕上がったばかりの装備を身にまとい、その感触を入念に確かめているガレスの姿があった。
ガレスは「んだよ、さっきから出たり入たり忙しいやつだな!」と呆れたように振り返る。
しかし、その顔はなぜか隠しきれないニヤニヤとした笑みが広がっていた。
それだけではない。
ガレスの周りで、装備の最終調整を手伝っていた職人たちも全員、一斉に手を止め、同じようにニヤニヤしながらヒロの方を振り返ったのだ。
「よっ!色男!」
――あ。
ヒロはようやく気づき、顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「……っ! ガレスにバラしたね!!」
工房中が、盛大な笑い声に包まれた。
その賑やかな笑い声のなか、奥の作業場から親方がゆっくりとした足取りで姿を現す。
「……お前ら、そんなに茶化してやんなよ」
そう言いながらも、親方の鼻の頭はピクピクと楽しそうに動き、どうしても笑いをこらえきれていない様子だった。
ヒロはジトーーッとした冷ややかな目を親方に向ける。
「おーやーかーたー?」
「おう、すまんすまん」
親方は悪びれもせずヒラヒラと大きく手を振ると、一瞬で職人の顔に戻って真面目な声色を作った。
「でだ。何か掴んできたな?」
その言葉に、ヒロは恥ずかしさをグッと飲み込み、キリッと表情を引き締めて真っ直ぐに親方を見据えた。
「はい! 髪飾りの作り方を教えて下さい!」
そのまっすぐで力強い宣言に、工房の空気がふっと引き締まった。
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