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見習い冒険者はいつになっても正式採用を受けない  作者: Patriot
十二歳〜十五歳

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51/88

次の日から、スラム街の本格的な下水道工事が始まった。


もちろん、先日指摘された上水の水場をより使いやすい場所へと移動させる作業も同時に進行する。


そこに関しては、工房の職人たちは一切手を貸してくれなかった。


「てめぇのケツはてめぇで拭け。設計ミスした甘ちゃんだからな」


そう言ってニヤニヤしながら自分の持ち場へと戻っていく職人たちの姿に、ヒロは内心で大きく呆れた。


(……そんなこと言いながら、親方はわざわざ国の面倒な手続きを全部済ませて下水道の仕事を取ってきてくれて、職人たちはみんな嬉しそうにその作業をやってるじゃないか)


天邪鬼というか、職人気質というか。

呆れながらも、ヒロは温かいものが胸に広がるのを感じながら再び槌を握りしめた。


その隣では、ガレスが休日にも関わらず休養をとることもせず、ツルハシを豪快に振るっていた。


「ははっ、すげえな! まだ俺にもやることが山ほどあるじゃねぇか!」


汗を拭いながら満面の笑みを浮かべる相棒を見て、ヒロは心の中で大きく突っ込む。


(……なんでそんなに嬉しそうなんだよ、休めよまったく……)


口では呆れたような言葉を向けつつも、その頼もしい背中を見るヒロの目は、確かな信頼に満ちていた。


スラムが完全に生まれ変わり、誰もが豊かに暮らせるようになるのは、まだまだ先のことに違いない。


上水が完備されたとはいえ、家々の建物は依然として不安定で、魔力導管はまだこのスラムの入り口にすら届いていない。魔力を動力とする便利な魔道具や生活用品も、ここではまだ夢のまた夢だ。


やるべきことは山積みで、課題はいくらでもある。

それでも――以前のような、どうしようもない閉塞感や、未来への不安は不思議と微塵もなかった。


ある日の夕方、スラムの一角からふと賑やかな歓声が上がった。


子供たちがはしゃぎ、驚きの声を上げている。その空間に漂う微かな魔力の波動を感じ取り、ヒロは作業の手をピタリと止めた。


この魔力の反応は、おそらく――。


「ガレス、今日の作業はここまでだ」


怪訝そうな顔をするガレスを促し、ヒロは早足でその場を離れようとする。

ガレスはやれやれと肩をすくめ、大きなツルハシを担ぎ直しながらヒロの後を追った。


「なあヒロ、なんでアンを避けるんだ?」


少し離れた場所で、スラムの人々に囲まれながら温かい笑顔で炊き出しを手伝い、一人ひとりと丁寧に言葉を交わすアンの姿。それを遠目に見つめながら、ガレスは率直な疑問を投げかけた。


しかし、ヒロはそれに返事をしない。質問を無視するように、ただ前を向いてスラムの路地を早足で歩いていく。


避ける理由、か。


王女であるアンを成り行きで助けた際、思わず感情任せの暴言を吐いてしまったことへの気まずさだろうか。それとも、自分が勝手に水道を引くまでスラムを放置し、ようやく重い腰を上げた国への、心のどこかに残る怒りや蟠りだろうか。


本当のところは、ヒロ自身にもよく分からなかった。

ただ、今はまだ、彼女のまっすぐな瞳と向き合う気にはなれなかった。ただ、会いたくない。


胸の奥に渦巻く複雑な気持ちをそっと押し隠すように、ヒロはガレスと共に、夕暮れのギルドへと向かって歩き出すのだった。


スラム街での下水道工事の進捗をまとめた分厚い報告書を手に、ヒロは夕暮れ時の喧騒が残る冒険者ギルドの受付へと並んだ。


その隣にはガレスが、腕を組んで気だるげに立っている。

ふと、列の先でテキパキと手続きをこなすリリアの姿を見据えながら、ガレスはヒロの耳元でひそひそと呟いた。


「おい、ヒロ。……なーんか最近、日に日に目つき悪くなってねぇか? あの姉ちゃん」


その言葉に、ヒロは少し不服そうな顔をしてガレスを睨む。


「失礼なこと言うなよ。そんなわけないだろ、リリアさんの目はいつも綺麗で――……ん?」


言いかけて、ヒロは言葉を詰まらせた。

ガレスに言われて改めて、カウンター越しに書類をチェックしているリリアの顔をじっと観察してみる。

ちょうど、カウンターの奥から手元の細かい文字が書かれた依頼書を引き寄せ、リリアはわずかに顔をしかめ、目を細めてピント合わせるようにじっと覗き込んでいた。

目つきが悪いわけじゃない。

……あれは、もしかして視力が悪くなっているのでは?


リリアの普段とは違う細めた目の動きにすっかり気を取られているうちに、いつの間にかヒロの順番が回ってきた。

ガタッとカウンターの前に立ったヒロは、心配のあまり、そのままの勢いで上半身をぐっと乗り出す。


「……ヒロくん?」


急に視界いっぱいに青年の顔が現れたものだから、リリアはほんのり頬を染め、自分の顔を間近で覗き込むヒロをまじまじと見つめ返した。


「リリアさん、メガネの度、合ってます?」


真剣な表情のヒロは、ついに鼻先が触れそうなほどリリアへと顔を近づけていた。


「へっ……!? な、なに……っ!?」


あまりの至近距離に、リリアの顔は一瞬で真っ赤に染まる。心臓の音が聞こえそうなほどの距離感に言葉を失い、パチパチとまばたきをするばかりだ。


「おいおいおいおい! 何やってんだお前!」


隣でそれを見ていたガレスが慌ててヒロの襟首を掴み、ガッと強引に引き剥がした。


「いてっ! なんだよガレス!」

「おまっ、距離感っていうもんがあるだろ!」


ガレスに引き離されながらも、ヒロはまだ「だってリリアさん、さっきからあきらかに……」と言い訳を続けようとしている。

カウンターの向こうで、リリアは両手で真っ赤になった顔を隠していた。


引き剥がされたヒロはそれでも納得がいかないとばかりにすぐにリリアへと向き直り、その細い手首をキュッと掴んだ。


「行きましょう、リリアさん! 工房へ、メガネの度を合わせに!」


「えっ、ええっ……!? ちょ、ちょっと待って、仕事がまだ――!」


そのヒロの真っ直ぐすぎる言葉と行動を引金にしたかのように、カウンターの周りにいた他の受付嬢たちが、リリアの前に積まれていた大量の書類を我先にと奪い去った。


「ほら、受付の仕事なら私たちに任せて!」

「早く行ってきなさい、リリア!」


同僚たちはリリアの背中を力強く押し、ギルドの出口へと追いやっていく。

送り出した受付嬢たちは、まるで自分のことのように両手を合わせて頬を染め、「きゃあ! 初めてのデートじゃない!」「青春ねぇ……!」とキャッキャと黄色い声を上げて大喜びしていた。


一方、残されたガレスや周りの冒険者たちは、その大騒ぎを眺めていた。


「おいおい……」


ガレスは頭を抱えながら、呆れたようにため息を吐く。


「初めてのデートが、まさか……眼鏡の度合わせかよ?」


冒険者たちも一様に「マジかよ」「あいつ、どこまで無自覚なんだ……」と頭を垂れ、ギルド内にはなんとも言えない脱力感と、生暖かい祝福ムードが入り混じるのだった。


ヒロがリリアの手を引きながら、賑わう王都の石畳を軽快に進んでいく。


リリアはほんのりと頬を赤く染め、少し俯き加減になりながらも、ヒロに導かれるままその背中についていっていた。


すれ違う街の人々が、ふたりの様子を見て面白そうに声をかけてくる。


「おいヒロ! えらく別嬪な姉ちゃん連れてんな!」


その声に、ヒロはパッと振り返り、胸を張って自慢げに言い放った。


「でしょ? でしょ?」


あまりの堂々とした返しに、リリアは思わず吹き出しそうになりながらも、恥ずかしさのあまりポンと軽くヒロの頭を叩いた。


「もうっ! やめなさい!」


突然頭を叩かれたヒロは、一体なぜ怒られたのか全く分からないといったふうに、こてんと首を傾げた。


街の人々に声をかけられ、ヒロが笑顔で返し、リリアが恥ずかしそうに頬を染める――そんな和やかなやり取りを繰り返しているうちに、いつの間にかふたりは目的の工房へと辿り着いていた。


ヒロはそのまま慣れた手つきで重い扉を開け、中へと足を踏み入れる。


中では、ちょうど昼休憩中だった親方と職人たちが一息ついていた。


お茶を啜っていた親方は、ぶっきらぼうに「早く入れ」と言わんばかりに、あごで奥の作業場をしゃくってみせる。


しかし――ヒロの隣に、しかもしっかりと手を繋いだ状態で入ってきたリリアの姿を視界に入れた瞬間、親方は飲んでいたお茶を盛大に吹き出した。


「……っ! ほ、本日はお日柄もよくっ!」


ゴホゴホと盛大にむせる親方の横で、周りの職人たちも慌てて椅子から立ち上がり、席を進めようとガタガタ音を立てて右往左往し始める。


「ど、どうぞどうぞ!」


若い女の子を前にして完全にタジタジになっている職人たちの姿に、ヒロは思わず呆れたような目を向けた。


普段は自信満々な態度で、高度な技術と仕事を厳しく教えてくれる、頼りになる憧れの大人たちがこの有様である。


――か、カッコ悪い……!


心の中でそうツッコミを入れるヒロなのであった。


リリアは慌てる職人たちの姿を見ると、緊張がほどけたようにふっと顔を綻ばせ、丁寧にお辞儀をした。


「いつもお世話になっております。」


その礼儀正しくも柔らかな声に、ヒロは目を丸くしてリリアの顔を見上げる。


「え……? リリア、親方たちと知り合いなんですか?」


問われた親方は、バツが悪そうに伸びたヒゲをポリポリとかいた。


「……いや、なんだ、その……」


歯切れの悪い親方を見て、リリアはくすくすと上品に笑いながら種明かしをする。


「だって、ヒロくん宛ての指名依頼をいつも窓口で受け付けているのは、私だもん!」


そこから、リリアの口によって今までの「裏話」が次々と明かされていく。

初めてヒロが工房の職人たちと仕事をした、その一週間後のこと。親方が冒険者ギルドへやってきてヒロへの指名依頼を出そうとしたが、肝心の名前を忘れてしまい、依頼書にただ「小僧」とだけ書いて提出した。それをリリアが容赦なく突っぱねたこと。


「あははっ、あの時は本当に困っちゃいました」


当時を思い出して楽しそうに笑うリリア。


一方、親方は気まずそうに頭をかき、周りの職人たちはそれを聞いてドッと大笑いする。


さらにリリアは笑顔で話を続ける。


それからというもの、親方は何度もヒロの指名依頼を持ってギルドに通ったが、その都度書類の不備でリリアに何度も修正を食らったこと。ついには親方が根負けして来なくなり、今度は別の職人が代わりに依頼書を持って現れるようになったこと。しかしそこでも書類の不備がたくさんあり、入れ替わり立ち替わり、色んな職人さんたちがギルドに来るようになったのだと。


その暴露を聞いた親方は、真っ赤になりながら部下たちに向かって怒鳴り声を上げた。


「おい! お前らも大概じゃねぇか!」


親方のその言葉に、工房にいる全員が顔を見合わせ、ついに我慢しきれなくなったようにドッと大爆笑が巻き起こる。


工房に響いていた笑い声が少しずつ落ち着いていくと、親方はふっと表情を引き締め、ヒロに向き直った。


「……それで?」


低く渋い、いつもの親方の声に戻る。


「今日は何の用だ?」


その真剣な空気を察し、ヒロも同じく真面目な顔つきになってきびきびと答えた。


「リリアさんの眼鏡の度を合わせにきました!」


それを聞いた親方は、フムと唸りながらゆっくりとふたりの方へ歩み寄り、じっとリリアの顔を覗き込んで眼鏡のフレームやレンズの状態を眺める。


そして――ヒロの方へ向き直るやいなや、ゴンッと容赦のない拳骨をヒロの頭にお見舞いした。


「いつまで手ぇ握ってんだ!邪魔だ!」


「痛っ!」


親方の突っ込みに、ヒロは慌ててビクッと飛び上がり、繋ぎっぱなしになっていた手をパッと離す。さっきまで凛々しい顔をしていたはずが、急に耳まで真っ赤に染め上げ、隣のリリアをチラチラと見ながらしどろもどろに謝った。


「ご、ごめんなさい、リリアさん……っ!」


そのあまりの慌て様に、リリアも頬を染めながら小さく首を横に振る。

それを目の当たりにした工房の面々は、お腹を抱えて大笑い。

職人たちの笑い声が再び響き渡り、工房の中はどこまでも温かく、賑やかな空気に包まれていた。

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