交わる道
王都を包んでいた秋の気配はあっという間に過ぎ去り、季節は巡って再びあの厳しい寒さの季節がやってきた。
木々はすっかり葉を落とし、街全体がしんとした深い雪に覆われる。
冬の訪れとともにギルドに持ち込まれる依頼の性質もガラリと変わる。大型のモンスターの多くは冬眠期に入るため大がかりな討伐依頼はぐっと減り、工房では来るべき春の需要に備えて新しい資材の加工や道具の補修に追われる日々が始まった。
それはガレスの仕事も同じだった。
秋までは遠征で難易度の高い依頼に明け暮れていたガレスだが、今は王都周辺の雪深い森で、冬を越すために活動する厄介な小型の魔物の集団を間引く程度。
そんなある日の夜、暖炉の火がパチパチと音を立てる暖かい酒場の片隅で。
ガレスは大きな体を椅子に預け、テーブルにコテンと突っ伏しながら、盛大に大きなため息をついた。
「…………暇だ」
その幼児のような駄々っ子めいた呟きに、ヒロはカウンターの片付けをしながら呆れたように苦笑する。
「僕は最初の年から冬は暇だったけど……ついに、ガレスもこの『冬の暇』を経験する年になったんだね」
外の冷たい雪景色とは裏腹に、酒場の中には穏やかで心地よい時間が流れていた。
ヒロにとって、たとえ「依頼が減る暇な冬」であっても、やるべきことは山ほどあった。
雪が深く積もり、身動きが取れなくなる季節。ヒロは足腰の弱い老人たちの家を一つひとつ回り、買い物の使いをしたり、家の前の雪かきをしたりして回る。
そして、そんなヒロの後ろには、決まって大きな体をした男がぴたりと張り付いていた。
「俺もやる!」
そう言って、ガレスは冷たい雪などまるで気にする様子もなく、むしろ大型犬のように尻尾をぶんぶん振る勢いで駆け回り、お使いも雪かきも凄まじいスピードで片付けていく。結果として、例年と比較にならないほどの件数をあっという間にこなしてしまうのだ。
その背中を見ながら、ヒロはかつて故郷の村でパンの配達をしていた頃の自分達をふと思い出す。
(……かなわないな、ホントに)
苦笑しながらも、心の底から温かい気持ちが広がるのを感じた。
街の雪かきや手伝いが終わると、今度は工房へと戻る。
この冬の時期にいかに仕込みを終わらせるか。その準備の出来栄えが、春から始まる本格的な修繕や作業の効率を完全に左右すると言っても過言ではない。
ヒロにとって、ここはもう三度目の冬を迎える勝手の知った場所。迷いのない慣れた手つきで、木材や金属の加工を次々とこなしていく。
その傍らで、ガレスは分厚い上着を脱ぎ捨て、半袖のシャツ一枚になって汗だくになりながら、重たい資材を軽々と運び出していた。
その様子を目の当たりにした親方や熟練の職人たちは、ガレスの圧倒的な体幹の強さと底知れない膂力に、思わず手を止めて目を丸くしていた。
装備の調整でその体つきは分かっているつもりだったが、目の前でその化け物じみた身体能力を見て驚いていたのだ。
親方は、呆れたような、しかし感心しきった表情でヒロとガレスを見比べ、低く唸る。
「おいおい……お前ら、ホントに同じ年なのか?」
その問いに、ヒロは苦笑いを返すだけで、ガレスは「へへっ」と汗を拭いながら誇らしげに胸を張るのだった。
作業が一段落したその瞬間、ガレスは汗だくのまま上着を腰に巻き、冷たい外気が吹き荒れる工房の外へと勢いよく飛び出していった。
周囲の職人たちが慌てて声を荒げる。
「おい、バカ! そんな格好で外に出たら、一発で風邪引くぞ!」
しかし、飛び出した本人はすでに雪景色の中に消えかけている。
そんな慌ただしい工房の中で、ヒロはしっかりと上着を重ね着し、工具箱を肩に担ぎ直した。そして、心配そうにする職人たちに向かって、どこか楽しげに微笑んでみせる。
「大丈夫ですよ。ガレスは……風邪なんかに絶対に負けませんから」
あの馬鹿みたいな頑丈さと熱量は、ちょっとやそっとの寒さでは微動だにしない。そう確信しているヒロの目は、どこまでも誇らしげだった。
その言葉を聞いた親方や職人たちは、顔を見合わせたあと、呆れたように、しかしどこか温かい目をしながら肩をすくめる。
ヒロはそんな職人達に「お疲れ様です!」と元気に頭を下げ、ガレスを追いかけるように工房の扉を開けて外へと踏み出した。
「次! 次は何をするんだ、ヒロ!」
雪が舞い散る街路樹の間を、ガレスはまるで無邪気に駆け回りながら振り返った。汗が冷えて湯気になりそうな勢いだ。
ヒロは呆れたようにふぅと息を吐き出すと、収納魔法でツルハシをスッと取り出した。
「スラムだよ」
ツルハシを見て、ガレスは「なんだそれ?」と目をぱちくりさせた。
そして、何かに気づいたようにハッと表情を明るくさせ、大きな声で叫ぶ。
「そうだ! スラムに行くなら、その前に買い出ししていこうぜ!」
ヒロが返事をする間もなく、ガレスは自分の足音を雪に響かせながら、馴染みの商店へと一直線に駆け出していく。
――ああ、そうだった。
ガレスは、かつてヒロからスラム街の過酷な惨状を聞かされて以来、自分にできることとして、定期的にスラムのために大量の食料や物資を自費で買い込み、届け続けていたのだ。
身体を動かすのが好きで、純粋で、そして誰かのために真っ直ぐなその優しさは、出会った頃から少しも変わっていない。
「まったく、あいつは……」
呆れながらも、ヒロの胸のうちは温かな誇らしさで満たされていた。
ツルハシをしっかり握り直すと、ヒロは買い出しに走ったガレスを追いかけ、雪を踏みしめながら歩き出した。
山のように積まれた食材や防寒具を両腕で抱えきれないほど抱えたガレスがスラム街の広場に足を踏み入れると、待ち構えていたかのように、あっという間に人々に囲まれた。
「ガレスのお兄ちゃん! ありがとう!」
「いつも助かるよ、本当に……」
あちこちから投げかけられる心からの感謝と労いの声。
少し離れた場所からその光景を眺めながら、ヒロはふと胸が熱くなるのを感じた。
自分がこの二年以上、このスラムを直し、そして地下を掘っている間――この相棒は、自分なりのやり方で、ずっとこのスラムの人々を支え続けていたのだ。言葉ではなく、行動で、優しさを形にして。
「……ほんと、敵わないな」
ヒロが目を細めて微笑んでいると、荷物を渡し終えたガレスが、早くもスラムの子供たちに捕まり、キャッキャと声を上げながら雪遊びを始めていた。
「おいガレス! せっかくみんなに食べさせたばかりなのに、そんなに動き回ったらすぐ腹ペコになっちゃうだろ!」
呆れたように声を張り上げたヒロ。その隙を突いたかのように、ガレスの背後からヒュッと白い影が飛んできた。
バフッ!
見事にヒロの顔面に直撃した雪玉が、冷たい飛沫を散らして崩れ落ちる。
「あはは! ヒロお兄ちゃん、油断しすぎー!」
仕掛けた張本人の子供たちが、お腹を抱えてケラケラと笑う。その横で、ガレスも「あ、やっちまったな!」と悪びれもせずニカッと笑った。
ヒロは顔についた雪をパタパタと払い落とし、冷たさに身震いしながらも、こめかみに青筋をピキリと浮かべる。
「……ふーん。容赦ないね、君たちは」
プルプルとわざとらしく震えてみせたあと、ヒロは足元にあった雪をすくい上げ、ギュッと固めた。
「……やったなーーーっ!!!」
その叫び声を合図に、静かな冬のスラム街の空に、子どもたちの歓声とガレスの豪快な笑い声が弾けた。
容赦のない雪の投げ合いが始まり、冷たい冬の空気なんて吹き飛ぶほどの熱気が、そこには満ちていた。
激しい雪合戦の末、子どもたちに囲まれてしばらくはしゃぎ回っていた二人は、どちらからともなく、まるで示し合わせたかのようにその輪から抜け出した。
少し離れた建物の軒下へ移動し、並んで石のベンチに腰掛ける。
ガレスは頭からかぶった雪を払いのけ、ふーっと大きく息を吐きながら、隣のヒロに問いかけた。
「はぁ、動いた動いた……。んで? 今日は何の用でここに来たんだ?」
ヒロは肩で激しく息をしながら、まだ少し熱が残る体を冷たい外気に晒す。そして、ガレスを真っ直ぐに見据えて、静かに口を開いた。
「……水道をね、引こうと思ってるんだ」
予想の斜め上をいくその返答に、ガレスは動きをピタッと止め、目を丸くしてヒロの顔を凝視した。
「……すいどう? ここに……?」
驚きを隠せない様子の相棒を見て、ヒロはふっと小さく笑う。そして、疲れを吹き飛ばすようにパッと立ち上がった。
「……ついてきて、見た方が早いよ」
ヒロはツルハシを肩に担ぎ直し、雪の積もった路地の奥へと歩き出す。
「おう!」
ガレスはいつものように、迷うことなくその背中を追いかけた。
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