↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見習い冒険者はいつになっても正式採用を受けない  作者: Patriot
十二歳〜十五歳

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/84

雪解け

ガレスが掘削作業に加わったことで、スラムの地下を進む速度はそれまでとは比べ物にならないほど加速していった。Cランク冒険者の圧倒的な膂力と、ヒロの正確な構造読みが合わされば、硬い岩盤もまるでバターのように削り取られていく。


そんな二人の作業場には、いつの間にか自然と人が集まるようになっていた。


最初の理由は単純だった。冬の寒さが厳しいスラムの地上に比べ、地中深くは驚くほど暖かかったからだ。

そして、その奥で若い二人がいったい何をしているのか、その姿が気になったというのもあった。


王都には、探せばいくらでも仕事がある。


それなのに、いつまでもスラムから抜け出せない人々がいる。怪我や病気、頼る者のいない孤児たちだけでなく、その中には「心の病」を抱えた者たちも少なくなかった。


どうしても働く意欲が湧かない。朝起き上がることができない。


――だが、ガレスとヒロには、その人たちがただの「怠け者」にはどうしても見えなかった。


なぜなら、彼らは一様に、とても苦しそうな顔をしていたからだ。

働きたくないわけじゃない。働けない自分を、誰よりも自分が一番責めて、苦しんでいる。


気の利いた励ましの言葉なんて、二人の口からは出なかった。綺麗事や同情を伝えたところで、心の傷が癒えるわけではないことも知っていた。


だから、言葉の代わりに、二人は体を動かした。

黙々とツルハシを振るい、壁を崩し、水路の基盤を作っていく。その背中で、汗を流し、ただ前を向いて進み続ける。

その姿を見ているうちに、凍えていた人々の心に、ほんの小さな熱が灯り始めた。


「……手伝っても、いいか?」


最初は遠巻きに見ているだけだった大人が、重い荷物を運ぶのを手伝い始めた。

冷え切った地下の空気に、誰かの笑い声や、金属がぶつかる音が混ざり合う。

地下を穿つ二人の背中は、いつしか、行き場を失った人々が自然と集まる小さな「居場所」になっていたのだった。


一人また一人と、重かった腰を上げて人々が立ち上がる。


ガレスやヒロの背中を見て影響された者たちが作業に加わり、人手が増えるにつれて地下の掘削と整備はさらに凄まじい勢いで加速していった。


通路がぐんぐんと伸び、空間が広がるにつれて、そこはただの作業場ではなく、温かな熱気と話し声が満ちる「居場所」へと変わっていく。


昨日まで無気力にうずくまっていた仲間たちが、額に汗を流して働く姿。その生き生きとした背中に背中を押されるように、また別の誰かが立ち上がり、道具を手に取る。


その連鎖は、まるで春の訪れを告げる潮流のようだった。


ガレスは手を止め、振り返って次々に増えていく人々の楽しげな様子を見渡し、嬉しそうに顔を綻ばせる。


「すげえな! さすがだな、ヒロは!」


屈託のない笑顔でそう称えるガレスに対し、ヒロはツルハシを振るう手を一切止めないまま、息を弾ませてツッコミを入れた。


「本来ならっ、こういうインフラ整備はっ、国が! やるべき仕事なんだよ!」


大汗をかきながら声を張り上げるヒロに、ガレスはむしろ面白そうにニヤッと口角を釣り上げる。


「でも、みんな楽しそうじゃん?」


その言葉に、ヒロは思わず苦笑いを零した。

理不尽な現実に絶望していたはずの世界が、いま自分たちの手で少しずつ温められ、形を変えていく。


「……まあね」


ヒロは小さく呟くと、再びしっかりとツルハシを握り締め、力強く壁へと振り下ろした。

カキィン、と響く心地よい硬質な音とともに、冷たい雪と氷を溶かすような熱い息吹が、地下の空間をさらに満たしていくのだった。


そんな日々はあっという間に過ぎ去り、


冬の寒さが嘘のように和らぎ、王都を覆っていた分厚い雪や氷はすっかり姿を消した。


あたたかな陽光が地上を潤す、文字通りの「雪解け」の季節がやってきたのだ。


季節の巡りとともに、冒険者たちの仕事も大きく動き出す。

大型の魔物が活動を始める春の到来を告げ、ガレスもいよいよ本格的な大物討伐の依頼へと向なわなければならない時期が来ていた。


ガレスは、すっかり活気づいた地下の空間を見渡し、どこか名残惜しそうな目を向ける。

そんな様子に気づいたのか、作業をしていたスラムの人々が次々と手を止め、ガレスの方を向いて力強く頷いた。


「ガレス! 気をつけて行ってこい!」


温かい声援を受け、ガレスはニカッと満面の笑みを浮かべて胸を張る。


「おうっ!! 」


そのやり取りを横目に、ヒロは一枚の精緻な図面を広げながら、片手だけヒラヒラと上げて気のない素振りで声を飛ばした。


「うんうん、春の雪解けに間に合って本当によかったよ。……よし、ガレスの仕事はここまでだ。もう君に出来ることは何もないよ」


そのあまりにもサラッとした言いように、ガレスは少しムッとした表情を浮かべ、ガシガシと頭を掻きながらヒロに向き直った。


「なんだよそれ! 俺だってずっと一緒に掘ってきただろ! なんで俺だけお払い箱みたいな言い方すんだよ!」


不満げに抗議するガレスを見て、ヒロは意地の悪い、しかしどこか誇らしげな笑みを浮かべる。


「だって、ここからは――職人である僕の本領を発揮する番だからね。つまり、いよいよ本番の『水道管の工事』を始めるんだ」


その言葉が響いた瞬間、周囲で耳をそばだてていたスラムの人々から「おおっ……!」と、期待と感動が入り混じった歓声が一斉に上がった。


その歓声と期待に沸く人々の輪の中で、ガレスだけが一拍遅れて、現実のツッコミにたどり着いた。


「…………いや、お前、冒険者だろ!!」


その鋭いツッコミが、地下通路いっぱいにドッと大きな笑い声を伴って響き渡る。

それに対し、ヒロは一枚の図面から顔を上げ、真顔で言い放った。


「見習いだよ」

「そういう意味じゃねえよ!!」


ガレスが盛大にずっこけ、スラムの人々の笑い声がさらに一段と大きくなる。

春の陽気のような明るい空気に包まれながら、それぞれの場所で、新しい季節の幕が上がっていくのだった。

お読みいただきありがとうございました!「続きが気になる」「面白い」と思っていただけましたら、画面下の「ブックマーク登録」や「★(評価)」で応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。