職人の矜持
ヒロがこれまで培ってきた修繕魔法そのものは、すでに完成された強力な技術だった。
しかし、今まで見ていたものは「どこが壊れているか」だった。
探知魔法を展開し、素材の悲鳴を拾い、金属の亀裂、歪みを見つけ出す。そして、そこを修繕する。複数あるなら、魔力を分散させて全部同時に直す。
それだけでも十二歳の少年が扱うには途方もなく高度な技量だったが、突き詰めて言えば、それは「傷を点で直す」ための技術にすぎなかった。
だが、今回親方から学んだのは、さらにその先――もう一段上の次元だった。
「その傷は、なぜそこに生まれたのか」
その理由まで見通す視点だ。
どこから力が加わっているのか。
どこへ負荷が流れているのか。
どこでその圧力を受け止めているのか。
そして、この亀裂を直したとき、次にどこへ負荷が逃げるのか。
それを理解した瞬間、ヒロの中で世界の捉え方がガラリと変わった。
これまでのように、対象を単なる「傷の集合」として見るのではない。
――ひとつの「構造」として、全体的に捉える。
その新たな視座を得て放たれたヒロの修繕魔法は、もはや以前のそれとは一線を画していた。
淀みなく流れる魔力、無駄のない手順、そして周囲の環境への完璧な配慮。親方の背中から盗み取った理を自らの魔法へと転用させたヒロの新たな技術を目の当たりにし、周囲で作業を手伝っていた職人たちは、思わず手を止め、目を丸くしてただただ見入るしかなかった。
「…… 男子三日会わざればって、本当にあるんだな……」
親方もまた、呆れたような、それでいて誇らしげな笑みを浮かべてヒロの仕事を見守っていた。
地下水路での息もつかせぬ日々と、圧倒的な成長の時間はあっという間に過ぎ去り――。
やがて、あの特別な「日曜日」が、また巡ってきた。
いつものようにツルハシを肩に担ぎ、ヒロは日曜日の朝の静けさの中、スラム街の地下へと潜っていった。
力の流れを読み、構造が保たれる方向へ導く「新たな」修繕魔法を習得した今なら、その逆は容易い。「破壊魔法」など、今のヒロにとっては造作もないことだったはずだ。
その気になれば、呪文一つ、あるいは指先を軽く弾くだけで、目の前のぶ厚い岩盤を崩し去ることもできるだろう。
それでも、ヒロは破壊魔法を使わなかった。
冷やりとした地下の空気を胸に吸い込み、魔力を練り上げ身体強化魔法を使う。
足腰にみなぎる爆発的な力と、研ぎ澄まされた感覚。
ガキン、と硬い音が地下に響く。
自らの両腕でツルハシを振り上げ、全身の筋肉をしならせ、頑強な岩盤へと叩きつける。
衝撃が手のひらを伝い、汗が額を伝い落ちる。泥臭くて、地道で、途方もなく気の遠くなる作業だ。
それでも、ヒロは一心にツルハシを振り続けた。
「……まったく、職人ってのはどいつもこいつも、どうしてこう頑固なんだか」
額を拭った腕でそのまま汗をぬぐいながら、ヒロは自嘲気味にそう呟いて、再び重いツルハシをぐっと振りかぶった。
なぜ、効率的な破壊魔法を使わないのか。
理屈で考えれば、今の自分なら魔力を使った方が圧倒的に早くて楽だ。周囲の負荷を読んで崩壊点を突くだけで、このぶ厚い壁など一瞬で粉々にできる。
――それでも、使わない。
理由は単純だった。
それは、ただの「意地」でしかなかった。
モルドから叩き込まれた鍛冶の基礎。
親方から盗み、身につけた構造を見極める目。
出会ってきた多くの職人たちが教えてくれたのは、すべて「何かを作り、守り、直す」ための技術だった。人々を笑顔にするため、生活を支えるための尊い技の数々。
それらを昇華させて生み出したのが、あの「修繕魔法」だ。
だからこそ、その技術の理を反転させて「破壊」に使うことが、どうしてもできなかった。
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