↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見習い冒険者はいつになっても正式採用を受けない  作者: Patriot
十歳〜十二歳

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/86

工具

厳しい冬の寒さが和らぎ、積もっていた雪がゆっくりと溶け出す頃。春の足音が少しずつ近づいてきた王都の片隅に、いつになく異様な静けさをまとった一角があった。


『木漏れ日の酒場』


普段の喧騒はどこへやら、店内はピリッとした緊張で独特の空気に包まれていた。

工房の親方をはじめとする腕利きの職人たちが全員、ヒロを囲むようにして静かに酒を飲んでいる。誰もが大声で笑ったり騒いだりせず、ただじっとグラスを傾けながら、親方が口を開くのを待ちわびていた。


彼らがここに集まったのは、ただ酒を飲みに来たわけではない。

冬の間、ヒロが工房の片隅で黙々と鉄を打ち、試行錯誤の末に鍛え上げた「モノ」の完成を、職人として、そして見守ってきた大人たちとして見届けたからだ。


そして、ヒロがそこに込めた想いの真意を聞くため――。


工房とは反対側にある、この木漏れ日の差し込む酒場、いまやヒロの「家」とも呼べる大切な場所に、男たちは静かに集結していたのだった。


重く静まり返った空気を破るように、カチャリ、と食器の音が響いた。


「お待たせしました。はい、そっちは串焼きね、こっちは煮込み」


セレナが明るい声を弾ませながら、職人たちのテーブルへと次々に手料理を運んでいく。

屈強な男たちは突然のことに面食らい、バッと身を硬直させた。


「な、何で俺らの好み知ってんだ……!」

「お、おい、俺たちこれ注文してねぇぞ! 」


慌てふためく職人たちを横目に、セレナはくすくすとおかしそうに吹き出した。


「だって――ヒロが毎日毎日、あなたたちの話を、とっても楽しそうに私たちに聞かせてくれるんですもの!」


その言葉に、職人たちは一瞬ぽかんとした後、全員が気まずそうに頭をかきむしった。


そこへ追い討ちをかけるように、カウンターの奥から女将の豪快な声が飛んできた。


「細かいことは気にしなさんな! うちの子が、いつも世話になってるみたいだからね。これは、アタシからのほんの気持ちさね、遠慮せずに食いな!」


温かい湯気と共に立ち上る美味しい匂いが、酒場の緊張をすっかり溶かしていく。

厳格だったはずの職人たちの顔に次々と笑みがこぼれ、店の中はいつもの活気と、優しい絆に満ちあふれていくのだった。


険しい空気がすっかり嘘のように消え去り、職人たちの顔にはまだ温かな笑みがかすかに残っていた。

その穏やかな余韻を断ち切るように、親方はグラスをコトリと木製のテーブルに置き、低く、しかしよく通る声で静かに口を開いた。


「――あれは、剣だ」


その一言が落ちた瞬間、酒場の空気が再びピリッと引き締まる。

ヒロは逸る心を抑え込み、微動だにせず、真っ直ぐに親方のその曇りのない目を見つめた。

ただ次の言葉を待つ。

その顔には、冬の間ずっと己の技術と向き合い続けた者だけが持つ、確かな誇りが宿っていた。


周囲を囲む職人たちも、グラスを持つ手を止め、息を殺して耳を傾けている。


そんな中――。


いつもの席を珍しく離れ、ぽつんと一人カウンターに座っていたガレスの耳が、ぴくりと大きく反応した。


親方は続けて言う


「今まで、お前が何を作ろうと、俺は何も言わなかった。どぶさらいの道具だろうが、魔力導管の補修器具だろうが、お前が街のため、人々のためを思って作っていると分かってたからだ」


その言葉に、周りの職人たちも深く、力強く頷いた。ヒロが地下通路や街中で見せた汗と工夫の軌跡を、彼らは誰よりも近くで見てきたのだから。

しかし、親方の声がわずかに低くなる。


「だが、今回は違う。……聞かせろ」


親方の問いかけを合図にしたように、店内にいた全員の視線が一斉にヒロへと集まった。

ガレスの熱を帯びた瞳、女将やセレナの温かな眼差し、そして熟練の職人たちの鋭い視線。その全てが、今まさにヒロの言葉を待ちわびている。


逃げ場などない。けれど、臆する必要もなかった。

ヒロはゆっくりと息を吸い込むと、自分を見る人たちを真っ直ぐに見返し、静かに口を開いた。


「……仕事をするためです」


あまりにも簡潔な答えに、親方の眉がわずかに動いた。

ヒロは続ける。


「皆さんご存知のように地下で魔力導管を直していると、たまにラットビーストが襲ってきてましたよね?」


「探知魔法で来る前に分かるようにはなったんですけど、そのたびに鉄骨を運んで、通路を塞いで、作業が終わったらまた外して……」


「それだと、時間もかかるし、人手も使うし、鉄骨も必要になる」


少しだけ困ったように眉を下げる。


「だったら――」


ヒロは自分の腰元へ手を伸ばしかけた。

しかし、そこには何もない。

その手を止めることなく、空間へと差し入れる。


「来る前に、僕が倒せばいい」


わずかに空間が歪んだ。

その裂け目から、ゆっくりと一振りの鞘に収まった剣が姿を現す。


「その方が、早く仕事に戻れますから」


誰も言葉を発さなかった。

ヒロは取り出したばかりの剣を両手で持ち、少しだけ照れくさそうに笑った。


「だから、これは……」


一度、言葉を探す。


そして。


「僕にとっては、工具です」


親方は深く息を吐き出すと、ギシリと音を立てる木製の椅子にもたれかかり、天井を仰いだ。


「……職人だな」


その一言に、周囲の職人たちからホッと力が抜けるような安堵のざわめきが漏れる。


「よかったぁ……」

「冒険者にでもなっちまうのかと思った」


それを聞いていたガレスがガタッと椅子の脚を鳴らしながら、勢いよく立ち上がった。


「ヒロはれっきとした、冒!険!者!だっ!!」


ガレスの必死な叫びに、常連客たちはついに堪えきれなくなり、腹を抱えて大笑いし始めた。彼らはわいわいと騒ぎ立てながら、ヒロたちのテーブルを囲むようにドッと押し寄せる。


「はははっ、いい顔しやがる! これがうちのヒロなんだよ!」

「しゃあねえ、ほらっ、まずは飲もうぜ!」

「こちとらヒロから毎日、話を聞かされてっからな! 今日はお前らと旨い酒が飲みたくて、うずうずしてたんだよ!」


重苦しかった空気はすっかり消え失せ、今や職人と常連客がすっかり入り交じり、あちこちで威勢のいい乾杯の音が響き渡っていた。


その喧騒の中心で、ガレスが、ヒロの剣をひょいと引き抜いた。そして、店内のランプの灯りに向かってそれを高く掲げ、満足げにじっくりと眺め回す。


「….すげぇ!」


隣の席で、親方が我がことのようにふんと胸を張り、得意満面でその技法の解説を始めた。


「おう、それはな、特殊な鉄の鍛錬の工程を踏んで――」


しかし、その言葉にすかさず周囲の職人たちが一斉にツッコミを入れる。


「「「あんたが打ったわけじゃねえだろ!!」」」


店が割れんばかりの大爆笑が起き、親方は真っ赤になって言い訳を始める。


そんな和やかな大騒ぎをカウンターの中から眺めながら、女将は手元のグラスを拭く手を止め、ポツリと呟いた。


「あんた……あの剣……..」


カウンターの端でいつものように静かにエールを傾けていたギルドマスターが、ちらりと肩越しにその剣を一瞥した。


「あぁ……それに…..」


彼は意味深な視線を残したまま正面に向き直り、すっと斜め向こうのセレナへ視線を投げる。


視線の先では、セレナがこれまでの冷静さを完全に失っていた。信じられないものを見るような驚愕の表情を浮かべ、特徴的な長い耳を微かに震わせている。

彼女は言葉を失ったまま、震える声でこう絞り出した。


「……あれは、収納魔法ですね」


その凍りついたようなセレナの様子を見て、ギルドマスターは呆れを含んだ深い溜息をついた。


「……マーサ」


彼は言いながら、目の前にある空のグラスをトントンとカウンターに突き出す。


「あいよ、まったく仕方のない人だねぇ」


女将は手際よく瓶を傾け、琥珀色の酒を波々と注ぎ入れた。

ギルドマスターはそのグラスを持ち上げ、軽く一口含んでから、ふっと息をつく。


「……工具、ね」


その言葉を皮切りに、女将とギルドマスター、そしてようやく正気を取り戻したセレナの三人は、もはや堪えきれなくなり、同時に「ぷっ」と吹き出した。

お読みいただきありがとうございました!「続きが気になる」「面白い」と思っていただけましたら、画面下の「ブックマーク登録」や「★(評価)」で応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。