「何のための」剣
お婆さんの助言により今までの苦労が嘘のように収納魔法が完成した。
だが――実際に完成したそれを目の当たりにして、ヒロは思わず苦笑いを浮かべた。
当初の最大の目的であった、地下の現場へ運ぶための「大量の金属資材」を丸ごと飲み込むには、今のヒロの魔力では圧倒的に規模が小さすぎたのだ。大きな資材を収納しようものなら、一瞬で魔力を吸い尽くされて気絶してしまうだろう。
今のヒロにしまえるのは、せいぜい小さな工具や、手のひらサイズの雑貨が一つ二つ入る程度。思い描いていた「便利な荷物持ち」としての機能には、まだまだ遠く及ばなかった。
それでも。
ヒロは不格好に小さな空間の裂け目から、ポコッと工具を取り出してみせると、一人でクスリと声を漏らして笑った。
「まぁ、いっか」
いつだってそうだ。最初から完璧になんてできやしない。
できないなら、ここからまた少しずつ大きくしていけばいい。
十一歳のまだ小さな手のひらで、新しく覚えたばかりの魔法を消したり出したりして遊ぶ。
背伸びをせず、焦ることもなく、ただ純粋に新しい魔法を覚えた子供らしく、ヒロは無邪気な笑みを浮かべながら眠りについた。
朝の冷たい空気が心地よい王都の街道を、いつものように他愛のない雑談を交わしながらギルドへと歩いていく二人。
ヒロは、最近の地下での仕事について口を開いた。
魔力導管の整備中、探知魔法でラットビーストの居場所を事前に特定し、毎度毎度、あらかじめ簡易的な鉄骨で通路を塞いでいること。襲われる心配がなくなって安全ではあるものの、毎回道を作ったり塞いだりする作業は少しばかり手間がかかること。
ーーーもっとも、不意打ちを受けて作業を中断されるよりは圧倒的にマシだったのだが。
その話を聞き終えると、ガレスは途端に目をキラキラと輝かせ、頼もしい胸をドンと叩いた。
「俺が、ぜーんぶ倒してやる!!」
「……はぁ?」
ヒロは盛大なため息をつきながら、呆れたように理路整然と説明し始めた。
そもそもラットビーストは子豚程度のサイズで、ガレスのような前衛の戦士が本気で出張るような大物ではないこと。
そして、わざわざガレスを護衛として雇うための費用など、今の自分たちには一文もないこと。
現実的な損得勘定と予算の壁を突きつけられたガレスは、一瞬で耳を垂れ、ガックリと肩を落とした。
「そんなぁ……」
項垂れる相棒の大きな背中。
その広い肩越しに、ガレスのトレードマークである無骨で巨大な大剣が、朝日に照らされて鈍く光っているのが見えた。
――「、、、剣か」
その瞬間、ヒロの脳裏でカチリと何かが噛み合い、回転を始める。
ラットビーストを倒すだけなら、別に難しいことではない。
魔法を使えばいい。
だが、地下には魔力導管が張り巡らされている。
火属性は論外。雷撃も怖い。強い衝撃を伴う魔法だって、老朽化した導管のすぐそばで使う気にはなれない。
ならば――物理的に倒せばいい。
それも、鉄骨で通路を塞ぐより早く。
探知魔法なら、姿を現すより前に居場所は分かる。
向こうがこちらへ来ることまで分かっているのなら、待ち構えて、一瞬で仕留めて、そのまま何事もなかったように作業へ戻ればいい。
(……でも)
ヒロは、ガレスの背中にある巨大な大剣をじっと見つめた。
地下通路は狭い。
あんなものを振り回せば、ラットビーストを斬るより先に壁か導管を叩き壊す。
必要なのは、もっと短い剣。
それも、狭い通路の中で大きく振りかぶる必要がなく、普段の作業を邪魔せず、必要な瞬間だけ取り出して、一撃で仕留められるもの。
いつの間にか、ヒロの足はいつもの工房の前へとたどり着いていた。
隣を歩いていたはずのガレスの姿は、いつの間にか消えている。振り返るまでもなく、どうせいつものように一足先にギルドへと駆け込んでいったのだろう。
この時期になると、街の仕事も、地下の指名依頼もパタリと減っていた。
理由は明白だった。
木々が葉を落としきったことで、側溝やどぶが落ち葉で詰まることはなくなり、街の美化を保つための掃除依頼はなくなる。作物の収穫期が過ぎて実りが減ったことで、市場や倉庫の間を走り回る運搬の依頼も目に見えて減少していた。
さらに地下の魔力導管に目を向ければ、地上と地下の温度差が小さくなったことで導管にかかる熱負荷が安定し、整備や補修の依頼も月に二、三回ほどにまで減っていた。
だからこそ、この季節の職人たちは違う仕事に追われる。
来たるべき春の訪れに備えて、工房の中でみっちりと新たな資材や道具を作り置きする仕事が圧倒的に増えていく時期だった。
カチャリ、と工房の重い扉を開け、ヒロは冷えた空気を払い落とすように中へと足を踏み入れる。
炭の焼けた匂いと鉄の香りが鼻腔をくすぐる使い慣れた場所で、ヒロはまだ頭の片隅で組み立て続けている「短い剣」と、工房での冬仕事へと思いを切り替えるのだった。
工房の重い扉を閉めて奥へ足を踏み入れると、炉の火の音と金属を打つ音が響く中、鉄板に向かっていた親方が背中を向けたまま低い声を投げた。
「……遅い」
その一言に続くように、周囲で腕を振るっていた職人たちが一斉に手を止め、顔を上げて笑いかける。
「おう、ヒロ! 待ってたぜ!」
「今日も頼むぞ!」
活気と親しみに満ちた声が工房に響く。
ヒロは少し照れくさそうに笑いながら、「すみません、遅れました」と返事をし、いつもの自分の定位置である一番奥の作業台へと進んだ。
そして、肩に担いでいた年季の入った工具箱を下ろし、カタンと重い音を立てて作業台の上に置く。
工具箱の蓋を開け、ヒロはこれから始まる冬ごもりの作業に、静かに意欲を燃やすのだった。
ヒロは目の前の仕事に無心で打ち込んだ。
一つ一つの部品を丁寧に作り上げる。カン、カンと心地よく響く鉄を打つ音の中で、ふと思う。
ここの職人さんたちは、毎年毎年、何十年もこの地道な冬仕事を繰り返して腕を磨き、この巨大な王都の基盤を支え続けてきたのだ、と。
その輪の中に今年も参加出来ているという誇らしさが胸に満ち、ヒロの槌を振るう手は止まることがなかった。
(今、僕にできることをやるんだ)
無心で作業に没頭しているうちに、外の景色はあっという間に暗くなり、日はすっかり落ちていた。
「お疲れさん、ヒロ。あんまり遅くまで残るなよ」
「また明日な」
一人、また一人と職人たちが作業を終え、工房を後にしていく。
静寂が戻り始めた工房の中で、ヒロはふと手を止めた。
朝、ギルドへ向かう道すがら、ガレスの背中を見て思いついたあの考えが、再び頭の中にフワリと戻ってきたのだ。
――地下で振る剣。
武器を打った経験などない。
だが、鉄そのものなら何度も打ってきた。硬さ、粘り、温度の扱いなら体に染みついている。
(武器として使うなら……形はどうする? 重心はどこに置くのが最適だ?)
ヒロは腕を組んで深く考え込んだ。
頭の中に幾つもの刃の形が描かれては消えていく。
「小僧! 上がりだ!」
工房の奥から響いてきた親方の低い声に、ヒロはハッと現実に引き戻された。
「あ、はい!」
慌てて作業台の上の散らかった道具を片付け、残っていた鉄クズを纏める。手際よく炉の火を落とし、冷えていく炉の気配を確認してから、最後の戸締まりを済ませた。
外に出ると、すっかり夜のとばりが降りた冬の王都が広がっている。
親方と並んで、静まり返った石畳の道を二人で歩き出す。夜風が冷たく頬を撫でる中、しばらく無言の時間が続いたが、ふと、横を歩く親方からぶっきらぼうな声が降ってきた。
「……なんか、悩んでるな」
図星を突かれたように、ヒロはわずかに肩をビクつかせた。
隠そうとしても、この職人にはすべてお見通しらしい。ヒロは慎重に言葉を選びながら、ぽつりぽつりと口を開いた。
「あの……今、作ろうとしているモノがあって。何に使うか、どこで使うかは決まってるのに……なぜか、肝心の形が、うまく決まらないんです」
地下の狭い通路、ラットビーストを確実に仕留めるため、邪魔にならず一撃で仕留められるもの。目的は明確なはずなのに、刃の形や全体のバランスに迷いが生じていた。
ヒロの言葉を聞いても、親方はすぐに答えを返さない。
ただカツカツと足音を響かせながら歩き続け、やがて二人の家路が分かれる十字路へと差し掛かった。
立ち止まることもなく、親方は真っ直ぐ前を向いたまま、ぽつりと言い放つ。
「大事なのは、誰が、何のために使うかだ」
それだけ言うと、親方は振り返りもせず、大きく手を片方に振って闇の中へと歩いていってしまった。
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