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見習い冒険者はいつになっても正式採用を受けない  作者: Patriot
十歳〜十二歳

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34/89

祝われる誕生日

ガレスとヒロが陽だまり村を旅立ち、この王都にやって来てから――季節が巡り、もうすぐ一年が経とうとしていた。

ある日の朝。

ヒロはいつものように冒険者ギルドの扉をくぐり、まっすぐカウンターへと歩み寄った。


「おはようございます、リリアさん!」

「おはようございます、ヒロさん。」


いつの間にか、この挨拶はギルドの朝の定番となっていた。だが、そこには最近、ちょっとした「新しいルーティン」が加わっている。

カウンターの周りには、朝の依頼を受注しようとベテランの冒険者たちがずらりと並んでいるのだが、なぜか誰も先頭に立とうとしない。彼らはヒロがギルドに入ってくるのを遠目から手ぐすね引いて待っており、リリアの受付の最初の一番手を必ずヒロにするよう、暗黙の了解で順番を譲り合っていたのだ。

理由は単純。ヒロの対応を済ませた後だと、なぜかリリアの対応がほんの少しだけ柔らかく、笑顔が増えるからだった。荒くれ者たちが群がるギルドにおいて、その差は男たちの密かな癒やしなのだ。


そんな周囲の暖かい視線に気づくはずもなく、ヒロはいつも通り本日の依頼書を受け取った。


「それじゃあ、行ってきますね」


依頼書をしっかりと手に持ち、出口の方へ身体を向けたその時だった。


「あっ、ヒロさん!」


リリアが慌てたように声を弾ませ、ヒロを引き止めた。

ヒロはきょとんとした顔で振り返る。


「……どうかしました?」


リリアは少し照れくさそうに、しかし満面の笑みを浮かべてこう告げた。


「あの……お、お誕生日、おめでとうございます!」

「えっ?」


その言葉に、ヒロは目をパチクリとさせた。

自分の誕生日。日々の忙しさですっかり忘れていたが、言われてみれば、ガレスと一緒にあの村を出てから、もうそんなに時間が経っていたのか。一年という月日の早さに驚きながら、ヒロはふと首を傾げた。


「……あの、リリアさん。一つ聞いていいですか?」

「はい、なんでしょう?」

「……何で僕の誕生日、知ってるんですか?」


するとリリアは、こらえきれずふっと吹き出し、クスリと笑った。


「だって、ギルドの登録用紙を書いた時、ガレスさんと全く同じ日付だったから、すごく印象に残ってて覚えてたんですよ!」


隣の列で別の受付を済ませていたガレスも、そのやり取りを聞いて目を丸くした。


(へぇ……相変わらず、表向きは冷てえのに、人のことはやけによく覚えてる姉ちゃんだな)


そんなガレスの内心など知る由もなく、リリアの言葉をきっかけに、カウンターの周りにいた周囲の冒険者たちも「おいおい、お前ら誕生日だったのか!」「おめでとう!」と、口々に野太い祝福の声を飛ばし始めた。

朝のギルドは、いつも以上に温かなざわめきに包まれる。


その賑やかな騒ぎに耐えかねたのか、奥の部屋のドアがガチャリと音を立てて開いた。

現れたのは、いつも気だるげな表情を浮かべるギルドマスターだった。彼は片手で耳の穴をほじりながら、面倒くさそうに悪態をつく。


「……ったく、朝からうるせぇな……。何の騒ぎだ」


リリアが「あ、マスター。実は今日、ヒロさんとガレスさんのお誕生日なんです」と笑顔で説明すると、ギルドマスターはやれやれといったふうに肩をすくめ、呆れたように鼻を鳴らした。


「…..月日の経つのは早いもんだな」


そうぶつぶつと呟きながら、ギルドマスターはそのままふらりと入口のほうへ歩き出す。

ヒロは思わず首を傾げた。


「朝っぱらからどちらへ行くんですか?」


背後から飛んできた問いかけに、ギルドマスターは振り返りもせず、ひらりと片手を振った。


「行くところできたんだ。今日はもう上がる」


その日の夕方、ヒロはすべての仕事をきっちりと終わらせると、報告をするためにギルドへと足を運んだ。

カウンターでリリアに今日の成果を告げ、手続きを済ませようとした時だった。

ふと、ギルドの入口付近にヒロの目が止まる。

そこに立っていたのは――ガレスだった。

王都に来てからのこの一年、いつだってガレスは「木漏れ日の酒場」のいつもの席に陣取り、大きな腹を鳴らしながらヒロの帰りを待っていた。ギルドの扉の前で、ヒロを待ち受けているなんて姿は、これが初めてのことだった。


(……どうしたんだろ? 今日は酒場じゃないんだな……)


驚きを隠せないままリリアへの報告をサッと済ませたヒロは、トコトコとガレスの元へと歩み寄った。


「お疲れ、ガレス。珍しいね、ここで待ってるなんて。どうしたの?」


突然の待ち合わせに少し戸惑いながら尋ねるヒロを前に、いつもは豪快なガレスが、なぜか少し気恥ずかしそうに自分の頬をポリポリとかいた。

そして、照れくさそうに、けれど真っ直ぐな目でぽつりと言った。


「……いや。なんか、今日は……お前と一緒に帰りたくてな」


二人は「木漏れ日の酒場」へと続く道を並んで歩いた。

不思議なことに、どちらから言い出すでもなく、いつもよりずっとゆっくりとした足取りだった。焦る必要なんてどこにもない。まるで、この王都にやって来てから二人で駆け抜けた激動の一年間の足跡を、一歩一歩踏みしめて確かめるかのように。

沈黙と心地よい夜風を感じながら、やがていつもの見慣れた建物の前にたどり着いた。

だが、足を止めた瞬間、二人は同時に違和感を覚えて顔を見合わせた。


「……あれ?」


いつもなら、この時間になれば酒場の外まで酔っぱらいたちの陽気な笑い声やジョッキがぶつかり合う音が盛大に響いているはずだった。しかし、目の前にある店からは、拍子抜けするほどに物音一つ聞こえない。まるで、もぬけの殻であるかのように静まり返っていた。


(まさか、何かあったのか……!?)


最悪の予感が頭をよぎり、ガレスとヒロは慌てて顔を見合わせた。ガレスが身構え、ヒロがドアノブに手を伸ばす。

ガチャリ、と音を立てて二人が勢いよく扉を開け放ったその瞬間――。

暗かった店内が一斉にパッと明るく灯り、視界が色鮮やかな光に包まれた。


「「お誕生日おめでとう!!! 」」


割れんばかりの大歓声が、静まり返っていた店内に一気に爆ぜた。


突然のことに、ヒロとガレスは扉を開けたままぽかんと口を開け、呆然と立ち尽くしていた。

そんな二人を見て、酒場中からドッと笑い声が湧き起こる。

女将が豪快に腰に手を当てると、呆れたような、しかし愛情たっぷりの声でハッパをかけた。


「いつまでぼーっと突っ立ってんだい!! 」


今度はひらりとセレナが歩み寄ってきた。彼女はヒロとガレスの腕をそれぞれキュッと掴み、満面の笑みでいつもの席へと引っ張っていく。


椅子にドサリと座らされ、ようやく現実へと我に返ったヒロは、目の前に広がる温かい光景に目をしばたたかせた。

いつもの常連たちそして店を彩るごちそうの山。


「な、何で僕たちの誕生日のこと……みんな知ってるんですか?」


ヒロが驚きで目を丸くしながらそう呟くと、店内にいた全員の視線が、なぜか一斉にカウンターの端へと集まった。

ギルドマスターは気まずそうに片手で頬をポリポリと掻いていた。


(朝イチでやる事ができたって言ってたのは……このためだったのか……)


ギルドマスターの不器用な優しさと、この店に集まる人々の温かさに気づいたヒロは、胸が熱くなるのを感じて、思わず言葉を失うのだった。


ギルドマスターは面倒くさそうにふっと息を吐くと、椅子から立ち上がり、手元にあった一枚の厚手の紙をガレスに向かって放り投げた。

ひらひらと宙を舞い、ガレスの胸元に落ちたそれを、不審そうに拾い上げる。しかし、相変わらず文字の読み書きが苦手なガレスは、内容を理解できずにすぐ隣にいるヒロへとそれを押し付けた。


「おい、ヒロ、これなんだ?」


受け取ったヒロがパッとその紙面に目を走らせた瞬間、目を見開いた。


「……Dランクへの昇格通知だ!」


「おおっ! 本当か!」


ガレスが嬉しそうに太い腕をぶんぶんと振る。


「やったね、ガレス! 」


ヒロは自分のことのように満面の笑みを浮かべ、ガレスの腕をバシッと叩いて大喜びした。

その様子を見た周囲の冒険者たちは、一斉にやれやれと頭を抱えてツッコミを入れる。


「いや、お前がそこまで喜ぶか普通!」

「自分の昇格じゃないだろ!」


呆れ混じりの笑い声が店内に広がる中、ギルドマスターはさらに小さく舌打ちをすると、もう一枚、今度はひときわ立派な羊皮紙の束をヒロへと放り投げた。


「……で、こっちはお前だ」


ヒロが受け取り、書かれている文字を声に出して読み上げる。


「ええと……『最低ランククエスト完了の史上最多記録の表彰状』……?」


それを聞いたガレスは、自分の昇格の時よりも大きな目をさらに見張り、我がことのように大喜びした。


「すげぇなヒロ! 最多記録だってよ!! お前、毎日毎日どんだけ依頼こなしてんだ!?」


お互いの成果を自分のこと以上に喜び合い、照れくさそうに笑い合う二人の姿に、店内は呆れを通り越して、温かい大爆笑と盛大な拍手に包まれた。


次の日は、ヒロの日常は少しだけ賑やかになった。

街を歩けば、顔見知りから次々と声をかけられ、「おめでとう」と温かい祝福を浴びせられる。もちろん、ただ祝われるだけではなく、時折愛のある説教や「誕生日なら教えなさいよ!」と頭を叩かれることもあった。


その最たる場所が、馴染みの工房だった。

工房の扉を開けた瞬間、待ち構えていたかのように、屈強な親方の剛腕から重い拳骨がヒロの頭へと容赦なく振り下ろされた。


「いてっ……!」


頭を押さえてうずくまるヒロに、親方はふんっとそっぽを向きながら怒鳴り声を上げる。


「誘え!!」


どこか寂しそうでもあり愛情のこもった一言に、工房にいた他の職人たちから一斉に大爆笑が巻き起こった。


「親方、拗ねてんじゃねえかよ!」


ヒロは多くの人々の温かさに触れ、来年はちゃんとみんな誘おうと心に決めた。

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