無自覚な恋の完全詠唱
ガレスの昇格を祝った宴の翌日。
酔っ払いたちに絡まれ、少しだけ寝不足気味の二人は、いつも通り冒険者ギルドの受付へと足を運んでいた。
リリアの列に並ぶヒロの背中を見つめながら、隣の列に並ぶガレスはあくびをかみ殺しつつ、呆れたように声を飛ばす。
「それにしても……相変わらず、あの怖い姉ちゃんのとこに並ぶんだな……」
その言葉に、ヒロはピクリと眉をひそめ、信じられないものを見るような目で振り返った。
「怖い……?」
そしてガレスに向き直ると、ギルドのロビーに響き渡るほどの淀みない滑舌で、まるで強力な魔法の詠唱か、あるいは神聖な賛美歌のように、リリアの素晴らしい功績と魅力を次々と紡ぎ出し始めた。
「わかってないね! リリアさんはね、冒険者一人ひとりの能力や今までの実績を完璧に把握して、その人に適した依頼だけを受け付けてくれるんだ! 危険すぎるものはちゃんと弾きつつ、ちゃんと代わりにこなせる仕事を用意してくれる! 報告書の処理も驚くほど丁寧で、報酬の計算や支払いも一切のミスがない! その全ての事務仕事が、とんでもなく早いんだよ!!」
ヒロのあまりの熱弁に、周囲の列に並んでいた冒険者たちは「そこまで見てるのか……」とごくりと喉を鳴らして聞き入る。
特に、普段からリリアの列に並んでいるベテランの冒険者たちは、「まったくその通りだ」と言わんばかりに、どこか誇らしげに、少しだけ微笑みながらその演説を聞いていた。
一方、ガレスは「頭が割れそうだ……」とばかりに両手で頭を抱え、盛大に天を仰いだ。
だが、ヒロの称賛の嵐は、まだここで終わらない。
「それに、よく見てみなよ!」
ヒロはガレスの頭痛などお構いなしに、熱を帯びた声で続け、カウンターの向こうを指さした。
「黒曜石みたいに艶やかで綺麗な黒髪! 」
「まるで最高級のラピスラズリをそのまま埋め込んだみたいに透き通った青い瞳!」
「 ……それに、余計な化粧なんて一切していないのに、朝の光みたいに透き通る真っ白な肌……!!」
その純粋すぎる熱量でいきなり外見を完璧に網羅した完璧な褒め殺しに、周囲の冒険者たちからドッ、と大笑いと割れんばかりの歓声が巻き起こった。
まだ恋を知らない少年が、無自覚に好意を全開で露わにしている微笑ましさを笑う声と、ギルドの窓口で普段は冷徹な対応から「氷の女王」と呼ばれているリリアに対する、容赦なき(そして無自覚な)直球の美辞麗句に歓喜する声が、一斉に混ざり合う。
そんなロビーの熱気の中。
カウンターの向こう側に立っていたリリアは、生まれて初めて経験するほどの衝撃に打たれていた。耳の先から首筋まで、真っ赤に染め上げられていることにも気づけないまま、彼女はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「や、やめろっ……! お前、声がでけぇ! 聞こえるぞ!」
ガレスは青ざめた顔で周囲をキョロキョロと見回し、ヒロの肩を必死に引っ張って止めようとした。しかし、ヒロはいたって平然とした様子で、不思議そうに首をかしげる。
「え? 何が? 事実だし、別に悪口言ってるわけじゃないんだから、聞こえてもいいでしょ?」
悪気の一切ないその純粋すぎる返しに、ガレスはもう突っ込む気力すら失って頭を抱えた。
周囲の冒険者たちは腹を抱えて大爆笑し、カウンターの奥にいる他の受付嬢たちも手で口を押さえて肩を震わせている。
そんな中、リリアの列に並んでいたベテランの冒険者たちが、暖かい慈愛の目をヒロに向けながら、さっと道を開けた。そして、呆れと面白がりが混ざった顔でヒロを手招きする。
「おい、小僧……もういいから、早く行ってやれ!」
「え? どうかしたの?」
相変わらずキョトンとしながらも、ヒロはいつものようにリリアのカウンターの前へと進み出るのだった。
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