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見習い冒険者はいつになっても正式採用を受けない  作者: Patriot
十歳〜十二歳

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24/85

初めての依頼

木漏れ日の酒場の朝は、ガレスの威勢のいい掛け声と、コンコンと乾いた空気を震わせる薪割りの音で始まる。


陽だまり村にいた頃は、毎朝ガレスに無理やり起こされ、嫌々ながらその修行に付き合わされていたものだった。


だが、今のヒロは違う。


耳に飛び込んでくるその響きを合図に目を覚まし、ヒロは自然と口元を緩ませて笑顔になる。


(――今日は君が先に起きたんだね)


窓から差し込む朝陽を浴びながら伸びをすると、ヒロは使い慣れた工具箱をしっかりと肩に担いだ。

今日も昨日のように、この温かな酒場のあちこちを丁寧に整備するため、足取り軽く扉の外へと向かうのだった。


少し遅れて女将とセレナが起きる。


酒場の裏手では、女将が腕を組んで、ガレスの薪割りの様子を無言で見守っていた。

口出しはしない。だが、ガレスが無意識に重心を崩した瞬間、無言で足先を蹴り飛ばし、正しい腰の落とし方を容赦なく体に叩き込む。ガレスは「ぐっ」と息を呑みながらも、その指導に食らいつくように大剣を振るい続けた。


酒場の中では、セレナがヒロの傍らに立ち、ヒロが手に持つ工具の木部に指を添えながら、魔力の流し方を丁寧に説いていた。


「魔力は押し込むのじゃなくて、素材の目に沿って染み込ませるの。ほら、息を合わせて……」


その優しい導きに、ヒロは真剣な眼差しでうなずき、集中力を研ぎ澄ませる。

昨日、この場所へたどり着いたばかりだというのに。

王都での激動の一日を越えた朝、この四人はもうそれぞれの役割を見つけ、ごく自然に自分の働きを始めていた。


朝食を平らげ、手際よく洗い物を済ませた後、二人はこれから始まる一日への期待を胸に、酒場の扉へと駆け寄った。


勢いよく扉を開け、外へと飛び出そうとしたその瞬間――。


ヒロはふと足を止め、名残惜しそうに、そしてどこか決意を込めたように振り返った。


「……いっ、行ってきます」


その言葉に、女将は思わず作業の手を止め、ハッと顔を上げてしまった。喉まで出かかった言葉は、胸の奥からこみ上げる熱に遮られ、音にならない。


セレナが震える女将の手をそっと自分の両手で包み込み、代わりに柔らかく告げた。


「行ってらっしゃい」


ガレスはそんなヒロの少し照れくさそうな背中を見つめると、太陽のような満面の笑みを浮かべた。

そして、王都の青空に向かって、すべてを吹き飛ばすようなとてつもない大声を響かせる。


「行ってくる!!!!」


静かな朝の街並みに轟くその豪快な声に、女将はハッと現実引き戻され、いつもの野太い声で怒鳴り散らした。


「うるさいよ!!」


その怒鳴り声を背にしながら、

二人は酒場から競うようにギルドへ駆けていく。

子供の足ではしばらくかかるその距離も、これから始まる仕事に想いを馳せる二人にとっては一瞬に感じた。


朝の冒険者ギルドへ足を踏み入れた瞬間、ヒロは思わず息を呑んだ。

昨日の昼に体験した喧騒など、比にもならない。

朝から酒を酌み交わす者こそいないものの、フロアを埋め尽くす冒険者たちの熱気と怒号は、まるで一触即発の戦場そのものだった。


「おい、ランクDの護衛クエストがまだ残ってやがるぞ!」


「道をあけろ、新人ども!」


クエストボードの周囲には群がりしがみつくように新たな依頼書を奪い合う男たちがひしめき合い、受付カウンターの前では、数日間の迷宮潜りから戻ったばかりのパーティが荒い息を吐きながら成果を叩きつけている。


紙が舞い、怒声が飛び交う熱気の渦の中。


二人は圧倒されそうになりながらも、一歩ずつしっかりと大地を踏みしめて、その戦場のようなフロアへと歩みを進めた。


フロアの熱気がふっと和らぎ、あちこちから漏れていた荒々しい話し声が急速に静まっていく。


ガレスの姿を認めた周囲の冒険者たちは、反射的に、あるいは本能的な警戒からか、自然と道を開けた。


鮮やかな赤髪と、自分の背丈を優に超えるほどの大剣を背負ったその少年。

昨日、ギルドの登録カウンターで叩き出した規格外すぎる鑑定結果は、一晩にして王都中の冒険者たちの間で格好の噂話となっていたのだ。


「おい、あれが……」

「ガキのくせにとんでもない数のスキル持ちだったらしいぜ…」


ヒロはそんな周囲のざわめきと、ガレスに向く畏敬の入り混じった視線を肌で感じながら、ガレスの隣を歩く。


(……なんか、色々と便利だな)


人混みをかき分ける苦労もなく、戦場のようなフロアをスルスルと進める状況に、ヒロは内心でぽつりと呟いた。


そして二人は、昨日と同じ場所――リリアの待つ受付カウンターへと迷うことなくまっすぐ向かった。


カウンターの向こうで書類の束と格闘していたリリアは、二人の姿がまっすぐこちらに向かってくるのを認めた瞬間、昨日と全く同じ動作でガックリと両手で頭を抱えた。


(……黒髪の子はいいの。多分、安全な依頼を堅実にこなせるもの……)


ヒロの穏やかで常識的な佇まいを思い浮かべ、リリアは心の中で深く頷く。

しかし、その視線が隣で不敵に笑う赤髪の巨漢少年へと移った途端、彼女のこめかみがピキリと痙攣した。


(――問題はあの赤髪の子よ! 一体、あんな規格外にどんな仕事を用意しろと言うのよ……!?)


まだFランクの新人でありながら、バケモノじみたステータスとスキル。


朝っぱらから頭を悩ませるハメになった担当受付嬢の悲鳴は、誰にも届くことなく、ただ心の中でこだまするのだった。


「おはようございます! リリアさん!」


ヒロは周囲の殺伐とした空気などどこ吹く風とばかりに、パァッと満面の笑みを浮かべて爽やかに挨拶をした。

その瞬間、先ほどまで静まり返っていたフロアに、どよめきのようなざわつきが再び広がる。


「おい、いまの聞いたか……?」


「あの『氷の女王』リリアに直接挨拶しやがったぞ……正気かあいつ……」


それもそのはず、ギルドの窓口で常に冷徹な事務処理をこなし、笑顔一つ見せないことで有名なリリアに、気さくに声をかける冒険者などこの王都には一人もいなかったのだ。

周囲の視線が集まる中、リリアは予想外の先制攻撃にわずかに目を丸くし、戸惑いながらもたどたどしく返事をした。


「お、おはようございます……」


その言葉を聞いた瞬間、フロアのざわめきはさらに大きくなった。


「おいおい、リリアが挨拶を返したぞ……!?」


「あんな顔、初めて見たんだけど……!」


普段なら冷徹に「用件をどうぞ」と一蹴するか無視されるのがお約束だったため、冒険者たちの間ではちょっとしたパニックが起きていた。

そんな周囲の喧騒を涼しい顔でスルーし、ヒロはカウンターに両手を軽くつきながら尋ねる。


「僕でも出来そうな仕事を教えて下さい」


その言葉を聞いたリリアは、ハッと我に返ると、すっと表情を引き締めて仕事の顔に戻った。


(――やっぱり、賢い子ね)


勝手にクエストボードから難易度の高そうな依頼書を持ち出したりせず、きちんと受付に相談して自分の適性に見合った仕事を聞く。その慎重さと誠実さに、リリアは自分の最初の見立てが間違っていなかったと内心で深く安堵した。


「かしこまりました。それでは、こちらにしましょうか」


リリアは迷いのない手つきでファイルから一枚の依頼書を引き抜き、スッとカウンターの上に差し出した。


「王都地下の魔力導管整備の補助です。魔力導管は整備をしないと老朽化して……」


リリアが説明を続けようとした、その瞬間だった。

ヒロはスッと手を伸ばすと、その言葉を遮るように、カウンターの上の依頼書をガシッと乱暴にひったくった。


「っ……!」


リリアは思わず息を呑み、ハッと顔を上げてヒロの顔を見た。


――ゾッとした。


先ほどまで太陽のように眩しかった満面の笑みは跡形もなく消え去り、その瞳には光が一切宿っていない。

底知れぬ漆黒の闇に深く堕ちたような、冷たく虚ろな眼差しがリリアを射抜いていた。


ーーその時。


ガレスの大きな手が、ヒロの肩にそっと、しかし確かな重みで置かれる。


その温もりにハッと我に返ったように、ヒロの瞳に光が戻った。自分の異常な態度に気づいたのか、ヒロは青ざめた顔で何度も何度もリリアに頭を下げる。


「ごめんなさい! ごめんなさいっ……!」


怯えたように謝罪を繰り返すヒロを庇いながら、ガレスはヒロと入れ替わるように一歩前へ出て、リリアの正面に立った。

いつもの、周囲を圧倒するような威勢の良さはどこにもない。

ガレスはどこか怯えたような、しかし必死に絞り出すような、か細い声で言った。


「……説明は、いらねぇからよ。場所だけ、教えてやってくんねぇか?」


リリアはプロとしての気概で無理やり表情を立て直し、素早く一枚の地図をカウンターの上に広げた。


「……わかりました」


震えを抑えた声音で、端的に必要な情報だけを告げていく。

ヒロは先ほどの狼藉が嘘のようにバツが悪そうな顔で頭を掻きながらも、リリアの言葉を一切聞き逃すまいと真剣な眼差しを向け、依頼書の余白に素早くペンを走らせてメモを取る。

その傍らで、ガレスは腕を組み、ただ黙って二人のやり取りをじっと見つめていた。


受付でのやり取りを終えると、ヒロはスッと脇へ避け、ガレスの背中を見上げてそっと声を漏らした。


「……ありがとう、ガレス」


その小さな呟きに、ガレスは言葉を返す代わりに、ふっと力強く頷いてみせる。そして、ヒロと入れ替わるように一歩前へ踏み出すと、リリアの正面にドシリと仁王立ちした。

一転して、先ほどまでの静けさを根底から覆すような、ギルド中に響き渡る豪快な大声がフロアを揺らす。


「討伐だ!!」



ガレスの受付が終わり、


それぞれが初めての仕事の依頼書をしっかりと手に握りしめ、ヒロとガレスはギルドの扉へと歩き出す。


カウンターの向こうから、リリアはその二人の背中を見送りながら、胸の奥に言い知れないざわめきを覚えていた。


論理的に考えれば、初めてのクエストでありながら危険な「討伐」へと単身で向かう赤髪の少年のほうが、どう見ても危険度は圧倒的に高いはずだ。


それなのに、リリアの心を激しく揺さぶり、冷たい汗を滲ませていたのは――あの黒髪の少年がふと見せた、底知れぬ闇を宿した瞳のほうだった。


「――っ、あの!」


思わず、リリアはカウンターから身を乗り出すように声を張り上げていた。

ヒロはピタリと足を止め、不思議そうに首を傾げて振り返る。


「……っ、お気をつけて!」


その言葉に、ヒロはわずかに戸惑いの表情を浮かべたものの、すぐに柔らかい笑顔を咲かせて明るく答えた。


「はい!」


その隣で、ガレスはほんの少しだけ振り返り、声を出さずに口の形だけでリリアへと謝意を伝えた。


――あ、り、が、と、う。

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