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見習い冒険者はいつになっても正式採用を受けない  作者: Patriot
十歳〜十二歳

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17/86

最悪の出会い

歩みを進めるうちに、ヒロの目にもついに、地平線の向こうへそびえ立つ王都の巨大な城壁がうっすらと見え始めた。足元には、砂利混じりで舗装こそままならないものの、往来の痕跡が残る確かな街道が続いている。


目的地がようやく視界に入ったその日。

二人は街道脇の大きな木陰で小さな焚き火を囲むようにして眠りについていた。

パチパチと燃え盛る薪の音が、静かな夜の闇に心地よく響く。


王都という未知の喧騒を目前に控えながらも、二人の寝息はどこか穏やかだった。


ーーーそんな中


闇を切り裂くような少女の悲鳴が、夜の静寂を粉々に打ち砕いた。


「助けてっ!」


その声が耳に届いた瞬間、ガレスの目がカッと見開かれる。

反射的に体が跳ね起き、右手は自然と背負った大剣の柄へと伸びていた。


「ヒロ! 行くぞ!」


対照的に、ヒロはゆっくりと瞼を持ち上げる。

冷めた、どこか遠くを見るような目をしていた。


「……助けて、か」


乾いた声で呟く。


「僕らの村は誰も助けてくれなかったのにね」


その声音には怒りすらない。ただ、あまりにも冷徹な事実だけが落とし込まれていた。


「叫べば誰かが来るなんて……。そんな都合のいい話、あるわけない」


そう呟きながらも、ヒロはゆっくりと立ち上がる。


ガレスは怒鳴りつけようと、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


ヒロが右手首を回し、軽く肩をほぐす。

無駄のない動きで戦闘態勢に入る相棒の姿を見て、ガレスはふっと息を吐き、小さく笑った。


「口じゃそう言うくせに。体は正直じゃねぇか!」


ヒロはそれに答えず、ただ前を見据えた。

ガレスは大剣を力強く担ぎ上げる。


「行こうぜ、ヒロ」


二人は森の中を一気に駆ける


ヒロは静かに目を閉じ、足元から薄く青白い魔力を波紋のように広げた。

修理のために身につけた探知魔法。戦闘に使うのは初めてだった。


(……反応、三つ、いや――もっと多い。前方数十メートル、円状に囲まれている。あの叫び声の主だ。)


ヒロの脳裏に、敵と被害者の位置関係が正確な立体図として描き出される。


「……前方の木立を抜けた開けた場所。囲まれているね」


ヒロの言葉に、ガレスはすぐさま鼻をひくつかせた。


「血の匂いと、やけに甘ったるい香水の匂いだ……! 近いぞ!」


ガレスが地を蹴り、速度を上げる。ヒロもまた、無駄のない魔力の循環で身体能力を底上げし、その背後にピタリとついて疾走した。

夜の闇を縫うように、二人が茂みを一気に突き抜ける。

視界が一気に開けた。


横転しかけた豪華な旅用の馬車。その周囲を、厳重な甲冑に身を包んだ護衛の兵士たちが血を流しながらも必死に守り固めている。

馬車の中には、ガレスやヒロと同い年くらい――十歳前後の、上質なドレスに身を包んだ少女が、怯えた面持ちで外を見つめていた。

そして、その気高い一団を囲むようにして、野蛮な笑みを浮かべた数名の賊たちが武器をギラつかせて迫っていた。


「……んだぁ? ガキどもが冷やかしに来たのかよ」


一人の賊がにやりと下卑た笑みを浮かべ、背後から現れた二人の少年へと振り返った。

その格好や身なりを見て、脅威ではないと踏んだのか、賊たちの間に油断の色が浮かぶ。


一方で、馬車を守る兵士たちは青ざめた。


「ばっ……!」


血まみれの甲冑を着た隊長格の兵士が、焦燥に満ちた声を上げる。

守るべき貴人の馬車が襲われている最中だというのに、よりによって十歳前後の子どもたちがこんな危険な場に飛び込んできたのだ。足手まといどころか、目の前で無残に斬り捨てられる未来しか見えなかった。


「逃げなさい! 君たち、ここは危ない!」


兵士の必死の叫びが、夜の森に虚しく響く。

しかし、そんな警告に立ち止まる二人ではなかった。


ヒロの瞳の奥で、淡い魔力が渦を巻く。


かつて、力が足りないと自分を責めていたあの日々。

『ヒロが俺に身体強化をかけりゃいいんだよ!』

ガレスのその言葉に、自分には隣に立つ資格なんてないのだと、ヒロは自らを蔑んでいた。


――そんなの関係ないね。


ただ助けを求める人がいる。

隣には最も信頼できる友がいる。


「……行くよ、ガレス」


ヒロの魔法が発動する。

その瞬間、ガレスの周囲の空気が一変した。


迸る魔力がガレスの全身を包み込み、淡い光となってその身体を駆け巡る。筋力、反射、踏み込み、そして大剣へ力を伝える一連の動作。ヒロが熟知しているガレスの身体能力、そのすべてが最も効率よく発揮されるよう、魔力が精密に巡っていく。


「うおおおぉぉぉッ!!」


光の中でガレスの肩が震える。

それは、溢れる力によるものではなかった。

ガレスもまたあの日を思い出し、その感慨に耽っていた。


「さぁ、行っておいで」


その言葉を聞いたガレスが、地を抉って弾け飛んだ。

直後、賊の放った武器が空を切るよりも速く、大剣の重厚な一撃が夜の闇を真一文字に切り裂いた。


「殺しちゃダメだよ、ガレス。そんな汚いおっさんの肉なんて食べても美味しくないからね」


冷たく言い放つヒロの声が、戦場に響いた。

それを聞いたガレスは、不敵にニヤリと笑う。


(……まったく)


心の中で、ガレスは背中でヒロの気配を感じながら小さく鼻を鳴らした。

あんな風に皮肉っぽく、冷たい冗談を言うのは、要するに「俺に人殺しなんてさせたくない」からだ。そんなこと、最初から分かっている。

ガレスは大剣を初撃から逆刃に構えていた。


ズシン、と重い音を立てて、ガレスの一撃が賊の脇腹を捉える。峰打ちでありながら、常人離れした身体強化の乗った一撃は、それだけで屈強な男たちの意識を完璧に刈り取り、次々と宙へと弾き飛ばしていった。


木こりの爺さんから貰ったこの大剣はーーー


ーーー人を斬るためじゃない。


大切なものを、この手の中の日常を守るためのものだ。


「ぐわっ……!?」


「な、なんだこのガキ――!?」


圧倒的な怪力と、ヒロによる精密な身体強化を纏ったガレスの一撃は、一振りのたびに賊を宙へと舞わせ、地面へ叩きつけた。ただの子供の喧嘩だと思っていた男たちは、その人間離れした暴威の前に、次々と戦意を喪失していく。


「――今だ! 立て直しを急げ!」


先ほどまで青ざめていた兵士の隊長が、血まみれの顔を引き締めて声を張り上げた。

ガレスの圧倒的な暴れっぷりによって賊たちの陣形が崩れ、隙だらけになったのを見逃さなかった。

状況をようやく飲み込んだ兵士たちが、気力を振り絞って盛り返す。


「者ども、続けぇっ!」


士気の上がった兵士たちの剣幕と、無慈悲に賊をなぎ払うガレスの挟み撃ちにより、戦闘は一気に決着へと向かった。


悲鳴と怒号が飛び交う中、生き残った賊たちは蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げ出していく。


やがて、静寂が戻った。


辺りには荒い息遣いと、気絶した賊たちのうめき声だけが響いている。

ガレスは肩で息をしながら大剣を地面に突き立て、大きく一つ伸びをした。


「ふう……こんなもんだろ」


満身創痍の兵士たちが、信じられないものを見るような目でガレスと、その背後に立つヒロを見つめていた。


ヒロはガレスの肩にそっと手を置き、労うように軽くポンと叩いた。


「お疲れ様、ガレス」


短くも柔らかなその声に、ガレスはフッと笑って大剣を担ぎ直す。


一息つく間もなく、ヒロは手際よく薬嚢を取り出し、負傷した兵士たちのもとへ歩み寄った。


その胸の奥で、チクリと痛みが走る。

……救えなかった村人たち

あの日の光景が、凍りついた記憶の底から蘇りそうになる。

けれど、ヒロはわずかに頭を振ってその雑念を振り払った。


(――でも)


自分には神官の奇跡なんて使えない。


それでもいい。


治癒魔法が使えなくたっていい。今、自分の手にある技術で、目の前で血を流している人たちを救うことができるなら、それで十分だ。

ヒロは傷ついた兵士の前に膝をつき、淀みない手つきで手当てを始めた。


「動かないでください。すぐに痛みを止めますから」


その凛とした、しかし温かみのある声に、負傷した兵士たちは緊張を解いてほっと息を吐く。


あの日の絶望は、まだ胸の奥に深く突き刺さったままだった。

それでもヒロの手は止まらない。

救えなかった命ではなく、今、目の前にある命へ。

自分にできることを、一つずつ重ねていった。

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