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見習い冒険者はいつになっても正式採用を受けない  作者: Patriot
十歳〜十二歳

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16/89

旅路

陽だまり村を出て数日。


二人の旅路は順調とは言えなかったが、確実に王都へと近づいていた。

ヒロは懐から、あの時神官から手渡された地図を取り出す。


「村の修繕が終わったら、これを頼りに必ず来なさい」


という言葉と共に託された、緻密に描かれた王都への道標。

隣を歩くガレスが、ヒロの肩越しにその地図を覗き込んだ。

複雑な地形、幾重にも重なる街道の線、そして難解な地名。それらが網の目のように記された羊皮紙をじっと見つめた瞬間、ガレスは途端に顔を青ざめさせ、まるで毒でも飲んだかのように口元を押さえて背を向けた。


「……うっぷ。……なぁヒロ、なんでそんなもん見て平気なんだ……見てるだけで酔いそうだ」


ガレスは苦悶の表情で、早くも限界を訴える。

そんなガレスの姿を見て、ヒロは小さく、だがかつてのような澄んだ響きをわずかに含んだ笑みを漏らした。


「ははっ、これくらいで吐くなよ。こういう細々とした読み解きは、僕がやるからさ」


ヒロは地図を器用に折り畳むと、ガレスの背中を軽く叩く。


「ガレスは、得意の野生の勘と体力で、今夜の食料でも探してよ。今日は少し美味しいものが食べたい気分なんだ」


ヒロの言葉に、ガレスの顔色がパッと明るくなる。


「おう! 任せろ! 昨日の獲物よりデカい獲物を仕留めてやるからな!」


ガレスは胸を張り、大剣を担ぎ直すと、自信満々に茂みの中へと駆け込んでいった。


ヒロはその日の野営の準備を始めた。


薪になる枝を拾い、木の葉や草で簡易的なベッドを作る。近くの川で水を汲み、鍋で湯を沸かす。


準備が終わったヒロは地図を広げ、明日の道程を確認し始める。現在地に目印をつけ、街道までの距離を指で辿っていく。


やがて日が傾き始め、森の中を差し込む光が赤みを帯びてきた。


(……ちょっと遅いな)


そう思って顔を上げた、その時だった。

ガレスが木の間から現れた。

抱えているのは、ヒロの背丈よりも大きな巨大なイノシシだった。


「ひゃっほー! ヒロ! 見ろよ、こいつ!」


ガレスは獲物を地面にどさりと下ろすと、汗を拭いながら満面の笑みを浮かべる。

ヒロは呆れながらも、思わず笑みをこぼした。


「さすがだね……本当に」


「おう! 任せろって言っただろ! 全部食って、その分でかくなるぞ!」


ガレスは鼻を鳴らし、誇らしげに胸を張る。その無邪気な姿を見ていると、一時の安らぎを感じる。

ヒロはどっしりと横たわるイノシシに視線を落とした。


「……ねえ、ガレス。いくらなんでも1日で全部食べられるわけないでしょ?」


苦笑するヒロをよそに、ガレスは「そうか?」と頭をかきながら、豪快に笑い飛ばした。


「なら、半分は干し肉にするか? ほら、王都までの旅は長いしな!」


「干せないよ、ガレス。ここは村じゃないんだからさ。僕ら、明日の朝にはもう移動してるんだ」


ヒロは呆れたように小さく肩をすくめると、手慣れた手つきで刃物を操り始めた。

獲物の動脈を見極めて鮮やかに血を抜き、部位ごとに手早く解体していく。モルドの鍛冶場で培った集中力と、村の狩人たちから盗み見た技術が、淀みなく融合していた。


ガレスはその手際を、内心で感心しながら眺めていた。

自分には到底できない芸当だ。荒っぽいことは得意だが、こうした緻密な作業はやっぱりヒロに任せるのが一番いい。


「へえ、干さねぇならどうすんだ? 今日の分だけ焼いて、残りはどうするつもりだ?」


ヒロは返事の代わりに、切り分けた肉の一部を串に刺して焚き火にかざした。じゅわ、と芳ばしい脂の焼ける匂いが立ち上る。


「まあ、見てなよ」


ヒロは残りの肉を、太い枝を組んで作った即席のやぐらへと丁寧に並べていく。そして、焚き火の煙がうまく回るように、周りに湿った木葉をくべた。


「おっ! 燻製か! すげぇなヒロ!……なあ、これもう食っていいか?」


ガレスは涎を垂らしそうな勢いで燻製の櫓に手を伸ばす。

その瞬間、ヒロは大笑いしながらガレスの頭をペシッと叩いた。


「もう! せっかく日持ちするように燻製にしてるのに! 今すぐ食べちゃったら、ただの焼き肉と同じでしょ!」


「だってよぉ、腹が減ってるんだよ!」


焚き火の炎がパチパチと爆ぜ、二人の影が暗闇の中で楽しげに揺れる。


それから狩や採集をしながら歩みを進め、獲物が足りない時は燻製の肉を食べる日々が続いた。


ーーそしてようやく


険しかった山道を下りきり、木々の密度がまばらな森を抜けると、視界が一気に開けた。


目の前には豊かな水を湛えた大きな川が蛇行し、その向こうにはどこまでも広がる緑の草原が続いていた。


ガレスは目を細め、指を差して声を弾ませる。


「ヒロ! 見ろ! 王都だ! あそこに見えるぜ!」


ガレスの指し示す遥か彼方、地平線の向こう側に、確かに城壁に囲まれた巨大な王都のシルエットが微かに浮かび上がっていた。


しかし、ヒロは冷めた視線を投げかける。


「……ガレス。僕らと王都の間に、あとどれだけの距離があると思ってるの? 僕は人間だから、そんな先まで見えないよ」


「誰が獣だ!」


ヒロの皮肉に、ガレスはカッとなって反論する。

次の瞬間、二人は顔を見合わせて同時に噴き出した。草原に二人の笑い声が大きく響き渡る。


ただの他愛のないやり取りが、今の二人には何よりも尊いものだった。


ーー数日後。


草原を歩きながら、ヒロはふと、懐にしまっておいた地図を手に取るのをやめた。


ガレスには遥か彼方の王都がはっきりと見えているらしく、進むべき方角に迷うことがなくなったからだ。


「あっちだ」


ガレスが指差すたび、地図と照らし合わせれば確かに王都へ続く方角と一致している。

ヒロには霞んだ地平線しか見えないというのに、ガレスだけはそこにある巨大な城壁を目印に、迷いなく歩き続けていた。


しかし、そのガレスの背中が、今は小さく見えた。


「……腹、減ったな」


燻製の肉は尽き、喉を通るものといえば、川で獲れたばかりの小さな魚一匹だけだった。

ガレスは川から上がってくると、申し訳なさそうにその細い魚をヒロに差し出した。いつもなら大物を持って帰ってくるガレスが、今はその一匹を獲るのにも苦労している。

ヒロは魚の大きさと、ガレスの濡れた背中を見比べ、すぐにその理由を悟った。


(そうか……)


山や森では、一頭獲れば数日は飢えを凌げた。しかし、この川でガレスがどれほど素早く動こうとも、魚の大きさと獲れる数は限られている。一匹を仕留めた瞬間、川の魚たちは瞬く間に散り散りに逃げ去ってしまうのだ。

どんなに狩りが上手くても、獲物の習性と生息環境が変われば、これまでのやり方は通用しない。ガレスが感じているのは、単なる空腹ではなく、自分の力が及ばないもどかしさだった。


「す、すまん……」


ガレスは濡れた髪を垂らし、地面を向いてしょぼくれている。

強くて、頼りになる相棒が、獲物を獲れなかったことよりも「ヒロを飢えさせていること」に傷ついているのが痛いほど伝わった。


ヒロは黙って、腰に下げていた丈夫な布袋をほどき始めた。

ガレスは何も言わず、その手元をじっと見つめる。


(何か思いついたな……)


自分にはない発想。自分にはできない緻密な作業。

これまでだってそうだ。自分が力任せに壁にぶつかった時も、ヒロならいつも驚くような方法で道を切り開いてくれた。


だから、今回も――。


ヒロはほどいた布から一本ずつ丁寧に糸を引き抜き、慣れた手つきでそれを寄り合わせていく。ただの布きれだったものが、みるみるうちに強靭な紐へと姿を変えていく。

さらに、その紐を規則正しく組み上げ、手際よく網のかたちへと編み上げていった。

その作業の意味を理解した瞬間、ガレスの瞳にパッと光が戻る。


「……そっか、網か!」


ガレスは自分の不甲斐なさを忘れ、弾かれたように立ち上がった。


「石取ってくる!」


ガレスの顔に笑顔が戻る。

ヒロは手を動かしたまま、頼もしい相棒を見て柔らかく微笑んだ。


「ああ、頼むよ。」


「任せとけ!」


ガレスは力強く返事をすると、足音を弾ませて川原へと駆け出していった。


その日の夜。


河原に揺らめく焚き火の炎が、周囲の暗闇をオレンジ色に照らし出していた。


あの後、二人が作った網は大成功だった。川の淀みに仕掛けを投げたとたん、群れていた魚たちが文字通り一網打尽に網にかかり、今夜は久しぶりの満腹を迎えることができた。


「ふぁぁ……食った食った……!」


満足しきったガレスは、ぽっこりと膨らんだお腹を露わにし、大きな大剣を枕がわりにして豪快にイビキをかいていた。


ヒロは、そんな相棒の無防備な寝顔を呆れたように一瞥しながらも、手元ではテキパキと次の作業をこなしていた。

明日以降のための魚の燻製を仕込みつつ、余った魚のアラを鉄鍋に放り込み、じっくりと煮込んでスープを作る。


村の教えが、今も体に染み付いていた。

これまで狩ってきた生き物たちは、肉を食べるだけではない。余すところなく命をいただき、獣の皮は丁寧にはぎ取り、骨は道具の素材として大事に取っておく。


「……自然の恵み。命を大切に、か」


村の大人たちが何度も教えてくれたことだった。

モルドなら言葉すら使わなかった。使える鉄屑を捨てようものなら、無言で拾い上げ、ヒロの手元へ戻した。


ヒロはパチパチと爆ぜる薪の音とガレスのイビキを聞きながら手元の作業に集中した。


集めていた獣の皮を丁寧になめし、硬い骨を削って細工用の針や装飾へと加工していく。

ただ無駄に時間を過ごすわけではない。

この旅の目的地である王都に着いたとき、少しでも自分たちの生活の足しになるように。売れるものはすべて価値に変えておく。効率のためではなく、二人でしっかりと生き抜くために。


冷たい夜風が吹き抜ける中、スープのいい香りと、コツコツと骨を削る小さな音が、静かな夜の河原に優しく響いていた。

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