埋葬
それから一週間後。
ようやく王都からの専門家たちが村に到着した。
病を治療するための神官たちや、汚染の原因を究明するための水質調査の技術者たちが、慌ただしく村の足を踏み入れる。
調査の結果、原因はモルドの遺言の通りだった。
地下深くを通る魔力導管が老朽化によって破損し、そこから漏れ出した魔力が生活用水の汚水と混ざり合うことで変質。それが地層を通じて地下水脈へと流れ込み、井戸水や土壌の作物を長期間にわたって汚染し続けていたのだ。
神官たちは村人たちの遺体を確認し、そして生き残った二人の少年たちの体調を詳しく検査した。
結果は、奇跡的な偶然が重なったものだった。
ガレスは、その身に宿す圧倒的な天賦の魔力量のおかげで、変質した毒性の魔力を完全に弾き返し、影響を受けずに済んでいた。
一方のヒロは、毎日の泥臭い魔法の修行や鍛冶場での作業、そして畑の管理において常に体内の魔力を循環させ、激しく消費し続けていた。その高い「魔力代謝」が、知らず知らずのうちに体内へ入り込んだ濁った魔力を外へと追い出し続けていたのだった。
だが、専門家たちがそんな調査報告をいくら真面目に語ったところで、今のガレスの頭には何も入ってこなかった。
難しい理屈や原因の究明など、もともと苦手だった。ただ隣に立ち、報告を聞いているヒロへと横目を向ける。
ヒロは、専門家たちの言葉をどこか他人事のように、どうでもよさそうに聞いていた。
かつてなら、理屈を聞いた瞬間に目を輝かせ、その構造や仕組みを頭の中で組み立てていたはずなのに。
ガレスは胸が締め付けられる思いだった。
(……理解はできているはずだ。ヒロのことだから、とうに全部分かっているだろう)
だけど、もうそんなことには何の興味もないのだろう。
いくら原因が分かったって、どれだけ綺麗に理屈が説明されたって――。
だって、もう誰も帰って来ないのだから。
その後、村人たちの丁寧な埋葬が行われた。
いつもわざと多めにパンを焼いて、二人に分けてくれたパン屋の主人。
毎朝温かく声をかけてくれたお婆さん。
ガレスに大剣を譲った木こりの爺さん。
村の先頭に立って導いてくれた村長。
山や狩りの知恵を教えてくれた狩人。
畑の耕し方一つとっても叱りつけてくる農家の人々。
そして、無骨に技術を叩き込んでくれたモルド。
小さな墓標がいくつも並んでいく。
ガレスは溢れそうになる涙を堪え、必死に歯を食いしばりながらその光景を眺めていた。
(俺が……俺がしっかりしなきゃいけないんだ)
親しい人たちが眠る土の山を見つめながら、ガレスは自分に言い聞かせる。
生き残った俺たちがちゃんとみんなの分も生きないと。そう強く思い直し、ガレスは隣に立つヒロの肩をそっと抱き寄せた。
気丈に振る舞おうと、励ますようにチラリと横を見る。
その瞬間、ガレスの背筋に耐えがたい悪寒が走った。
あまりの恐怖に、思わず息が止まる。
ヒロの目には、光が一切なかった。
そこにあったのは悲しみですらなく、怒りでもなく、ただ何もかもが抜け落ちた――底知れない「無」の闇だった。
埋葬が終わり、しばらく経ってから、
王都から来た人々が、村を去る準備を進めていた。
重苦しい空気の中、神官は荷馬車へ乗り込む前に足を止め、墓標の前にただ茫然と佇む二人の少年へと歩み寄ってきた。
「……心より、お悔やみ申し上げます」
それは形式的な慰めの言葉などではなかった。
どれほど過酷な現場だったのか、たった二人でどれほどの絶望を背負わされていたのか。その悲惨な現実を目の当たりにした神官が、胸を引き裂かれる思いで、心の底から絞り出した声だった。
その瞬間。
ガレスの本能が、脊髄を焼くような激しい警鐘を鳴らし始めた。
(……やばい!)
思考するよりも早く、ガレスの身体が動いていた。神官の言葉にわずかに反応しかけたヒロと、神官の間に割り込むように、ガレスは咄嗟に身を翻して立ち塞がる。
反射的に背負った大剣の柄に右手をかけ、ぐっと重心を落とした。
意識を向けたその先は、神官ではなく――目の前にいる、相棒のヒロだった。
背筋の毛が逆立つほどの殺気が、凍りついた空気の底から立ち上っていた。
「……ヒロ?」
ガレスの背中から冷や汗が伝う。
声をかけられたヒロは、ゆっくりと、首を傾げるように顔を上げた。
その虚ろな瞳に、わずかに歪んだ感情の澱みが浮かび上がる。
「お悔やみ……?」
かすれた、しかし異様に冷たい声だった。
「何を……悔やむの?」
一歩、ヒロが足を踏み出す。
たったそれだけの動作なのに、ガレスの足が恐怖ですくんだ。
「何も知らないくせに……!」
ヒロの声が、じわじわと熱を帯びて歪んでいく。
「この村のことなんか、何も知らないくせに……っ!」
乾いた、しかし底知れない狂気を孕んだ言葉が、静まり返った廃村に突き刺さるように響いた。
神官は、目の前の少年が纏う凄まじいまでの絶望と狂気の正体を、一目で悟った。
鋭く大剣の柄を握りしめ、自分を庇うように立ち塞がるガレスの肩に、神官はそっと優しく手を置いた。
怯えながらも自分を守ろうとする少年の震えを感じ取りながら、大丈夫だと言い聞かせるように、静かに頷いて身を引かせる。
そして、ガレスの背中を通り過ぎ、ゆっくりとヒロへ歩み寄った。
「っ……来るな!」
ヒロが喉の奥から絞り出すような叫び声をあげる。しかし、神官は怯むことなく、その小さな体に歩を緩めない。
ヒロの目の前まで来ると、神官は迷うことなくその両膝を冷たい泥の地面についた。
そして、拒絶するように震えるヒロの両腕ごと、その体を力強く、しっかりと抱きしめた。
そこに、聖句や慰めの言葉は一切なかった。
理不尽な死と向き合い、壊れてしまった少年の痛みを分かち合うように、ただ真っ直ぐに体温を伝える。
王都の純白の神官服が、足元の泥にまみれ、黒く汚れていく。
それでも神官は手を緩めず、凍りついた少年の魂を包み込むように、ただ深く、強く抱き締め続けた。
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