祝われない誕生日
次の日の朝は、冷たい風とともに訪れた。
その日は、二人の十歳の誕生日だった。
貧しいこの村では、同じ時期に生まれた二人の誕生日をいつも同じ日にまとめて祝ってきた。村中のみんなに頭を撫でられ、笑いかけられる。誕生日をまとめられることを二人は嫌だと思ったことなど一度もなかった。むしろ、温かな祝福に包まれるその日を二人で共有できることが、心の底から嬉しかった。
しかし、今年は――祝う声などどこにもなかった。
陽だまり村は、まるで時が止まったかのように静まり返っていた。
毎朝決まって響いていたはずの鶏の鳴き声も。
鍛冶場から聞こえる力強い鎚の音も。
焼き立てのパンが香ばしい匂いとともに漂ってくることも。
もう、何一つなかった。
静まり返った広場の真ん中で、ヒロはただ冷たい石畳を見つめ、膝を抱えて座り込んでいた。
その隣には、ガレスが呆然と立ち尽くしている。
あまりの静けさに、二人は何も言葉を発することができなかった。
吹き抜ける風の音だけが、荒涼とした村に寂しく木霊する。
長い、耐え難い沈黙のあと。
ヒロが、カサカサに乾いた唇を震わせてぽつりと呟いた。
「……僕、この村が嫌いだった」
ガレスは黙って相棒の背中を見つめる。
「効率が悪くて」
「精神論ばっかりで」
「生産性なんて何もなくて」
「だから、いつまで経っても貧しいんだって……そう思ってた」
自嘲するように、ヒロは小さく笑った。それは聞いていて胸が締め付けられるような、ひどく乾いた笑いだった。
「でも……」
ヒロはゆっくりと顔を上げ、かつての日常が詰まった景色を一つひとつ見回した。
いつも焼きたてを分けてくれたパン屋。
モルドが鉄を叩き続けていた鍛冶場。
古びた木こり小屋。
いつも温かく自分たちを見守ってくれた村長の家。
「朝になって、挨拶して」
「温かいパンをもらって」
「みんなが笑って……」
「それだけで、十分だったんだ」
絞り出すような声が、細かく震えている。
「それだけで……幸せだったのに」
ヒロはぐっと両手を握り締めた。
その拳が、悔しさと怒りと哀しみでぶるぶると痙攣している。
次の瞬間。
ガンッ!
ヒロの右拳が、容赦なく硬い石畳へと叩きつけられた。
「なんでだよ!」
やり場のない絶望が、感情の奔流となって溢れ出す。
「こんなことで……!」
衝撃でヒロの拳の皮が裂け、鮮血が飛び散る。
それでも、行き場を失った怒りを叩きつけるように手を止めることはなかった。
「導管が壊れただけで……!」
「たった、それだけの老朽化で……!」
「なんで、みんな死ななきゃいけないんだよ!」
涙など出なかった。ただ喉の奥から、焼き付くような怒号が絞り出される。
「ふざけるなよ……!」
「こんなの……あまりにも理不尽すぎるだろ……!」
何度も、何度も。
血まみれの拳を石畳に叩きつけながら、ヒロは少年の細い肩を震わせて叫んだ。
いつもは冷静で、理屈をこねて自分を引っ張ってくれていたヒロ。
感情をあらわにして怒り叫ぶ姿など、ガレスは一度も見たことがなかった。その壊れてしまったかのような相棒の姿が、ガレスにとって何よりも苦しく、胸を引き裂かれる思いだった。
やがて、ヒロの拳は力を失い、もう動かなくなった。
ただ、痛々しく裂けた傷口から、赤い血だけがポタリ、ポタリと冷たい地面に落ち続けている。
それを目の当たりにした瞬間、ガレスの足の力がふっと抜けた。
ガレスはその場に力無く座り込む。
もう、限界だった。
村を救うために、ヒロを信じて、毎日死に物狂いで山を駆け回った。
きれいな水を運び、安全な肉や木の実を届け続けた。心のどこかで、絶対にあいつらは助かるんだと、そう信じ込まなければ正気を保てなかった。
けれど、すべてが遅すぎた。
積み上げてきた希望が音を立てて崩れ去り、ガレスの心もまた、完全に折れていた。
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