バイパス
ヒロは腕を組み、ぐっと険しい顔で考え込んだ。
アンネローゼは決して無理やり閉じ込められた被害者ではなく、自らの意志でこの国の基盤となった英雄だ。そして王家や魔術師団も、彼女をただの道具として扱っているわけではなく、いつの日か救い出そうと代々研究を重ねてきた。だが、だからといって残された問題が解決したわけではない。
次から次へと現実的な疑問が脳裏に浮かび、ヒロは容赦なく口にした。
「そもそもアルヴィンさん、本当にあの封印を解いて解放できると本気で思ってるんですか? さっきアンネローゼ様に、渾身の隠蔽魔法を『薄い膜』って笑われてましたけど……」
図星を突かれたアルヴィンは、ぐっと息を呑んで言葉に詰まる。冷や汗を流しながら、返す言葉もないといった様子で気まずそうに目を逸らした。
さらにヒロは、職人としての現実を突きつける。
「それに、もし仮にあの人を今すぐここから解放したら、この王国で暮らす人々の生活はどうなるんですか? 王都の心臓部をいきなり失ったら、スラムどころか国中の活動が止まりますよ?」
その鋭すぎる指摘に、今度はアルバス国王が頭を抱え込み、うぅと重い唸り声を漏らした。
そんな深刻な空気をよそに、アンは首をかしげ、どこか呑気な声で尋ねた。
「うーん……じゃあ、どうすればいいわけ?」
ヒロはふっと息を吐き出すと、まるで当たり前のことでも言うかのように、迷いのないまっすぐな声で言い放った。
「決まってるよ。代わりの魔力炉を作るんだ。アンネローゼ様が、自分から外に出てもいいかって心から思えるぐらいの、もっとすごくて、もっと効率のいいやつをね」
その突拍子もない、しかし職人としての気概に満ちた宣言に、一同は文字通り目を丸くし、お互いの顔を見合わせた。
静まり返る空間の中で、ヒロは自分の発言に照れくさくなり、頭を掻きながら肩をすくめて付け加える。
「まあ、今すぐ作れるわけじゃないし、それはあくまで理想論ですけどね。だから――それまでの時間稼ぎに、やっぱり一度ここを徹底的に改修して、今の魔力供給の効率を限界まで上げておきましょうか」
そんなヒロの現実的かつ前向きな提案に、アルバスは感嘆したように深く頷き、やがて安堵の笑みを浮かべた。
「はっはっは! 素晴らしい! 人間失格などと罵ったかと思えば、これほど頼もしい解決策を提示してくれるとはのう!」
国王の豪快な笑い声が響く中、ヒロは気持ちをすっかり切り替えていた。職人の血が騒ぎ、頭の中ではすでにこの巨大な魔力炉の構造図が立体的に組み上がり始めている。
じっと小窓の奥のアンネローゼを一瞥してから、ヒロは視線を壁一面に這う無数の導管へと向けた。
(……ふむ。これは、想像以上に骨が折れるぞ。全体に手を入れるには、ずいぶん時間がかかるな……)
額に浮かんだ汗を拭いながら、脳内で素早く図面を重ねていく。
(まずは、改修工事の最中も魔力炉からの魔力が滞らないように、一時的な迂回用の仮設導管をバイパスとして取り付けて……それから……)
一つひとつの課題を解決していく思考に職人としての高揚感が伴う。
今の魔導工学の基準から見れば、千年前の炉の設計はあまりにも原始的で、あちこちに導管の抵抗による魔力の損失が生じている。だが、それは裏を返せば――。
(やるべきことは山積みだが……。千年前の古い部品を、今の最新技術で造った精度の高い新しい部品に丸ごと取り替えるだけでいい。それだけで、今までずっと失っていたとんでもない量の魔力が大幅に回収できるようになるはずだ)
スラムへ魔力を届けるのに、これ以上に確実で、これ以上にてごたえのある仕事はない。
ヒロはぐっと拳を握り締めると、やるべきことの多さに軽く眩暈を覚えつつも、その顔には隠しきれないワクワクとした笑みが浮かんでいた。
アンネローゼは魔力炉の中から、楽しそうにしているヒロを見つめながら心の中で呟いた。
(……森羅万象、可哀想な子ね)
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