謁見
凍りつくような怒りの言葉が巨大な空間に響き渡った、その直後だった。
あろうことか、あの「魔力炉の中」から、堪えきれなくなったような笑い声が響き渡った。
ふふっ、あははは!!!!
それは悲鳴でもうめき声でもなく、腹の底から湧き出るような、あまりにも軽快で楽しげな笑い声だった。
「辛辣っ! ヒロ、言い過ぎよ! ははっ、見て見て! アルバスとセバスの顔! おっかしい! あははは!!」
「……えっ?」
ヒロは先ほどまでの怒りや絶望をすべて忘れ去り、ぽかんと間抜けな顔で目を丸くして振り返った。
眠っているはずだったエルフは、いまや魔力炉の内側をペタペタと叩き、腹を抱えてケラケラと笑い転げていた。
その異様な光景に思考が追いつかないヒロの背後で、激しい音を立てて、それまで微動だにしなかった四人が一斉に動き出した。
アルバス国王、セバス、アルヴィン、そしてアンの四人が、まるで吸い寄せられるように魔力炉の真下へと駆け寄り、その場で勢いよく膝をついたのだ。
そして、その先頭にいたアルバスが、これ以上ないほど深い敬意を込めて、震える声で口を開いた。
「――お久しぶりでございます、アンネローゼ様」
アンネローゼと呼ばれたそのエルフは、緑色の魔導液が満たされた円形の小窓から、ひょいと顔を覗かせるようにして眼下の者たちを見下ろした。そして、どこか楽しげな、それでいて底知れぬ余裕を感じさせる笑みを浮かべて言った。
「アルバス、セバス。久しぶりね。……ふたりとも、かなり老けたわね。ふふっ」
その言葉に、玉座の威厳をかなぐり捨てたアルバス国王は、感慨深さに肩を大きく振るわせ、声を漏らさぬよう必死に嗚咽をこらえた。
震える主君に代わり、執事セバスが胸に手を当てて静かに答える。
「はい。……最後に直接お言葉を交わさせていただいたのは、もう三十年も前のことでございますから」
セバスの言葉にしみじみと頷きかけたアンネローゼだったが、ふと視線を横へと滑らせ、悪戯っぽくクスリと笑って首を傾げた。
「ふふっ、そうだったかしら? 私にとっては昨日一昨日のことのようだけど……。それより、私の知らない顔が混ざっているわね」
その問いかけに、地面に額をすりつけそうなほど深く頭を垂れていたアルヴィンが、緊張で引きつった声を絞り出した。
「はっ……! アルヴィン・ゼノスと申します。現在は宮廷魔術師団団長を務めさせていただきながら、この魔力炉の守護を任されております」
「へぇ?あの薄い膜……あれ、アンタの魔法なのね」
アルヴィンは、冷や汗を流しながらも苦笑いを浮かべ、髭をぽりぽりと掻いた。
「……はっ。お恥ずかしい限りです。アンネローゼ様のお眼鏡にかなうよう、一層精進いたします」
アルヴィンが頭を下げ直したのを見て、その隣で全身を硬直させていたアンが、おずおずと一歩前へ出た。小刻みに震えながら、絞り出すように名乗る。
「あ、あの……! 王女の、アンと申します! あ、あの……不躾ながら、わたくしの名は、あなた様からいただいたものだと父から聞いております……!」
アンの緊張しきった自己紹介を聞くと、アンネローゼはぱちぱちと目を丸くし、それから子供のように無邪気な笑顔をパッと咲かせた。
「アルバスに子供が出来てるなんて……!本当に三十年経ってるのね!」
目の前で繰り広げられている信じられない光景に、ヒロの脳内は激しく混乱していた。少し前まで、ここは非道な王族がエルフを閉じ込めて魔力を搾取している暗黒の空間だと本気で信じ込んでいた。しかし、当のエルフは明るく笑い、王族がその前でひざまずいている。
善悪の構図が音を立てて崩れ去り、何が何だか分からなくなったヒロは、矢継ぎ早に疑問を口走った。
「あなたは一体……! いったい誰なんですか!? なんで僕の名前を知ってるんですか! それに、どう見ても閉じ込められているのに、なんでそんなに楽しそうに……!」
まくし立てるヒロを遮るように、小窓の向こうのアンネローゼは、ふっと優しく微笑みながら片手を軽く上げて制した。
「そこ、うるさいわよ。……アルバス、ちゃんと説明なさい」
「はっ」
アンネローゼに促されるように、アルバス国王はゆっくりと立ち上がり、乱れた息を整えてからヒロへと向き直った。そして、静かで、しかし途方もなく重みのある声で語り始めた。
「……彼女の名前はアンネローゼ。今から千年前、このヴェストリア王国を興した『建国の英雄』その人じゃよ」
「……は?」
ヒロが呆然と声を漏らす。建国の英雄――広場にある銅像の、あの「戦姫」アンネローゼ……?
アルバスは話を続ける。
「彼女は当時、強大な力をもってこの荒れ果てた戦地に平和をもたらした。だが、国を興すにあたり最大の課題となったのは、広大な王都を維持し続けるための永続的な動力源の確保じゃった。誰もが方法に悩む中、アンネローゼ様は周囲の反対を押し切り、自らの肉体と魔力を炉の核とする魔力炉を、自ら設計し、造り上げたのじゃ」
つまり、彼女は被害者などではない。自らの意思でこの魔力炉の心臓部となり、千年の長きにわたって王国を支え続けている「源」そのものだったのだ。
驚愕で言葉を失うヒロの肩に、アルヴィンが重々しく手を置くと、自らも一歩前に出て説明を引き継いだ。
「僕も最初は驚いたよ。だけど、真実はそういうことだ。そして……宮廷魔術師団長が代々ここを守護してきた本当の理由もそこにある」
アルヴィンは視線を魔力炉へと向け、苦い笑みを浮かべた。
「隠蔽のためだけじゃない。……アンネローゼ様ご自身が、その圧倒的な魔力をもってこの魔力炉にかけた『幾重もの強力な封印』を、歴代の団長たちが解析し、いつの日か彼女をここから解放するための研究を続けること。それこそが、我が師団に代々課せられた真の使命なんだよ」
重く冷たかったはずの地下空間は、千年の時を越えて受け継がれてきた想いの温もりに包まれ、ヒロの知らなかった王国の本当の歴史が、静かに夜の底へと溶け込んでいくのだった。
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