9.可愛い赤ちゃん
人差し指をそっと口の前に置き、しーとするポーズをするリヤードに、首を縦にしそっと返事をする。
赤ん坊なんだよな?
どう考えても理解が追いつかない。
とにかく、お姉さんを見つけなければ何かとてもまずくて、リヤードと2人で先に説得しなければいけない。でも、その理由が外が危険だから、らしい。
うーーん。僕は説得出来る自信はないな。
17才ともなればほとんど大人も同然だ。もちろん、法律上まだ未成年なので、こんな夜中に外を出るのは良くないことだ。
でも、そんなことは当然知っているだろうし、まだ会ったこともない僕が何か言ったところで、誰?ってなるだけじゃないか。
「あのさ」
「しぃっ」
僕が一緒にいる意味はある?
聞きたかった言葉を飲み込む。
誰かを探すなら人が多い方が良いだろうけど、そもそもお姉さんの顔すら知らないのにどうやって協力すればいいんだろう。
それでも、黙って通路を渡るリヤードの後ろをついていくしかない。
もうそろそろで西の塔だ。
シンプルに白で統一されていた通路の雰囲気がガラリと変わり、扉をそっと開けると、壁一面には動物のイラストが描かれ、足元の灯りがほのかに明るくなる。
リヤードはもう一度口元に人差し指を立てると、そのまま奥を指差す。
この先に目的地があるのか?
おそらく、いくつもある部屋のどれかに妹が寝ているのだろう。音を立てないよう、ゆっくりと歩く。
ゴロゴロゴロゴロ
「っ!?」
薄暗い廊下から、何かが転がって近づいてくる。
「まさか」
リヤードが思わず声を漏らす。
前を歩いていた足が止まり、振り返ると腕を引っ張り慌てて窓を指差す。
窓に登れってこと?
あのゴロゴロするモノが何か分からないが、とにかく急いだ方がいいんだろう。
窓は高い位置にあり、ジャンプしてよじ登る必要がある。
よしっ、思ったより奥行きがある。これなら足場として十分だ。
だが、案の定、リヤードはしがみつくのが精一杯な様子だ。
それもいつまでもつか分からない。
「リヤード、手を伸ばして」
必死で目線が合わない。仕方なく小声で声をかける。
首を横にブンブン振り、とてもじゃないが片手を離す余裕がないのが見て分かる。
皮肉にも、ゴロゴロ転がるその物体は確実に近づいてくるものの、そのスピードはそこまで速くもない。
どうしよう。僕1人で引っ張るにも、手を伸ばしてくれないと無理だ。
足場は立つには十分なスペースがあるものの、つかみどころのないこの場で同じ体格のリヤードを引っ張り上げるわけにはいかない。
もし、アレがヤバいものだとしても、この家にあるものだ。
赤ん坊の部屋の近くにあるくらいなんだ。子どもを傷つけるものではないはずだ。多分監視システムの何かだよね?
心臓が高鳴る。まだこちらに反応しているわけではない。そして、リヤードがとっさに窓にのぼることを選んだということは、感知能力も限られているかもしれない。
ごめんなさいっ。
カーテンに思い切り体重をかけ、ビリビリと破けていく。そのままリヤードのところまでぶら下がるように落ち、とっさに、リヤードの身体をかかえ壁を蹴り、カーテンを引っ張る。反動でリヤードの身体は上に持ち上がり、なんとか窓によじ登る。だが、2人分の重みを受けたカーテンはそのまま一気に外れ落ちる。
ドサッ。
足から着陸したと同時に、大きな音にそれは反応する。
迷いなくこちらへ近づくそれに、カーテンを持ちゾン自ら走り向かう。
全力ダッシュで思い切り床を蹴り、転がるそれの上をジャンプすると、カーテンを上から投げつける。
ギジジッ。ギッ
布が絡まる音とともに静かになる。
ふぅ。これで、大丈夫、だよね?
リヤードの方を見ると、驚いた顔で大きく頷き、親指を挙げた拳をこちらにブンブン振ってくれていた。
もう一度窓枠にぶら下がったリヤードを下から受け止めるように降ろす。
その手は真っ赤になっており、やっぱりプルプルと震えていた。
2人で小さなため息をつき、立ち上がったその時だ。
スーーッ
ドアが開く音。そして、ペタペタと動く人の気配。
「っ!! イリアっ!!」
リヤードが悲鳴のような声で名前を呼ぶ。
「ンバァ!!」
「やっぱり、アレを作ったのはお前だな!? でも、どうやって……あっ、その腕にはめているのはっ。そうか、アレが止まったら知らせが来るようにまでしていたのか。クソォ」
「アウッ」
一方的に悔しがるリヤード、そして、なぜか腕に巻く時計のような機械を振り回す赤ん坊。
この子が天才赤ちゃん!? でも、どう見たって普通の赤ちゃんなのに。
普通どころか、柔らかそうなクルクルとした髪に、ぷくぷくとした頬、くりくりの目は少し垂れてて、まるでお姫様のようだ。
「その時計っ!! 父さんのを改造したな!! これは……あっ!! おもちゃにセンサー入れたな。ってことは、どこか監視システムをいじったな」
「ンブブ!! ブーーッ!!!!」
「あのぉ」
「なんだよ!?」
「ダォッ!?」
2人同時にこちらを振り返る。
「とりあえずはさ」
赤ん坊をそっと抱きあげる。
「ゾンっ、えぇ!? すぐに降ろした方がいいぞ!! 髪を引っ張るわ、ヨダレをつけるわでろくな目にあわないぞ!!」
「ギャウゥ!!」
「うん。でも、赤ちゃんってそんなもんだろう?」
「え?」
イリアの背中を軽くトントン叩き、少しだけ身体を揺らす。
「勝手に抱っこしてごめんね? こんな冷たい床にずっと座らせておくのもなぁって」
それは、リヤードにではなく、イリアの目を見てゆっくり話していた。
「ウー?」
「あっ、ほら!! 頬をいきなり叩かれるぞ!!」
「んー? 誰か気になるのかな? 僕は、リヤードお兄ちゃんの……友達のゾンだよ。よろしくね? イリアちゃん」
頬に置かれた手を上からそっと手をかぶせ、少し照れ臭く挨拶をする。
「とっ……おぉ」
リヤードは、友達と紹介され、先ほどまで荒げていた声を落とす。それを真似るように、イリアも落ち着いた声色になる。
「アウ~」
「うん。びっくりさせちゃったね。イリアちゃん、これは君が作ったのかな?」
「アウ~」
首を頷くように動かし、そうですと嬉しそうな顔をする。
「この時計はお父さんのかな?」
「ウゥ~」
今度はそっと腕を隠し、まるで悪いことをしたと自覚しているようにしゅんとする。
「大丈夫だよ。すごいかっこいいね。お父さんに返してあげたら、きっと許してくれるよ」
「ウゥ?」
「うん。本当。お父さんはどこにいるのかな?」
「アウ~~」
出てきた部屋とは別のドアを指差す。




