10.寝かしつけの天才
「父さん?」
さすがにゾンが入るわけにはいかないからと、イリアはそのまま抱っこして預かり、リヤードが部屋へと入る。
「…………」
「父さん??」
先ほどよりも大きな声で、身体に触れてみてもびくとも反応しない。
「姉さんだな」
ここまで父親が起きないことはない。イリアの面倒は、子守りロボットや見守りカメラが優れた技術力をもって体温、呼吸数、心拍、オムツの交換にミルク、絵本の読み聞かせを行っている。
だが、泣きぐずりだけは別だ。なぜか父さんが母さんが抱かなければ、寝てくれないのだ。
それでも、こんなに寝入るなど不自然だ。
「催眠ガス? スプレー? 眠り薬か?」
それにしても、なぜ赤ん坊のイリアは起きていたのか。
「はぁ」
ため息が出る。イリアのお昼寝用ブランケットをそっとかけ、ゾン達の元へ戻る。
「あれ、1人?」
イリアは背中トントンとされ、気持ちよさそうに目を閉じていた。
「あぁ。やっぱり姉さんはここに来たんだ。それで、父さんは完全に寝てしまっている」
「それって、お姉さんも天才で、何かしたってこと?」
「何かはしたんだろうけど、姉さんは違う」
「違う?」
「姉さんは、科学も発明も大嫌いだから」
「じゃあどうやって?」
「そういえば、まだゾンに俺の家族のこと、ちゃんと話してなかったよな。探してもらっているのに、俺、肝心な姉さんについても、母さんのことも何もいってなかったな。ごめん」
「いや、それは仕方ないっていうか」
だって、僕たちは今日、いや、日付が変わっているから昨日会ったばかりなんだから。
下手をすれば、ゲーム仲間の父親の方がリヤードのことを知っているかもしれない。なにせ、息子を預かって欲しいと話す仲なんだから。
「父さんは世界一の発明家って話はしたよな」
「うん」
この家の見たこともないシステム、ロボット達はおそらく父親の発想なのだろうとは思っていた。
「母さんはその発明品を実際につくる為に、世界中を飛び回って部品を集めているんだ」
「部品?」
「実際に自分の目で見て最高なモノをがポリシーらしいな。あとは、それを商品化するかの交渉とか、最新科学会の参加とか、とにかくずっと外に出ている」
「すごいね」
嫉妬とかはなく、世界の違う両親の話に、純粋にすごいと思っていた。リヤード自身も空間認識の力や機械には強いと思う。信じられないが、今寝かしつけで眠りに落ちた赤ん坊ですら、天才性を早くも見せている。
僕がここにいて良いんだろうか。
世界の違う家族だと分かるほど、申し訳なさがたつ。
「姉さんは、いわゆる普通なんだ」
「最初は、母さんですら仕事を休んで手取り足取り、サポートしていたっぽいんだよ。自分たちの子が何をやらせても凡人、それどころか、平均より遅れているなんて教育ロボのエラーだって」
リヤードは、本当に寝ているのか確認する為、すっかり熟睡する妹の頬をつんっとつついた。
「だけどな、何年も休んで、あらゆる知識、技術を費やしてもその診断は変わらなかった」
全く反応せず、気持ちよさそうに寝息を立てるイリア。驚くことに、リヤードは手を前に出し、抱っこを代わろうとする。
起こさないようそっと手渡しをし、リヤードはゾンの動きを真似するように、軽く揺すりながらイリアの寝室へ連れていく。そこには、シャンデリアから優しい子守り歌のメロディが流れ、部屋の中は怪我しないようふかふかの床、色とりどりのおもちゃとともに、ロボットがいた。
「俺も、これに世話になった。型は古いけどな。でも、姉さんと違って、なぜか俺とイリアは才能があったんだ」
それは、いわゆる天才性のことを指すのだろう。
「まぁ、イリアはその中でも別格だけどな」
うーーん、自分以外の兄弟が天才で、凡人ってことは、かなり辛いんじゃ。それに加えて、家の外に出るのが禁止だなんて。
「辛いだろうな」
「え?」
思わず思っていたことが言葉に出ていた。
「あっ、ごめん」
かわいそうに。
ゾンが言われて嫌だった言葉だ。
働いてなくても、家のことなんて一切しないけど、急にいなくなるような父親だけど、人から言われる程みじめな気持ちになるものはない。
なのに、僕はなんてことを言ってしまったんだ。
「どうして謝るんだ?」
「え?」
「俺もきついとは思うぞ? 赤ん坊のイリアがセキュリティを解除した時なんて、俺だってめちゃくちゃ悔しかったからな。まだ喋れないくせにだぜ? 馬鹿にされているって思っていたけど、でも、さっきゾンが抱きかかえただろう? なんか、赤ん坊に腹立てるのも違うなって思ったぜ」
「う、うん」
「ありがとうな」
まさかお礼まで言われるなんて。リヤードが大人に見える。




