21.お願い
ansiに軽食を運んでもらい、夜を迎えた頃、予想通りお父さんから返事が来た。
「ansi、リヤードのお父さん達に会わせてくれない?」
その返事は意外にも早く了承される。おそらく、このゲームでのやりとりはリヤードの父にも筒抜けなのだろう。
案内された部屋は、昼間と同じ、食事の席だった。
「お忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます」
そこには、リヤードの父、そして目の下にはクマを作り、化粧でカバーしつつも隠しきれない疲れをただよわせる母がいた。
「だぁーう」
その腕にはイリアが抱かれている。なぜかイリアにもクマがあった。
「いいんだ。こちらも頼みがあったところだ。まずは座って話そう」
昼間は気づかなかったが、父親の方も少しやつれているようだった。
「はい」
腕をめいっぱい広げ、嬉しそうに声を上げるイリアに軽く手を振る。
イリアを座らせていないからか、いつものように食席が上がることはなく、いわゆる普通の椅子に腰かける。
「まずは、君の話から聞かせてくれるか」
「あの、父から返事がありました」
「あぁ、私も読ませてもらった。悪いが、新しいセキュリティの設定上、外部とのメッセージのやりとりは私に転送されるようになっていてね」
「はい。それは分かっています。その上で、リヤード君のアカウントを使わせてもらっていますから」
「そうか。すまない。それで君の答えは出たのかな?」
「はい」
僕は悩むまでもなく決めたことを伝える。
「僕は父と暮らします」
「……そうか。良ければ理由を聞いても?」
父親から帰ってきたメッセージは、あまりにもシンプルなものだった。
"もうしばらく、そこで世話になっていろ"
学年が上がるに連れ、ゲームへの課金は増え、ゾン自身でまかなう生活費は増えていた。そんな父親が、明らかに身なりのいい男性が責任をもって世話をしていると挨拶にわざわざ出向き、息子自身からも元気という旨の連絡が来れば、お金持ちの家に居候する方が得策だと考えるはずだ。
「僕はもう半年経たずに卒業します。その後は今より安定した仕事をしながらでの進学、もしくは住み込みの弟子入りで技術を学ぶことが出来ます」
ゾンの住む村では、12歳以降は親の仕事を継ぎながら進学する子どもも少なくない。その中で、子どものいない働き手を必要とする家も存在する。
「今更、新しい保護者は必要ありません」
あの返信を見たのだから、僕の親に保護者としての責任感などないと嫌でも伝わっただろう。更に、僕自身が新しい保護者を必要としていない以上、世界のカナモリ家といえど、介入することは出来ない。
「それで、お願いがあります。自力で帰る
送金すらしぶり、迎えに来る見通しが立たない以上、いつまでもこちらで待つわけにもいきません。最後までご迷惑をかけますが、父のもとまで送っていただけないでしょうか? さすがの父でも、来てしまった息子を追い返すことはないでしょうから」
おこがましい願いではあるが、彼らにとって、ゾンはリヤードに悪影響を与えかねない。保護者のもとへ送り届ければ、彼らの責任も果たされたことになるはずだ。
「そうか。その意向は分かった。だが、こちらからも一つ提案がある」
「はい」
そう言うと、母親が席を立ち、イリアをスッと前に差し出す。
「あーーうっ」
「抱っこ?」
嬉しそうに手を伸ばすイリアに、反射的に話しかけてしまう。
「お願い出来るかしら?」
「あっ、はい。じゃあ」
「きゃうぅ!!」
抱っこされた瞬間、イリアの笑顔は最高潮になる。
「やっと……」
「え?」
イリアを手渡した瞬間、母親はふらつきながらテーブルにしがみつく。
「あの、大丈夫ですか?」
「機嫌がいいみたいね」
母親は手で腰を支え、父親もその様子にしなぜか安堵している様子だ。
「あの?」
「この1週間、育児ロボットを5回強制停止。18台のロボットアイの回線バグによるエラー作動。見守り機能不可続きで何をするか分からない上に、ずっと機嫌が悪い。妻と交代で抱っこし続けないと、泣き続けるときた」
父親は眉間のシワをほぐす。
「この子は見た目は赤子だが、頭脳は我々でも把握出来ないレベルだ。だが困ったことに、全てが卓越しているわけでもない。危険な部品を飲み込もうともするし、世話だってまだ必要だ」
「仕事も、ようやく話がまとまりそうな契約会議にも参加出来てないわ」
「ああう~」
深刻な両親とは対照的に、ゾンに抱っこされ、愛嬌いっぱいの様子だ。
しかし、少しすると、また悲しげな顔に戻る。
「ううっ」
「もうお昼寝もミルクも散歩だってしたのに、一体どうして……」
「お気に入りのいないいないばぁだって109回はしたのよ」
うろたえる両親。
「はぁ。提案というよりは、頼みに近い。君はずいぶんとイリアの扱いがうまい。誰にも懐かなかったというのに、わずかな時間で気に入られているだろう」
「あうう~」
背中をトントンとしても、どこか不満がある様子のため、そこまでではないとも思うが、彼らの反応から、それだけでもマシなのかもしれない。
「ありがとうございます」
「あなたの提案は承諾するわ。だから、この子を説得して欲しいのよ。今までどおり、日中だけでも子守りロボットを壊さないで欲しいって」
「せめて、眠る時間だけでいいんだ。ゆりかごで納得して欲しい」
「あの……」
あまりにも必死な様子に、ゾンは密かに考えていた作戦に迷いが出てしまう。
「リヤード君がいいのではないかと」
「えっ?」
「たぶん、お兄ちゃんに会いたいんだと思います」
「あぁい!!」




