22.お別れ
「きゃあああああっ!!」
イリアのテンションは最高潮になる。
「まさか、リヤードの方に懐いているとは」
「あなた達、前までそんな仲良しだったかしら」
「最近だよ」
リヤードに抱っこされ、ご満悦な表情のイリアに、ゾンは目線を合わせるため少しかがむ。
「ねっ、イリア。君のお父さんもお母さんも、もう少し休憩が必要なんだ。だからもう、お友達を壊しちゃダメだよ?」
「おおうあい?」
「そう、おともだち。ロボットは、イリアのお友達だから、仲良くしよう」
「そうだぞ。さすがにロボットアイを全部感電させるのはやめよう、な?」
「あうー」
「これは分かったってことだな?」
頷き返事をする妹に、リヤードは笑いながらゾンを見る。
「うん。返事してた」
2人が笑い合う様子に、両親は複雑そうな表情をする。
「父さん、母さん。ゾンに会わせてくれてありがとう」
リヤードは、今までの態度に比べると、かなり落ち着いた口調になっていた。
「ゾン、プログラムをちゃんと受けているようね。母さんも嬉しいわ」
「うーーん。実は、ごめん」
プログラムの効果かと満足する母親にイリアを渡すと、リヤードは耳から小さな耳栓を、目からコンタクトを外す。
「それは?」
父親の問いに、リヤードは冷静に答える。
「プログラムの音声と映像を選択的に遮る耳栓とコンタクト。このボタンでダウンロードしておいた動画も観れる特典つき。ゾンと別れて受けたものはこれで乗り切っていた」
「なんですって」
母親は、イリアを抱っこしている手前、怒りを抑えているが、声色は一段と低くなっている。
「ズルをしていたのか?」
「そうです。ごめんなさい」
素直に認める我が子に、父親は判断を迷っているようだった。
ゾンはそんなものをリヤードが作っていたことに密かに驚いてるが、今は平静を保っているフリをする。
「プログラムを受けずに態度が変わったのはなぜだ? 前回からイリアに対する態度もそうだが、こんなに落ち着いた話し合いが出来るのは初めてだろう?」
「ゾンのおかげだ」
「そうか」
「父さん達が会うなって言っても、俺は何年かかっても会うつもりだ」
「リヤード、僕はお父さんのところへ帰るつもりだ」
「そうか、良かったな。そうだ、ansiのメッセージ聞いた。ありがとう。でも大丈夫だ。俺はこのとおり、ansiの世話なくても元気だ」
「うん」
それは、リヤードはここに残る。という返事だった。
「お別れだな」
「うん」
「待ちなさい」
しんみりとした空気の中、リヤードの父が声をかける。
「まだ、夏休みまでの残りの期間は、君のお父さんの言うとおりここにいた方がいいだろう。リヤード、プログラムを受けるつもりがないのなら、ゾン君と過ごしなさい」
「あなた」
「アリサとは違う方法が必要だ」
「でも」
「リヤードには、同世代の交流が必要なのかもしれん」
母親は、少し考えたあと、ため息をついた。
「いいわ。今のあなたの影響が、お友達からの刺激だと分析のデータも無視できないもの。悪い影響結果も懸念はあるけど。いつまでもあなた達は子どもじゃないのよね」
寂しそうにつぶやき、いつのまにか眠るイリアを見る。そのまま部屋へと寝かせに行った後は、リヤードと、その父、ゾンとの3人になる。
「不快にさせたなら謝ろう。だが、2人とも、無茶はしないよう過ごしなさい」
「分かった」
「はい、ありがとうございます」
2人で目を合わせる。
『おかえりなさいませ。リヤード様。ゾン様』
戻ると、ansiが出迎える。
「ははっ、久しぶりだな!!」
『血糖値が低いですが、お腹が空いている可能性が見受けられます。お食事の用意をされますか?』
「実はずっとろくに食べてなかったんだ。まだ早いけど、頼めるか?」
『かしこまりました』
そう言うと、ansiは予定とは違う食事の準備にと向かっていった。
「食べてないの?」
「なんかさ、1人で食べると美味しくないんだよな」
「そういえば、enとはどうだったの?」
「あーー。まぁ……聞きたいか?」
「ううん。いい」
ゾンとは違って、教育プログラムは過酷なままだったかもしれない。
「それより、俺ずっと考えてたんだよな。ゾンと遊びたいこと」
「うん、僕も」
僕は本当は、一緒にここを出てリヤードと暮らすことを夢見ていた。
なんて言えるわけがない。
「まずはロボット作りだろ。enに、対抗できるやつが必要だからな。そしたら川でもいいな。入ったことないからな。あとは、あぁ、イリアの相手もした方がいいかもな」
「うん。やろう」
その時、聞き覚えのある警報音が盛大に鳴り響く。
「嘘だろう」
「お姉さん?」
「しかいないだろ。でも、どうやって」
リヤード達がここを出た経路は、詳細な聞き取りのあと、全て封じられていた。もう同じ経路は使えない。
「屋上……」
「え?」
「たぶん、屋上に行ったんだと思う」
「それは、確かに前回と同じ地下は使う可能性は低いだろうけど、他にも可能性はあるはずだし」
「僕なら屋上を選ぶかなって思ったんだ」
あの時、リヤードが一緒にここを出ると決意していたら。その時の逃走ルートがすぐに浮かんだ。
「んーー。でも、俺たちはこれ以上関わらなくていいんじゃないか」
リヤードは悩んだように足を止める。
「だって、ゾンと過ごせる期間、余計なことをしたら、今度こそもう会えなくなるかもしれないだろう」
「うん」
「それに、どうせうまくいかないって」
「リヤード、お姉さん。前回言ってたよね? もうひと月もすれば18才だって」
「あ……」
「もし、お姉さんがここから本当に出れたとしたら、もう2度と会えないかもしれないんだ」
成人した大人が、自分の意思で家を出れば、警察は動かない。両親だって、世間体を考えれば動きにくくなる。
「僕のことは、絶対に会いに来てくれるんだろう?」
「……うん」
「行こうっ」
いるかは分からない。だけど、お姉さんがリヤード達の言う凡人なら、僕と同じことを考えるんじゃないか。
自動でロックがかかっていても、ゾン達にはまだ知られていない抜け道が残っていた。
「この建物の屋上なら、なんとかいけるかもしれないな」
ゾンの使っていた部屋には、クローゼットに穴が空いたままだった。
「とりあえず、行けるところまで行ってみよう」
真っ暗な空間だが、間取りの位置ならリヤードは頭に入っている。太めの鉄材を頼りに奥まで進むと、リヤードがふいに止まる。
「どうしたの?」
「おかしいんだよな」
「おかしいって?」
「このあたりはもう何もないはずなのに、まだ空間があるんだ」
「そうなの?」
「あぁ、ここにエレベーターの通り道の空間があるだろう。それなのに、その横にまだスペースがあるんだ。あっ、ほら、ここにあとからふさいだあとがある。ってことは、これを外せば……」
リヤードは暗闇の中、手もとに集中しネジを外していく。
ガチャン。ドアのような入り口が開くとともに、非常灯が足元を照らすように点灯する。
「階段?」
「エレベーターを作るまでの通路だったんじゃない?」
「ってことは」
「屋上まで続いているかもしれない」
果てしなく続く階段を見上げる。足元の非常灯はほのかな明るさのため、まるで暗闇に吸い込まれていくようだ。
「この建物の高さってどれくらい……」
「正確さは分からないけど、推定でもこの位置から登っても、50階分はあるだろうな」
「よしっ」
迷っている時間はない。階段に足をかける。
「あっ、ゾン。俺も行く」
走るように昇っていくも、聞こえるのは2人分の足音に、空気孔から漏れる不気味な風音だけだ。
「まっ、待ってくれ」
「大丈夫?」
リヤードにしては、かなり頑張ったはずだ。足が動かないほど筋肉が痙攣し、呼吸の仕方すらおかしくなりそうな程息を切らしている。
「もっ、もう」
「僕の背中につかまって」
「なっにを、言って、いるんだよ……」
ゾンとリヤードでは体格はほとんど同じくらいだ。かつぐなんて無理がある。
「大丈夫。僕のカリキュラムって、ずっと筋トレとランニングだったんだ。それに、毎日山をこえて学校に行ってたから、このくらいならいけると思う」
「山をっ?」
本当はバス代節約のためとは言えない。
「うん……健康と環境のためにね」
しぶしぶ背中に乗るリヤードをおぶり、一気に階段をかけあがる。
「ゾン、俺にペース合わせてただろう?」
「えっ。いや、リヤードが行くのが目的だし」
「……俺も筋トレのカリキュラム、組んでもらう」
「え、うん?」
思ったよりもリヤードが自力で登ってくれたおかげで、全速力のまま屋上まで登ることが出来た。
バァンッ!!
中からは簡単に開けられるよう閉められており、勢いよくドアが開く。
そこには、ヘリコプターに乗ろうとしているお姉さんがいた。
「姉さん!!」
「リヤード? どうしたのよ?」
弟がおんぶされた状態で追いかけてくるとは思っていなかったのか、驚いているようだった。
「どうして。いや、どうやって!!?」
「……私はこの家にいたくないのよ。何度も出ていこうしたんだから、どうしても何もないでしょう」
「それは、そうだけど」
「あなたもいく?」
「えっ?」
「ここに来てくれた人は、この前追い出したプロデューサーの人に渡していた手紙で手引きした人たちよ。私の霊媒師としての能力を買ってくれている本命よ」
「手紙?」
「お父様もお母様も、あなたも。手紙なんて、知らないわね」
「手紙って、あれだろ!! なんか紙を使う昔の……」
「現代でも使われているわよ。普通にね。ねぇ、ゾン君」
名前を覚えられていたことにどキリとする。
僕を認識していたのか。
「そうですね」
「おっ、おぉ」
「いくらネットワークや機器のセキュリティチェックを強くしたところで、手紙の存在を認識していないんだから、簡単だったわ。前の人たちは囮よ。一時は本当に大番組だったらしいけど、もうあんなの、お年寄りしか観ない昔の栄光にすがっているだけ」
確かに、祖母の家でしか観た記憶がないことを思い出す。
「でも、カナモリ家の暴露ドキュメントにすぐに飛びついてくれたおかげで、率先して手紙の間役を引き受けてくれたから、こうして本命の手引きに正確なヘリコプターを手配してもらえたってわけよ」
「ヘリコプターって。空ならロボットアイが……」
「イリアがほとんどダメにしたでしょう?」
姉の言葉に、リヤードは固まる。
「それに、お父様もお母様も、何日も寝不足でしょうから、この程度の音じゃ起きれないわ」
「イリアに何か仕掛けていたの?」
「私が? いいえ。ただ、あの子にそういう時期が来るって分かっていただけよ」
「どうして」
「だから言ってるじゃない」
お姉さんは悲しそうな表情をする。
「私、霊媒師だって」
そのまま去ろうとする姉に、リヤードは理解が出来ないと固まったままだ。
「リヤード!!」
ハッとしたように、リヤードは叫ぶ。
「姉さん!! 俺は行かない。イリアがいるからな。それに、俺も18になったら絶対に外に出るから。そしたら、会おうなっ!!」
「そう。分かったわ」
「あっ、そうだわ。ゾン君」
「はい」
「巻き込んでごめんなさい。あなたが来るって分かった時から、手紙でのやりとりを思いついたの。潜水艦に乗る時、君の荷物も利用させてもらっていたのよ」
気づかなかった。確かに、長旅なのと、貴重品なんてほとんどないリュックのことは、警戒なんてしていなかった。
「それと、君が頼んだからだって」
「え?」
「お父さんがずっと家にいるの。最初は、小さい頃のあなたが、働きに行くたびに泣くから、なるべく家にいようとしたらしいわ。でも、段々とそれが自分の為になってしまったって。だから、あなたは自分の道を進んで欲しいって」
「どうして、そんなことを?」
「あなたのお母様が、あなたを見守っているわよ」
そのまま、ヘリコプターへ乗り込むと、飛んでいってしまった。
「ゾン」
「何?」
「俺、姉さんをもっと信じるべきだったか?」
「うーーん、分からない」
天才と呼ばれる両親、兄弟を持つ孤独な立場で、理解が得られない彼女の気持ちは想像できない。
「今度会ったら、もっと話してみようかな」
「うん」
「あとさ」
「何?」
「どうやって降りる?」
「えっ、階段で降りようと思っているけど」
エレベーターを使えばおそらくその利用履歴でバレてしまうだろう。
「……このままか?」
「歩ける?」
「無理そうだ」
「じゃあ、行こう」
「お願いします」
ご両親が来る前に、2人のいるべき場所へ戻る。
最後までお読みいただきありがとうございます。良ければ評価宜しくお願いします。




