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20/22

20.父親

『お湯に浸かりすぎによる体温上昇が見られます。どうぞ、お水を100mlほどゆっくりお飲みください』


 静止する間もなく、あっという間にそれぞれの部屋に連れていかれ、監視のような看病を受ける。


 あのタイミングでの警告。もしかして、盗聴が始まっている? 明日には会えるだろうから、今日はこのまま大人しく寝よう。


 ゾンは、急激に襲ってくる睡魔に、今日あったことを考えるのをやめ、ゆっくりと眠りについた。












『おはようございます、ゾン様。本日よりansiより個別課題が届いております』


 朝食時、目が覚めるとそこはいつもの場所ではなく、見慣れない新しい部屋になっていた。食事も部屋のテーブル席に用意されている。


 部屋が変わっている? あの部屋のテーブルは、リヤードが爆破に使ったままで、壊れた状態のはず。それもバレた?


 胸のざわつきが止まらないでいる。


 『お食事の用意が出来ております』


 その内容はあいかわらず食欲をそそるような美味しいメニューに変わりはないが、久しぶりに食べる1人の食事は、おかわりする気分にはなれない。


「個別課題? リヤードは?」


『本日は、基礎体力向上のため、筋肉トレーニング、ランニングマシンによる有酸素運動、午後は水泳のご指示を承っております』


 リヤードに対しての返事がない。ということは、やっぱり意図的に離されている?





 それから、どのくらいの日が経つのか、ただの基礎体力訓練が淡々と続く日々だ。朝起きてから、眠りに落ちるまで、ansi以外の誰にも会えない。



 部屋が変わり、どこにいるのかも分からない。移動にはansiが常についており、そもそもエレベーターの操作は指の動きに合わせたパネル式の為、通常の扱いとは全くの別物だ。


 何度見ても、指の動きが変わっている。何かしらの法則性があるのだろうが、ほとんどansiの身体に隠れてしまい、それすら予想出来ない。



「リヤードには会えないの?」


「申し訳ございません。リヤード様も個別でプログラム課題に取り組まれておられる最中です」


 もう会えない?


 僕が余計なことを言わなければ。


 後悔が押し寄せる。







『ゾン様、ご主人様からお話があります』


 いつものように、ランニングを終え、お昼にとサプリを渡されながら、ansiから突然告げられる。


「うん。分かった」


 ずっとこのタイミングを待っていた。僕とリヤードが引き離されている今、僕がここにいる理由は、保護者としての責任からだろう。そして、おそらく呼び出されたということは……


「久しぶりだね。どうだい? 不自由はないかな」


「おかげさまで、とても良くして頂きありがとうございます」


 サプリも含め、3食寝床付きなど、今までの生活とは比べ物にならないくらい良い生活を送っている。お礼の言葉だけでは足りないくらい、心から感謝している。



「やはり、君は礼儀正しいな。それに、実に賢い。リヤードも、息子ながら良く出来た子だが、君はまた違う賢さか。よく気づく」


 それは、お風呂場でのやりとりのことなのか、それとも以前の部屋のクローゼットの爆破に気づき、2人でゲーム部屋に入ったことをさすのだろうか。後者なら、やはり謝っておくべきだろう。お世話になる人の家を爆破するなど、ありえない。


「あの……」


「君のお父さんと連絡が取れたよ」


「え」


 こんなに早く? 思わず言葉を飲み込む。まだここに来て2週間と少しいったところだ。連絡だけとはいえ、いつものパターンなら、かなり早い方だ。


「正確には、こちらでログインがあったGPS情報を探知して直接会いに言ったと言うべきだが」


「あぁ。なるほど」


 お父さんからではないのか。


 納得だ。


「それで、君の預かり先として挨拶と今後の話し合いをしてきた」


「はい」


「君のことは夏休みの間預けるつもりだと言っている」


「…………」



 祖母が生きている時も、僕の長期休みをと一応意識している様子はあった。


 まぁ始業式に間に合わないことも多かったけど。


「我々としても、そこは安心している」


 それは、リヤードと引き離せるからですか?


 そう聞きたいが、それを言う立場ではないことも理解している。


「はい」


「どうだろう? 君はいつ迎えに来て欲しいか希望はあるか?」


「はい?」


 予想外の提案に、思わず聞き返してしまった。


「僕の希望、ですか?」


「当然だ。君は賢くてもまだ子どもだ。本来は君の保護者のもとにいる権利がある。逆に、君が帰りたくないのなら、別の保護者を探す協力もしよう」


「別の保護者……」


「調査の過程で、君には別の保護者が必要だとする見解もある。君が望むのなら、手をかそう」


「そうですか」


 別の保護者が必要。


 それはまともに働いていないからなのか? でも、一年分の最低限の生活費はあの父親なりに稼いではきている。だけど学費までは足りなくて、僕自身が稼いでいるのも事実。


 家事をろくにしないから? お父さんが教えてくれたから、ひと通り出来るようになっていた。だけど僕1人でするのは躾なのだろうか。


 怒鳴られたことも、殴られたこともない。だけど遊んでもらえた記憶もない。


 ぐるぐると考えがまとまらないでいた。




「あの、お父さ……父とやり取りさせてもりえませんか?」


「君がか?」


「はい。電話を持たない父ですが、必ず毎日ゲームにはログインするはずです。ログインボーナスがありますから」


「それは、勧められない。私が君の意向を父親に伝える」


「僕に保護者を選ぶ権利があるのなら、話をさせて下さい」


「…………分かった。では、君のゲーム機を用意させるから、明日にでも」


「いえ、リヤード君のゲーム機を貸していただけますか? 僕はゲームに慣れていません。一からの設定では、時間がかかりますし、父のことですから、始めたばかりのレベルの弱いプレーヤーは、僕だと確認する間もなく、相手にもしないでしょうから」


「時間がかかってもこちらは構わない。必要なら、直接話し合いが出来るよう、君を父親のもとへ連れていこう」


「夏休みはあと少しで終わります。それに、実の父親を前に、他の家族と暮らすことも考えているとは言えません」


「……分かった。リヤードのアカウントを使うといい」


「ありがとうございます」



 意外だった。てっきり、すぐにでも迎えに来るよう話をつけるのかと思っていた。我が子を檻の中でコントロールしようとするが、責任のあるリヤードの父。自由は与えるが、無責任なゾンの父。何が正しいのか、どちらが正解なのか、足元が揺れるような感覚だ。



 それでも、リヤードにもう一度会いたいという思いは強くなる。


「あの」


「どうした?」


「……リヤード君は元気ですか?」


「あぁ、もちろんだ。彼もプログラムを順調に進めている」


「そうですか」


 父親はこれ以上の話は終わりだと告げるように、ansiを呼ぶ。


『リヤード様、ゲーム部屋までご案内致します』


「失礼します」


 



 久しぶりに見るリヤードの階はほんの1週間しかいなかったというのに、なぜか懐かしい気分になる。


「あのさ」


『はい、なんでしょう』


「僕の使っていた部屋ってどうなっているの?」


『現在は、リヤード様のご意向により、そのままにしております』


「そのまま?」


『お友達がいたと思う方が頑張れるというモチベーションにつながるという訴えにより、ゾン様がご退出されてからも、一切の清掃および出入りを禁止されている状態です』


「……そう」


 清掃作業が入れば、クローゼットの中の穴も見つかる。それを阻止するためとはいえ、胸がチクリと痛む。


 そういえば、ここはリヤードの階だ。今はプログラムで不在でも、いずれは戻ってくるかもしれない。


「リヤードには、enがついているんだよね?」


『はい。ご主人様と奥様より、お2人の世話をそれぞれで承っております』


「会えない?」


『そのような申し出への対応は承っておりません。お部屋へとご案内致します』


「伝言は?」


『お伺い致しましょう』


 良かった。全ての関わりを遮断する指示は出ていないんだな。


 リヤードの父さんは、僕には保護者を選ぶ権利があると言ってくれた。なら、リヤードは?


 どうしても、リヤードにも確認したいことがあった。


「僕はお父さんと連絡を取って、家に帰ることになったから、もうここにお世話になる期間も少ないと思う。もしansiが必要なら、呼んでね。僕に世話役はもういらないから」


『かしこまりました。伝言を保存致します。enへ転送、完了致しました』


「ありがとう」


 "ansiを呼んで"


 それは僕たちだけが知る秘密の暗号だ。



 案内されて入ったゲーム部屋は、あの日と変わらず、まるでその空間そのものがゲームの世界の一部のようにすら錯覚させる。


『ログインされております。どうぞ、お父様へメッセージをお送り下さい』


「うん」


 ゲームのキャラは、リヤードが育てたであろうレベルの高いメンバーが揃っている。どれだけプレイしていたか、それだけでも相当な時間を費やしていたことが分かる。


 それを、僕のお父さんが巻き込んだばかりに自由に出来なくなっちゃったんだな。


 申し訳ない気持ちになりながらも、メッセージ画面を探す。


「あっ…………」


 お父さんと思われるキャラを探そうとしたが、すぐに分かった。


「実名」


 まさか、そのまんまとは。自分の親ながら、心配になる。


「ええと、やり取りは、ここからか」


 そこには今までのやり取りが残っており、見るつもりはなかったが、視界に入り込んでしまう。


 そこには、ゾンを預けるまでの経緯が残っていた。


「本当に、犬だって思う文面だな」


 意図的に、そう思わせるようなやりとり。想像はしていたが、自分の父親に犬扱いされた気分にすらなる。


「……ふぅ」


 "お父さん、ゾンです。カナモリ家でお世話になっています。これ以上迷惑はかけられないので、家へ戻ります。迎えはいらないので、チケットと、お父さんが戻るまでの生活費を用意してください"


 これでいい。


 迎えに来る必要はない。それでも、この人は一応今は僕の保護者だ。ここを出る為にはまだ必要だ。


 オンラインの状態にはなっていない為、すぐの返信は見込めない。


『返事が来るまでこちらでお待ちになりますか? それとも、お食事を用意致しましょうか?』


「えっ、ここにいてもいいの?」


『では、こちらにお飲み物をお持ちします』


 リヤードの父親が、この部屋を使わせたくなかったのは、てっきりリヤードに会わせない為かと思ったが、ansiの対応を見る限り、鉢合わせする可能性はなさそうだ。


 もしかして、このメッセージを見せないようにしてくれていた?


 父親として、不適切なメッセージ。だがこのおかげで、ゾンは不安定になっていた父親の存在に、一つの決断が出来た。


 お父さん、あなたはきっとまた嘘をつくから。それを利用させてもらう。


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