19.ライオンの子
「大丈夫?」
思わず倒れ込んだenを心配する。だが、ゆっくりと起き上がったenは、その質問には答えず、ゾンの全身の目を集中させる。
『頭部への衝撃95%カット。骨、および皮膚への異常なし。リヤード君、私が倒れた為、今課題は終了となります。離れて頂けますか?』
「えっ? あ、そうか」
夢中でしがみついていたためか、大きな音に驚きつつも、リヤードはその手を離すことを忘れ、あいかわらずenの足にしがみついたままだ。慌てて離れると、ゾンの隣へと行く。だが、その顔はどこかまだ現実味をおびていないようだ。
「勝った?」
『そうですね。倒れた、をどう解釈するかによりますが、足は地面にありながらも、私のボディの65%が地面についた為、倒れたと判断しました』
「そうか」
その返事に、ようやく自分達がenを倒したと実感し、リヤードは興奮したようにゾンの肩をたたく。
「すごいぜ!! たった1日で2つ目の課題クリアだぜ!!」
「うん。やったね」
本当は、2人の重みで倒すつもりだった。だが、足があそこまで柔軟に動くのでは、あのまま重みをかけても、enはバランスを崩す可能性は低かった。
僕が落ちたから、倒れて助けた。
これが勝ちになるのかは分からないが、プログラムの本来の目的を回避出来たのなら、良かったと思う。
その夜は、気絶することもなく、ansiに全身のスキャン、念の為の医療キッドによる問診が行われ、自由時間が持てた。
「なぁ、ゾン」
「何?」
「一緒に風呂に入ろないか?」
「え? お風呂に? どうしようかなぁ」
部屋にはシャワー室がついている。それすら、自宅のお風呂場に相当する広さだった為、特に不便は感じていない。そもそも、誰かとお風呂になど入ったこともないため、さすがにこの誘いは迷ってしまった。
「すごいんだって!! この階の風呂場じゃなくて、父さんが趣味で作った専用の風呂場があるんだ!!」
「それは、凄いかも」
「だろう? なんと屋上にあって、外の景色も見れる風呂もあるんだぜ!!」
「…………」
「行くだろう?」
自信満々な顔に、興味が出たと否定することも出来ない。
「行く」
ドアが開くと、そこには広い脱衣スペースがあるだけだった。
建物の中だというのに、木の香りが鼻いっぱいに広がり、まるで大自然の中にいる気分になる。そこから扉を開ければ、滝があった。
屋上、だよね?
だが、見た目は滝そのものにしか見えない。そしてそこから広がる大きな浴槽は、人が作ったものには見えないほど自然な岩風呂だった。
「あぁ~~、やっぱりいいよなぁ。いつもはすぐにゲームするから、ゆっくり入ろうなんて思わなかったけど」
「うん。それに、すごい景色だ」
2人で浸かって見るその景色は、本物の外が見えた。森林が広がり、その先には海が広がっていた。
島?
まるで、巨大な島がまるごとカナモリ家の家だと思わせるその見晴らしに、声も出ない。
この建物の窓は人工映像が流れ、それは自由に設定できる。昼でもきれいな満天の星空、まるで外に恐竜がいるかのようなリアルな映像が、自分好みにいつでも変更できるのだ。
「今日さ」
それでも、久しぶりの本物の空につい感動し、ぼんやりとしてしまっていたところ、リヤードの声で我に返った。
「あっ、何?」
「俺たち、父さんが作ったロボットに勝てたんだよな」
それは、達成感に浸る感動とした表情を見せていた。
「うん。そうだよ」
「ははっ。凄いな!!」
「うん。凄い」
「……ありがとう」
「なんだよ。2人で倒したんだから、お互い様だって」
「そうだな。でもさ、何か考えがあったんだろう?」
まさか、リヤードがそう思うとは思わなかった。思わず、見透かされたようでどきりとする。
「え?」
「なんていうかさ。ゾンが必死で倒そうとしていたから」
「それは……」
「下手したら怪我をしていたんだ。あそこまで君から無茶をするのは、今思うと変だと思う」
「…………」
「何か、理由があったんだろう?」
本当は、今日の勝利への喜びをもっと2人で祝おうと、ここへ誘ってみた。だが、小さな違和感がどうしても気になり、聞かずにはいられなくなっていた。
ゾンもまた、迷っていた考えを、このまま黙っておきたくないと、腹を決める。
「うん。サーナスって知ってる?」
「サーカス? あぁ。見たことはないけど、もちろん知っている」
「僕の村にも、サーカスの一行が来て、休息をとる期間猛獣達の世話の手伝いをしていたことがあるんだ」
「?」
「そこには、ライオンもいて、明らかに人間より強いのに、小さな檻で大人しくしているんだ。僕はそれが不思議だった」
「餌がもらえるからだろ?」
「うーーん、それもあるだろうけど。僕なら走り回りたいかなぁって思って」
「ゾンがライオンならってか?」
「うん。でも、そのライオンは違った。人間たちが自由に休憩を取って、行きたいところへ行っているのに、1匹でただ眠り続けているだけなんだ」
「何日もか? 病気なのか?」
「ずっとだ。でも、病気じゃない」
「それなら、やっぱりそこにいれば餌がもらえるから居るんだろう。ライオンが逃げたいって本気で思うなら、いつでも逃げられるはずだ」
「僕もそう思っていたんだ。でも、次の年、小さなライオンが仲間に加わっていたんだ」
「へぇ」
「その子は、何度もうなって、何度も逃げようと闘っていたんだけど、大人の世話役が鞭で罰を与えたり、わざと逃げ道のない箱に閉じ込めていたんだ。まるで、逃げることを諦めさせるために」
そこまで話すと、リヤードは黙っていた。
「大人のライオンは逃げないんじゃない。幼い頃に逃げられないと諦めてしまっていたんだ」
ゾンは、言うべきか迷っていた言葉を、覚悟を決めて言おうとした。
「リヤード、君のご両親のこの教育プログラムは、まるで君に…………」
その時、耳を塞ぎたくなるような警告音が鳴る。空には無数の赤ランプを光らせるドローン飛行体が飛び出してくる。
『警告』
『警告』
『警告』
「わっ、なんだよ!?」
「もしかして、今の話に反応したんじゃ」
「えっ? なんだって?」
爆音で鳴る警告音のせいで、お互いの声が打ち消される。
『警告指導が入ります。リヤード君、こちらへ』
『警告指導が入りました。ゾン様、ご案内致します』
enに、ansiがお風呂場へと入ってくる。
「えっ? おい、なんだ!? 父さんの許可なしで入ったのは悪かったって!!」
「え? 許可ってどういう……」
それぞれを持ち上げると、強制的に部屋へと案内されていった。




