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17/22

17.ご飯が美味しい

 あれ、久しぶりの旨みだな。


 教育プログラムが始まってから、家族で囲むといったあの食事は一度もしていない。寝る階とプログラム階との行き来のみの生活だ。


 ansiに起こされ、言われるがままに身だしなみを整える。食事はサプリと栄養ドリンクが中心となり、1日3回の点滴。泥のように眠りこんだらまた朝となる。


 唯一、口から食べられるのは朝食のこの時間だけになっていた。


『本日のメニューはフレッシュ野菜サラダにお手製ドレッシングソースを和え。またサンドイッチには朝の採れたてトマトを分厚くきったハムと、甘味のある卵が使われております。スープは冷やタイプと温かいもの2種類からお選び頂けます』


 それを口にした瞬間、ようやく自分が起きたような感覚になる。


「よぉ、ゾン。ようやく慣れてきたか?」


 サンドイッチを無意識に食べていたのか、右手には記憶にない食べかけを持ったままだ。そして、その向かいの席では、同じようにサンドイッチを頬張り、スープをおかわりするリヤードが座っていた。


「ようやくって……僕は一体今まで何を?」


 初日の余裕など、すぐになくなり、繰り返される毎日でとっくに意識は正常に保てなくなっていた。


「ええと、今日で8日目だな。俺はこれが3度目になるから、まぁなんとか慣れてきた。あの映像は嫌でも目を閉じたら蘇ってくるけどな」


 そういうリヤードは目の下にクマが出来ている。



「そんなに……」


 そんなに、経っていたなんて。


「いや、むしろそうなるんだってもっとちゃんと伝えておくべきだった。前回はもう少し、マシだったんだがな。それにしても、ゾンの様子から見て全く手加減してないな。母さん達、ああ見えて、相当怒っているな」


 リヤードがここから出ようとしない理由に、初めて納得がいった。同時に、お姉さんがこの異常さを外部に訴えようとしたのも、分かった気がした。


「おそらく、今日からはまた違ったメニューになる。ゾンが意識を保てるようになったのがその証拠だ。このプログラムの目的は、絶望だからな」


「その割には、君は元気そうに見えるよ」


「当然だ。このプログラムを過去に2度受けているんだぞ? それに……」


「?」


「今回は、味方がいるんだしな」


 確かに、この唯一自由な時間に、まともな会話が出来るのは心強い。


「僕も同じだ。ところで、別のメニューっていうのは……」


「今までの経験から言うと、実技に入る」


「えっ」


「なんだよ?」


 実技ってことは、少なくとも慣れない映像画面に酔いそうな僕には負担が減りそうだ。


 でも、リヤードは?


「おい。もしかして、俺がへたると思っているのか?」


 少しふてくされたようにすねるが、実際、体力に関してはリヤードが苦手とする場面は少なくない。


「実技って、たとえば?」


「うーーん、そうだな。簡単に言うと、手先の器用さとか」


「おーー、なんか久しぶりに安心感がある気がする」


「あとは、危機回避のための擬似訓練的なやつだな」


「うん。一気にまた1週間の記憶が飛びそうな気がしてきたよ」


「いや、本当に。多分、運転したことが制裁対象なはずだから。こっからのプログラムは、俺もゾンも大丈夫なはずだ」


「うん」


 じゃあ、お姉さんは未だにあのレベルのプログラムが続くってことなんじゃあ。想像するのも恐ろしくなる。


 今は、久しぶりの味わえる食事に集中しよう。








『本日からは、危機回避訓練のための授業となります』


 enの言葉に、リヤードの予想が当たったことに密かな希望を感じる。


『リヤード君』


「何?」


『昨日までのプログラム授業で得た意見を聞かせて下さい』


 リヤードは一瞬驚いていた。つまり、これは今までにはなかったものだったのだろう。


「それは、もう2度とバイクにも、車にも乗りたくない。というか、そもそも外の世界に関わりたくない」


 まばたきすらせずに答えるその意見は、同感だと頷きたくなりつつも、ゾンが感じた意見とは少し違っていた。だが、enは合格だと言わんばかりに、その胴体から体操服を取り出す。


『しっかりとご理解いただいたようですね。では、次の課題へと進む準備をして下さい』


 それを手渡すと、今度はゾンの方へ質問をする。


『では、ゾン君。このプログラムを体験し、君が感じた責任感について教えて下さい』


 まさか、相手によって質問を変えてくるとは。ゾンはenの人工知能の豊かさに恐怖すら感じる。それと同時に好奇心が湧いた。


 僕が答える内容を、どうやって正解だと判断しているんだ。何か単語に反応している? それとも、いくつものパターンがあらかじめ入ってて、それに類似性が高いものを正解としているのか?



「僕は……」


 その時、enのいくつもある目が全身を見ていることに気づく。メインとなる正面の目でさえも、視線を合わせているというより、その奥の、瞳孔を見ている気さえする。


 そうか。ansiは全身スキャンで僕らの体調を把握していた。ということは、こいつも僕の答えそのものより、身体の反応で見極めているんじゃないか?


 当たり障りのないような回答や、その場しのぎの答えは許されない。本心で言っているかが重要なのだと気づく。


「僕は、大事な友達を危険にさらしたことを心から反省している」


 enのカメラの一つが動くと同時に、毎朝ansiから聞くスキャニング音がわずかに聞こえる。


 やっぱり。


 興奮しそうになる気持ちを落ち着かせることに集中する。


 動揺してはダメだ。


 そのまま、嘘偽りなく答える。


「もし、何かが起こってからでは遅い。今の僕に、なんの責任も果たすことは出来ない」


 enは大きく頷くような動きをする。


『宜しいでしょう。2人とも、次の課題へ行きましょう』


 あの言葉は真実だ。あの体験は、責任についても問われるものだったと思う。それ以上に、外の世界を過剰に恐れるような意図を感じる作り方ではあったが。


 いくつになろうと、犯した過ちを元に戻すことは不可能だ。社会でいう責任とはなんだ? 


 enの後ろを歩きながら、ゾンは責任という言葉が重くのしかかっていた。


 じゃあ、親として、僕をネットのやり取りのみで預けたあの父親には、責任はあるのだろうか。



 

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