16.教育プログラム
「大丈夫?」
あらゆる症状を訴えた為か、見たこともない量の薬を飲まされていた。
「うぅっ。こんなもの……これからのことを思えば問題ない、ぜ」
「そう」
どう見ても吐き出しそうなのを抑えているように見えるが、本人が大丈夫と言っている以上、これ以上触れない方が良さそうだ。
「それより、始まるぞ。絶対にやる気なさそうに見せるなよ。意欲も問われるからな。まだ話してなかったが、プログラムっていうのは」
リヤードが言うやいなや、ansiと共に、別のロボットが入ってくる。見た目は細く、まさに、車輪で動くansiとは異なり、見た目は人間に近いシルエットだ。だが、頭の部分が大きめに作られており、昆虫のように目がいくつもある。
「うっ」
このロボットには、他のロボットとは比べ物にならないほどの異質さを感じる。
『リヤード君、お久しぶりでございます。こちらは、初めまして、ですね。私は教育システムを仰せつかっております。enと申します。お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?』
ansiは、すでに名前を知っていた。だから、絶対にこのロボットも知っているはずだ。それに、リヤードを君付けで呼ぶということは、おそらく先生の立ち位置なのだろう。名前を聞いてきたっていうことは、もう始まっているのだ。
「初めまして、僕はゾン。宜しくお願いします」
わずかにenの複数ある目が動いた。
『大変素晴らしい自己紹介をありがとうございます。では、ゾン君は教育プログラムの参加が初めてになりますので、簡単な説明から行います。まずは、場所を移動しましょう』
そう言って連れ出されたのは、別の階。途中でリヤードと目が何度もあったが、余計な会話はマイナスになるのだろう、諦めたように軽く顔を振る。
「ここは」
リヤードの住む階とは全く別のつくりをしている。天井は更に高く、体育館くらいあるのではないかとすら感じる。ろうかをはさみ、いくつか部屋があるのはどうやら同じようだ。
「また、改造したな」
ポツリと漏らすリヤードに、enは頷く。
『お2人に合わせたプログラムの為、教室も変更致しております。では、まずは映像室へ行きましょう』
「あぁ」
うなだれるように返事するリヤードに、enは先導していた足を止める。
『教育プログラムをする意義とは何か、の講義から再度始めた方が良いですか?』
「いえっ。いいえ!! 是非、映像室へ行きましょう」
背筋を伸ばし、両手と首でそれだけはとめいっぱい横に振る。
『リヤード君は既に講義済み。ゾン君からはプログラムへ肯定的な印象があったので、省きましたが、必要であればいつでも授業を組み換えます』
「ははっ、もちろん」
自分がやる気なさそうにしないようにと注意したのに。
ゾンの方が心配になる。
そういえば、ここから出ないってことは、リヤードは学校にも行ってないってことだろうか?
ふと疑問に思う。だが、それを聞くタイミングは今ではない。映像室は、あのゲーム部屋に似ているが、横に並ぶ椅子はなぜかヘルメットまである。
『では、まずなぜ免許を持たない未成年が運転してはならないか。4D映像で身をもって経験してもらいます。あなた達の脳はまだ未熟であり、恐怖への理解、判断力、責任力が特に未完成です。あらゆる障害物の脅威、そして、事故時のシミュレーションを6時間かけて行いましょう』
さらりと、6時間と言っていた。だが、言われるがままにヘルメットをかぶり、椅子に座る。すると、座った椅子が変形するのが分かる。目の前にはリアルな映像が映し出され、外の景色、人混みや車の雑音まで聞こえてくる。その手にはハンドルが握られ、まさに自分が今、運転しているような感覚だ。
『では、始めましょう』
わずかにenの声が聞こえた瞬間、映像が動き出す。それは、急な割り込み、後ろからの追突、想定出来ない無謀な運転車との遭遇。地震や落石、地割れに凍った道での操作不可。動物や人、自転車の巻き込み事故。そして、その後の被害者へのさまざまなパターンの関与。自身が怪我を負い、ハンディキャップで生きる苦悩。あらゆる世界を、神経に痛みを流すことでよりリアルに体験する。
「…………」
「…………」
喉が枯れている。おそらく、無意識に叫んでいたのだろう。教育プログラムなんて、生優しいものではない。これは、制裁に近い。
『お疲れ様でした。本日の授業は一旦終了です。脱水症状が懸念されますので、救護室で点滴のち、痛み止め処方後、各自部屋へとお戻りください』
もう話す気力ない。頭がぼーっとし、目や耳は強い刺激に長時間さらされ、疲労度がピークに達していた。
あれは、運転そのものへの厳重注意を目的としたとのではない。ここから出る手段を、完全に断つことを目的としている。
もう、車に乗ることすら無理かもしれない。
手がまだ震えている。ハンドルを握った感覚が悪夢のようだ。
「……ゾン」
点滴を受ける間、ベッドで横並びになる。
リヤードの声も当然枯れており、その目はぐったりとしている。
あの大画面でゲームし慣れているリヤードですらこのダメージだ。ゾンの視神経はかつてない刺激に処理が追いついておらず、名前を呼ばれても目の焦点が合わなくなっていた。
「おそらく、これがあと1週間以上続く。何度も同じことを繰り返すんだ」
それは、負けるなという意味なのか。覚悟しとけと言っているんだろうか。どちらにしても、こんなに思考が追いつかないのは初めてだ。
「うっ」
思わず吐き気まで催す。だが、込み上げる前に医療機器からは即座に管のつながったマスクが装着され、鎮静ガスが噴射される。そのまま意識が途絶えるように眠りに落ちていった。




