15.ログインのお時間
ドガンッ
大きな音と呼ぶほどではないが、天井に穴を開けたのだ。ansiが反応するには十分な異音だ。
「大丈夫?」
「いや、足首がつりそうだ」
爆破できると言い切っていたものの、いざ天井に仕掛けようとしても、手が届かなかった。クローゼットの中は仕切り板がなく、その天井に届くためには、部屋のテーブルを移動し、それでも足りず手を伸ばす必要があった。
爆発する前にジャンプで離れるリヤード。そしてゾンはそのタイミングでクローゼットの扉を閉める。転がるリヤードは、足首をおさえながらもだえていた。
「テーブルは……無事みたいだね」
火薬は少量だったおかげで、クローゼットの中のテーブルは無事なようだった。
『お2人とも、異常音を検知しました。ドアを開けることは可能でしょうか。開かない場合、10秒で強行突破します。10.9.8』
ansiがドア越しにカウントダウンを始める。
「俺がなんとか時間を稼ぐから、行けるか?」
「あぁっ。分かった」
天井越しにゲームのある部屋に移動出来たとして、中に入れる保証はない。リヤードの予想では、ゲーム部屋は配線が多く、メンテナンスの回数や通気性の理由で、他の部屋より天井の出入りがしやすくなっているはずだ。
爆破した部分はまだ熱く、破片もある。
ゾンはベッドから掛け布団を取ると、そのまま勢いよくクローゼットへ走り、穴の空いたところへ投げ、布越しに爆破した部分をつかみ、ひょいっと天井裏へ入りこむ。
「確か、こっちの方だったよね」
案内された時の記憶を頼りに、まっくらな空間を進む。
なるべく、太い材料が使われているところを目印にして。
まだ上には建物が続いているため、身を低くする必要があるかと思ったが、意外にも、ゾンが立っても問題ないくらいの高さがある。
ゲーム部屋だと思われる位置には、光がほのかに漏れていた。そっと金目の板を触ると、予想どおり外れた。
良かった。でも、急がなきゃ。
いつまでリヤードが時間稼ぎが出来るか分からない。もし、セキュリティシステムで両親に知られたら。
僕が悪い影響を与えているって、完全に煙たがられるかもしれないな。
少しだけ心臓が痛い。
悩んでいる時間はない。
急いで外し、そのままぶら下がるように部屋に入る。
「っと」
何も反応がないことを確認し、飛び降りる。
帰りは同じ経路から戻れるよう、布団のシーツを先に天井のパイプ部分に結んでおいた。
目の前には、家で父親がしていたゲームとは全く別物があった。壁自体に音響設備が埋め込まれている。だが、椅子が1つ、モニター画面の前にあり、それ以外何もないのだ。散らかした部屋で、食べ物や飲み物をそろえ、床に横になってダラダラとゲームしていた父親とはかけ離れた環境だった。
「ええと、これだよね」
椅子にあるコントローラーパネルをタッチしてみる。
聴き慣れたゲームの音楽が、驚くほど壮大に鳴り、思わず鳥肌が立つ。
実際には、ゲームなどほとんどしたことがないが、操作の仕方はなんとなく分かる。隣で動くその指を嫌でも毎日目に入っていたからだ。
ーー起動しました。ログインして下さい
「まさか、もうセキュリティシステムをリセットされたんじゃ」
再入力が必要。断念するしかなかった。シーツをたどり、ふたをそっと閉める。再び真っ暗な空間を感覚を頼りに戻る。
「ダメだ!! 足が痛すぎて動けない」
『スキャンで異常はありません。続いて、ゾン様の安全確認をします』
「大変だっ。心臓まで苦しくなってきたような気がしないでもない」
『スキャニングします。心拍数再確認。呼吸の乱れ、ややあり。話し過ぎによる可能性高いため、様子見で対応。続いて、ゾン様の安全確認をします』
「今度は小指だ。いや、親指の震えが止まらない」
『スキャニングします。骨折等の確認はなし。申告の震え、痙攣なし。火薬反応あり。詳細検査のため、採取を行います』
「あぁぁぁっ!! 治った!! 全く問題ない。今度は頭だ。おかしくなりそうかほど頭痛がする」
『スキャニングします。身体の動き左右非対称検知なし。脳波、正常値。意識、声量、異常なし。脳については、外部の精密な検査依頼中。その間、ゾン様の安全確認をします』
「リヤード?」
ゾンの声を聞くやいなや、リヤードは力尽きたように倒れ込む。
「なんとか、耐え抜いたぜ」
「えっと?」
『ゾン様、スキャニング行います。血圧、脈拍異常なし。発汗量平均以上。先ほどの大きな音については分析。68パターンの可能性を検出し、現在、お二人のデータから、20に減りました』
リヤードを見る。ゆっくり立ち上がると、呼吸を整えている。
「実は、ちょっとした喧嘩をしただけなんだ。分かるだろう? ゾンが運転したせいでプログラムに参加することになったから」
リヤードは、悔しそうに話す。
「だから、つい。でも問題ない。もう仲直りしたから。なぁ?」
「うん、そうだね」
ansiはしばらく何かを読み込んだように一点の光をぐるぐると回転させる。
『異常音、処理済み。外部からの可能性なし。お2人の身体検査済み。初期報告、大きな異常なし』
そう言うと、ようやく戻っていった。
「はぁ。なんとかなったな」
「うん。でも、あれは?」
何度もリヤードがどこか痛いと言っては、ansiがスキャニングするというやりとりを思い出す。
「あぁ、ansiの優先順位を利用したんだ。あいつの役目は俺たち自身のことだ。異常音は二の次。だから、ゾンが戻ってくるまで、体調不良を言い続ければ時間を稼げるだろ」
「なるほど」
ゾンが戻ってくるまでの時間、どれだけの体調不良を言い続けたのだろうと想像する。
「っく」
「今、笑ったのか」
顔を真っ赤にするリヤードに、悪いと思いながらもお腹を抱えて笑ってしまう。
「ゾン!!」
「ごめんごめんって。でも、リヤードもプログラム受けるのを僕の責任にしてただろう?」
お姉さんが脱走した時点で、リヤードにもそれがおこりえると慌てていた。実際、ゾンが巻き込まれたのは運転が原因なのだろうが、リヤードに関してはそれだけではないはずた。
「そうだな」
ため息をつくと、リヤードまで笑いが込み上げてきたのか、お腹をかかえる。
「はぁっ、笑ったな。ゲーム以外でこんなに笑ったのは初めてだ」
「僕も、初めてかもしれない。あっ、そういえばゲームのことなんだけど」
「どうだった?」
「ログイン画面で入力が必要だった」
「あーー、間に合わなかったか。いつもは、自動入力にしてるからな」
「うん。だから何もせずに戻ってきた」
「早かったもんな。あと25箇所くらいは、あの押し問答するかなぁって思ってたからな。でも、何もしないで正解だ。もう、父さんが設定しているからな。一度でも間違えればすぐにバレるはずだ」
「うん」
「残念だったな」
「うん」
そんなことない。いつもならそう返すだろう。だが、2人でここまでして、正直高揚感があった。すごいことをしていると。だが、ここまでだと諦めた時、悔しいと思った。だから、残念だったと言われて、素直にそう思えた。
「きっと、父さんが連絡が来たら教えてくれるはずだ」
「うん。僕もそう思う」
「それまでは、覚悟しないとな。プログラムは今からだ。もし、我慢できなくなった時は、合言葉を決めておこう」
「合言葉?」
「慣れている俺でも、もう2度としたくないって思うプログラムだ。今回は状況が違うから、予想できない」
状況とは、ゾンのことを指しているのだろう。
「もし、ゾンが耐えられなくなったら……この家から絶対に出る。その時のための合言葉だ」
「うん」
「そうだな。この家には暗号解析プログラムがあるから、ありきたりだとすぐにセンサー反応するしなぁ」
「ansiを呼んで、はどうかな?」
「ansiをか。なるほど、あの名前は父さんがつけているはずだから、俺たちが考えた暗号扱いはされる可能性は低いな。返事も言いやすいしな」
2人が話を終わったタイミングで、ansiが医療専門aiロボットを引き連れ戻ってくる。
『症状に合わせた全てのお薬も用意しました』
そのカートには、頭痛用、痛み止め用、足の腫れ用といったラベルの貼られた、あらゆる薬が乗っていた。
「まじか」




