14.子育ての正解
「さて、しっかり休んで、お腹も満たされたところで、家族会議をしようか」
「アリサ、あなたはこれで3度目の禁止事項を破ったわね。それも、年齢を偽って外部の人間を無許可で招き入れて」
母親の言葉に、アリサは悪びれるどころか反論してくる。
「もうひと月も経てば18よ。放送される時には成人しているわ」
「兄弟たちを危険にさらしている時点でまだ未熟だと言っているのよ」
「私のやりたいことをいつも反対するからでしょう」
あくまで冷静な対応をする母親に、感情が抑えきれていない。
「やりたいことって……その話はしたでしょう。わざわざ人目を引こうとしなくても、あなたには十分価値のある仕事を任せるって言っているはずよ」
「お母様の用意した中身のない仕事なんて必要ないわ。私はどうせ、カナモリ家の出来損ないなんだから、私の才能を買ってくれる人達に売り込んだだけよ」
「家族を売ろうとしたの間違いでしょう」
どんどん熱くなる言い合いに、父親がストップをかける。
「2人とも、そこまでだ。言い分の前に、見て欲しい映像がある」
そう言うと、大きなモニター画面がきれいに片付けられたテーブルの上に映し出される。
もう大抵のことでは驚かない。2日目にして、テクノロジーへの感覚が麻痺してくる。
それぞれの目の前で3D立体映像がメガネもなしで綺麗に流れる。
これは……
リヤードを見ると、同じことに気づいたのか、すぐに視線が重なり合う。
「今回の件に関しては、全面的にアリサと話し合う必要があるが、保護者としてこれを軽視するわけにもいかないからね」
それは、スクーターにまたがる2人の姿だ。
「まったく、ロボットアイがたまたま見つけて知らせてくれたから、居場所が分かったようなものの」
「うっ」
「すみません」
ゾンはうつむいたリヤードに対し、すぐに謝った。言い逃れようのない過ちだ。それも、大事な息子を巻き込んだのだ。出て行けと言われてもおかしくない。
「これは見過ごせないわよ」
「はい」
「見過ごせないって、どういうことだよ!?」
淡々と返事をするゾンに対し、リヤードも同じことを思ったのだろう。慌てているのが分かる。
「2人で話したが、君を預かっている以上、私たちには責任がある。それは分かるね?」
あくまでも、いつも通りの声色だ。
「はい。すぐに荷物をまとめます」
荷物といっても、替えの服が少しだけ入れられた鞄くらいだ。その気になれば1分もあればすぐに終わる。
「荷物を? その必要はないわ」
「君も我が家の方針にのっとり、教育プログラムに参加してもらう」
「はい?」
追い出されない?
それは、予想外の答えだった。リヤードも、隣で安堵しつつも、教育プログラムという言葉に、頭を抱えている。長女、アリサに関してもそうだった。手で顔を覆っているが、その隙間から見える顔色は悪い。唯一、赤ん坊のイリアだけが満腹になり、いつのまにか眠っていた。
『おかえりなさいませ。リヤード様、ゾン様。血糖値の上がり具合が平均より早いですね。野菜を先に食べなかったことが原因と思われますがいかが』
「あーーっ、もう分かったから」
ansiの出迎えに、リヤードは途中で言葉を遮る。
「ゾンっ、話があるから、お前の部屋に行っていい?」
「うん」
『お待ちください。ただいま、ゾン様の生活改善データのスキャニングを実施しております』
ansiがカメラをこちらに向けるも、お構いなしに部屋へと強引に入っていく。
「ごめん。さすがに母さんも、ゾンの部屋にはまだ監視システム入れてないだろうから」
「それは、リヤードの部屋にはあるってこと?」
ため息をつき、とっくに諦めた表情だ。
「教育プログラムが始まるって言ってただろう? あれは、名前以上に厳しい。あのロボットがいる時点でこうなることは目に見えていたけど。まさか、ゾンまで巻き込むなんて」
「僕は大丈夫だから」
申し訳なさそうにする彼の肩に、本当に気にしていないと分かるよう手をおく。
本当に問題ないと思うんだけどなぁ。
そういえば、お姉さんを探しに行こうとしたのも、心配っていうより、母親の暴走を心配してだったよな。
先ほどの口論こそ少し熱が入っていたが、思っていたより冷静な話し合いの場だったように思う。
それに、僕がリヤードを乗せて運転したことにも、意外な反応だったな。
普通はもっと怒るんじゃないか?
「教育プログラムってのはな、今までの生ぬるい監視なんてもんじゃないんだ」
「監視……」
「今すぐゾンの父さんと連絡をとろう」
「え?」
「迎えに来てもらうんだ。巻き込まれる必要はない」
「待ってってば。監視があるのに、それは無理だろう。それに、僕のお父さんは……」
「だから、まだこの部屋からならなんとかなるかもしれない。まぁ、天井をちょっと爆発させて穴をあければ、屋上からなんとか……」
「リヤード、落ち着いて」
「なんだよ。急がないと。さっきプログラムのことを説明しているからじきにこの部屋にもシステムが入ってくるぞ」
「僕のお父さんは、絶対に迎えにこない」
その静かな言葉に、リヤードは考えながら壁を触っていた動きを止める。
「息子の一大事といえば……」
「来ないよ。僕が……仮に命が危ないって言ってもね」
「そんなことは……」
「うん、大丈夫。だから、お父さんが迎えに来てくれるって自分から連絡してくれるまで、僕は帰ることも、立ち寄れる場所もないんだ」
本当は、家に帰るためのチケット代すら持ち合わせてない。
「そうは言っても、もしゾンの親から連絡が来てても、あの部屋に入れない限りは確認のしようもないんだぞ?」
「うーーん」
今までの経験からいくと、働きに出るとひと月は帰ってこない。だが、今回は初めて他人に預けた。もし、少しでも遠慮や父親らしい気持ちがあれは何かしら連絡が来る可能性は……
ないな。菓子折り1つ持たせないどころか、ゲームで知り合った相手の顔も確認せずに送り出す人だ。
だが、断言もできない。
「そうだね」
「よしっ、決まりだな」
リヤードは、にかっと笑うと、ゾンが使っている部屋の壁紙を指で触りながら何かを探している。
「あった」
壁紙の境目を見つけるとベリベリとめくりあげる。よく見ると、小さな隠し扉があり、そこから袋を取り出す。
「ゾンが来ることになるって打ち明けた時、父さんがこの部屋を改造したんだけど、その隙にちょっと細工しておいたんだ。もし、ゾンがここが嫌になった時には、外に連れ出せるようにな」
「そうなんだ」
こんな、精巧な隠し扉を一瞬の隙をついて作ったことにも驚きだが、あんなにルールを破ることを恐れているリヤードが。そこまで考えていたことに驚く。
リヤードなりの、責任感なのか?
ゲームで知り合った相手に、簡単にいいよと返事したのかと思っていただけに、少し意外だった。
「あのさ」
「何?」
「怒らない?」
「?」
ちらっとこちらを見ると、少し迷って話しだす。
「初めは犬だと思っていたんだ」
「僕を?」
「うん。ゲームで仲良くなった……君のお父さんに、急に仕事で家を空けるけど、今まで預かってくれた人を頼れなくて困っているって。食事の用意さえしてくれたらあとは手のかからないって話だったから、俺、早とちりしちゃったんだ」
申し訳なさそうに話しているが、あの父親のことだ。わざと、誤解させる言い方をしたのかもしれない。
「それで、ウチに誘ったら……」
「息子だって分かったんだね」
「本当にごめん。勘違いとはいえ、リヤードを一瞬でも犬扱いしちゃって。最初から分かって入れば、こんな一部屋だけなんてことにもならなかったんだ」
「え?」
「ずっと謝りたかったんだ」
「あ、犬って誤解していたのは僕のお父さんがわざとあとから断りにくくしようとしたんだと思うし」
「うん。それに、一部屋だけなんて、嫌なやつって思っていたのかなぁって」
「いやいや、それはないよ」
自分の部屋なんて初めてだ。これだけのスペースで、ゾンの家の半分は入るのではとすら思ってしまう。
「ゾン、ずっと俺に優しいし。なのに、俺、自分と同い年だって分かってからも、大人のフリして預かるって返事しちゃったんだ。本当に、ごめん」
そういえば、友だちが出来ると思ったと言っていたのを思い出す。
「僕こそ、ごめんなさい」
「なんでゾンが謝るんだよ」
「ええと、バイクの後ろに乗せちゃって」
「俺が乗るって言ったからだろう?」
「うん。でも、僕も謝りたかったんだ」
本当は、優しくしているつもりではない。ただ、疎まれないようにしていただけだと知られたら、傷つくだろうか。




