13.話をしましょう
いつもはほとんど同じ時間に起きるというのに、さすがに今日は身体がなまりのように重く、2度寝で泥のようにまた眠った。
昨日から、刺激的なことばかりだ。ネットで出会ったという家にくれば、そこは天下のカナモリ家という発明家の家だった。地下鉄や潜水艦の所有に、最新設備に圧倒されるが、ほとんど出入りの許されない家のルール。それに反抗するお姉さんに、大手の番組監督。そして、両親の独特な個性と、たった1日とは思えない濃さだった。
でも、友達かぁ。
家事に家計の足しにと毎日翻弄していたこともあり、ゾンにとっても友達と呼べるほど親しい知り合いはいなかった。
まぁ、お父さんが働いていないから、近づかないようにって、周りが止めている雰囲気もあったよね。
ぼーっと、昨日からの記憶を整理する。
コンコンっ。
「ゾン、起きてる?」
聞き覚えのある声にベッドから飛び起きる。
しまった。お世話になっているのに、後から目覚めるなんて!!
「うっ、うん。ちょっと……すぐ開けるよ」
部屋に備え付けられている洗面台に走り、頭から水をかけるように顔を洗う。急いでタオルで拭き、完全に目が覚める。
「おはようっ、ごめん。寝過ごしちゃって」
慌ててドアを開けると、リヤードは入っていいかと尋ねる。一晩で別人のように元気がなくなっているのが分かる。
「もちろん」
入っていいも何も、ここはリヤードの家で、リヤードの部屋だ。
「ありがとう」
よく見れば、2人とも昨日と同じ服のままだ。でもベッドまで行った記憶もない。
『おはようございます。ゾン様』
リヤードの後ろから、腰ほどの高さのロボットが、スムーズな動きで入ってくる。
「リヤード、これは」
「あぁ、朝目が覚めたらいたんだ。間違いなく、母さんだ」
『リヤード様、ゾン様、私から説明致しましょう』
心地の良い低音ボイスで、ご丁寧にもパネルにはまばたきの表情で話しかける。
『本日、お母様よりお2人の子守り役として任せられました。お世話がかりのansiと申します』
「母さんがよこした監視aiだろ」
リヤードは疲れ切った表情で切り捨てる。
『良ければ、お2人の親しみが湧くよう、私の名前を変更なさいますか?』
「アンシ じゃなくて カンシがお似合いだな」
『なるほど。安心からくるaiとして、お父様よりansiと名付けられましたが、リヤード様は監視されていると感じているのですね。もし良ければ、もっと仲良くなれるお名前だと嬉しいのですが』
完全に皮肉を理解した返事に、ゾンは誰か人が遠隔から受け応えしているのではと疑ってしまう。
「リヤード、これはロボットなんだよね?」
「最新のai搭載だ。父さんの最新作だろうか。今までのタイプよりかなり強敵だ」
『お話のところ、申し訳ありません。本日はお昼より設定されたスケジュールが始まりますので、そろそろ身支度を整えましょう』
そう言うと、少し後ろに下がり、急に2人をスキャンする。
「うわっ」
「おいっ、ゾンは慣れていないんだ。急にスキャンレーザーしたら驚くだろう」
『申し訳ございません。ゾン様は、aiと関わる機会が少ないのですね。設定を変更しておきます。こちらのレーザーは、身体に無害な光を使っておりますので、安心して頂ければと思います。問題点としては、急な光に驚かれる点ですね。こちらは、事前にお伝えすることで、不安解消につなげるようプログラミングしておきました』
「はぁ。ゾン、ごめん」
「大丈夫」
『リヤード様、ゾン様。体温、血圧、酸素濃度異常なし。ややゾン様の心拍が平均値より上回っているようですが、スキャンが初めてとの点から、緊張による可能性があります』
「だろうな」
「はは、本当に大丈夫だから」
その後、ansiに顔の洗い直し、着替え、爪の伸び加減まであらゆるチェックが行われ、ようやく食事となる。
「やっぱりな」
リヤードがぼそりとつぶやく。例の食事席には、リヤードの父、そして母、脱走劇の首謀者である長女アリサ、そして、なぜかご機嫌な顔で座る次女イリアと勢揃いだ。
「ずいぶん時間がかかったのね」
「リヤードはともかく、ゾン君はこういった対応には不慣れなはずだ。それに、2人とも色々と疲れているだろうからな」
「そうね。とりあえず、2人とも座ってくれるかしら」
「俺はここに座る」
リヤードは、母親が指差した場所とは別の、昨日ゾンが座った席の隣へと腰掛ける。
「……はい」
ゾンは言われるまま座るしかない。
「ふぅ。まぁいいわ。お客様には、食事の前に、もう一度ご挨拶しなくちゃね」
「お客様だなんて」
ゾンは、客と呼ぶには図々しいと思わず否定してしまう。
「そうだな。彼はリヤードが招待した客人には違いないが、友人といった方がふさわしいだろう」
父親は、水に手を伸ばすイリアの為に、そっと赤ちゃん用コップを手渡す。
「あら、まぁそうね。確かに、友達という方が色々と説明がつくわね」
夫婦の会話が、なぜかとてつもない緊張感をただよわせる。
「昨日も会ったけれど、私はリヤードの母よ。そして、この子が長女のアリサ。年は離れているけど、次女のイリアよ」
「…………」
アリサは機嫌悪そうにこちらをジロリと睨む。
「アリサ、失礼だぞ」
注意する父に、ちらりと視線を向けると、諦めたように挨拶をする。
「昨日はどうも。おかげでこうして家族全員で食事がとれて嬉しいわ」
明らかに、皮肉たっぷりと言わんばかりの言葉を突きつけてくる。
「アリサ」
父から再度忠告を受けると、さすがに態度を改める。
「うっ。昨日は……迷惑をかけたわね」
「ふぅ。全く、迷惑をかけた上に挨拶も満足に出来ないなんて。娘に代わって謝るわ。ごめんなさいね」
母親は眉間のしわを手で押さえ謝罪する。
「いえ、僕は別に」
気にしてません。
そう言おうとしたつもりが、のどが詰まったように言葉が引っかかってしまう。
家族円満とは言わなくても、団欒とするこの場に1人他人の自分がいるのはいたたまれない。
「あーー、うぅ!!」
その時、イリアが手を伸ばし愛嬌いっぱいに声を出す。
「まぁ、この子がこんなに機嫌がいいなんて」
「そうだな。どちらかと言うと、愛嬌があることに驚くな」
イリアはぶんぶん手を振り回す。まるで身体全身で喜びを表しているようだ。それはゾンに向けられ、そのあと、リヤードにも特別な笑顔を向ける。
「えっ」
「えぇっ!?」
これにはさすがの両親が驚く。話を聞く限り、イリアは兄、リヤードにあまり友好的な関係ではなかった。それが、嬉しそうに抱っこと手を伸ばしている。
「食事終わったらな」
少し優しい顔で返事するリヤードに、両親は同じように驚く。
「えっ」
「えぇっ!?」
「そろそろいいだろう。お腹がすいているんだから」
2人の視線が照れ臭いというように、話題を変える。
「そうだな。話はまた食事のあとにしよう」
父親が言うやいなや、テーブル席はまた高く上昇する。
「大丈夫?」
リヤードは昨日ゾンがそわそわとしていたことを気にかける。
「大丈夫」
さすがに、この場で、しかも赤ん坊の前で苦手だとは言いたくない。
そこからの料理はどれも素晴らしく、初めて目にする食事ばかりだった。食べ方に苦戦しながらも、イリアが離乳食を嫌々とごねた為、ゾンのぎこちなさが目立たず幸いだった。
食事が済み、相変わらずai搭載のロボット達が全て綺麗に片付けてくれる。そして、昨日はここで終わりだった。だが、今日はそういうわけにもいかない。言葉通り立つことも許されないこの状況でようやく父親が口を開く。




