12.出会い
免許なんてもちろん持っていない。そもそも、持てる歳でもない。
だけど、リヤードは、家族がいるんだ。心配して、怖いと思うけど誇りに思っていて、大事にしたいと思っているのが分かる。
僕も、そうだから。
「どっ、どうして運転出来るんだよ!?」
「新聞配達の仕事で少しね」
「新聞!? そんなの配信されるのになんで運転する必要がぁっ!! あぁぁっ!!
!!!」
「まだネットが開通していない地域もあるんだよーーーーーっ」
風とヘルメットで声なんて大声出さないとほとんど聞こえない。リヤードは、生まれて初めてってくらいの大声を出した。
思ったよりも、なんだかスッキリする。
「あっ、そのボタン」
「えっ!? 何?」
「そのボタンっ!! 父さんがつけたやつだ。押してみてくれ」
父さんがつけたものなら、何か役に立つはずだ。このスクーターが家にある最大の理由は、こういった事態を想定してのことだからだ。
家の外はネットが通っていないところもある。それに、ロボットアイは生き物に反応するから、外に行くほど余計なものを追いやすいデメリットがある。
「分かった!!!!」
リヤードの指すそのボタンは、確かに見たことがないスイッチだ。
押すと同時に、スクーターのタイヤは地面を離れ、浮上する。
「うわぁ!?」
「ぎゃーーーーっ」
なんとか姿勢を正し、まっすぐに飛び始める。
「なんだよ!? これ!!」
「…………」
「リヤード!? しっかりしろ!! 気絶したら落ちるぞ」
「はっ!! だっ、大丈夫だ……うっ」
吐きそうな声で力無く返事がかろうじて聞こえる。
もしかして、水上でも使えるようにしたのか!?
地面から50cmほどだがまるで滑らかな道路を走るように、ほとんど揺れなく走行する。
「これは……」
同時に、目の前の目盛りにもう一つスクリーンが現れ、こちらも人感センサーにいくつか反応している赤い点が示されている。
「たぶん、鳩と、姉さんだな」
ばらつきがあるため、一つ一つ通過するたびにスクリーンの赤い点滅の数とすり合わせる。
「家から離れるほど、余計なものに反応してしまっているな。母さんが手こずっているのもそのせいだな」
それにしても、いくら1時間以上経っているとはいえ、歩行手段しかない相手にこうも追いつかないものだろうか。
メーターを振り切るほど、飛ばして走っているというのに、お姉さんにまだたどりつかない。
やっぱり、手引きした誰かがいるんじゃ。
不安が頭をよぎったその時、リヤードが叫ぶ。
「姉さんっ!!」
慌ててブレーキを踏む。空中で止まったことなど経験がなく、思った以上に踏み込んでしまった。ぐるぐると回転し、そのまま横に倒れそうになる。だが地面に倒れ込んでしまう前に、全方向に強力な空気圧が噴射され、ゾンとリヤード、スクーターの勢いが止まる。そのままゆっくりと地面に降りた時には、2人とも目が回り立つのがやっとな状態になっていた。
「ねっ、ねえさ、ん」
「ええわっ!? リヤード? どうして?」
声の持ち主は、予想外の人物の登場に驚いていた。
「あなたどうしてスクーターに、それにこの男の子は…………」
顔が真っ青になり、どうしようと慌てていた。
見つかったにしては反応が少しおかしい。
「これは、こんなはずじゃあ…………ちっ違うんです!! ちょっと待ってください」
「姉さん、誰に喋って……」
「しぃっ」
その時、リヤードが姉さんと叫んだ時、いくつか生命体に反応する赤い点滅がついていたことを思い出す。
鳩は、ずいぶんと前に相当な数を通過したはず。ねずみかとも思ったが、徹底したロボットアイ達による巡視と掃除機能のおかげか、生き物はかなり少ない。
誰かいるんだ。
視線が背中にささる。
「リヤード、お姉さん。僕の自己紹介は後にしましょう。いいですね?」
まだよく分かっていない様子のリヤード。足が固まったように動かない姉に、彼女は知っていると認識する。
「お姉さん、一緒に帰れますか?」
「…………」
一言も喋ろうとしない様子に、リヤードが怒る。
「姉さんっ!! いい加減にしてくれ。俺たちがどれだけ必死に探したと思ってるんだ!! 何かあってからじゃ遅いんだぞ!!!! 父さんや母さんなんて関係ない。俺にも何も言わずにいなくなろうとするなよ。一生会えなくなったらどうするんだ!!」
「ちょっ、何? そんな言い方されたら私が悪いやつみたいに…落ち着いて……」
慌てる姉の手には、円盤のようなものがあることに気づく。
「これは?」
「あっ、それ、新型の移動ボードじゃないか!! まだ試作品なのに、勝手に持っていってたのか!?」
リヤードが取り上げようとすると、誰かが割り込んでくる。
「カットーーーー」
「??」
何だ、この大人達は。
撮影カメラに音声を拾うマイク。数名が線路の陰から出てくる。
「困るよ。君、弟くん? せっかく面白い展開になっていたのに、移動がズルしたとバレたら感動が減るじゃないか」
「面白い展開って、私との打ち合わせとは違うじゃないですか!!」
「打ち合わせ? 姉さん、どういうこと?」
「弟くん? 悪いんだけど、その移動ボードを見つける前のところからやり直しって出来る?」
「???」
固まるリヤードに、カットと言ったその男は名刺を差し出す。
「ドキュメンタリーを制作しているんだ。番組名くらい聞いたことあるだろう?」
リヤードは、名刺を見ても変わらず理解できないと固まっている。
ゾンはその番組名が大人気のテレビ番組だと気づく。父親どころか、祖母ですらよく観ていた。
「謎の多いカナモリ一家で行われる監禁生活。奪われた長女の夢ってシナリオで脱走劇を撮るはずが、弟君にあんな言い方されたらなんかこっちにも非があるみたいになっちゃってるからさぁ」
「監督さん、話が違います!!」
「ん~~、でもこっちの方がなんか面白そうだ。何より感動的じゃないか!! お姉さんを心配して、支配的な母親より先に弟君が必死で追いかけるなんて!! で、えーと、君も弟くんなのかな?」
「こんな子知らないわよ!! それより、私との約束では私の霊媒師としてのデビューの手伝いをしてくれるって……」
「ええっ!? まさか他の子どもも、監禁しているのか!? これは大スクープにな……」
大興奮する監督の肩を、後ろから叩く女性。
「なんっ……ですか?」
振り向いた女性を見るなり、監督という男の態度が変わる。
「ここは私有地よ? 一体何の騒ぎかしら?」
「母さんっ!!」
「うぅ、お母様……」
リヤードとその姉のリアクションは違うが、その女性が2人の母親だということは確かだ。
「奥様ですか?」
「えぇ、カナモリ家の母ですわ」
この場では母ということを強調するように訂正する。
「ははっ。初めまして。私、ドキュメンタリー番組を制作しておりまして、こういう者です」
そう言って、同じように名刺を渡す。
「知らないわ」
「ハハハ。そういう方もいらっしゃいます。ですが、私どもとしては感謝しております。世界が注目するカナモリ家のドキュメンタリーの撮影の機会を頂けたんですから」
監督の言葉に、母親は名刺を見ていた視線をゆっくりあげる。
「なんですって? 了承した覚えはないわ」
「こちらのお嬢様が自ら声をかけていただいたんですよ」
「それで了承を得ての撮影だと?」
「何か問題でも?」
母親は指を1つ鳴らすと、ドローン飛行が無数にカメラを監督らに向ける。
「彼女は未成年よ」
「…………何だって」
長い沈黙のあと、監督はそのお嬢様本人を見る。
「…………」
そして当の本人は視線を合わさない。
「騙したのかっ!!」
「年齢確認なんて初歩的な手続きを怠った上に、保護者に無断で撮影、更には私有地に入るなんて。全く、どれだけの罪を犯したのかしら。他にも、探せばいくらでもほこりが出てきそうだわ」
「うっ、いえ。これはお互いの認識に過ちがあったようで」
「お互い? そうね、強いて言えば、大人を振り回した無責任な娘への教育不足だわ」
「…………」
黙る娘に、母親は腕を組み、迫力のある顔で見る。
「そうです! そうですよ。奥さま!! 元はと言えばそちらのお嬢様が」
「これ以上の話がご希望とあればしかるべき場所でして下さい」
「ひいっ。おい、撤収するぞ」
「今、お迎えの車を手配していますわ。娘の手引きなしでここへ入るなんて、不可能ですもの。帰りも自分たちで出ていけるなんて思わないことでしてよ?」
「はっ、はい」
「あぁ、それと。あなた達の全ての記録はこの無数のaiカメラに記憶させていますわ。今後一切、カナモリ家に関わらない方が身のためですわ」
そう言うやいなや、完璧なタイミングで無人の車が到着する。流れ込むようにスタッフと乗ると、あっという間に彼らは去っていった。
「お母様、あの……」
「アリサ、あなたの話はあとで聞くわ」
「はい」
「それで」
くるりと振り返ると、呆けたままのリヤードとゾンの元に来る。
「リヤード、この子がゾン君なの?」
「はい」
「そう。こんな形で会うことになってしまって残念だわ」
「いえ、僕はリヤードの友達ですから」
「まぁ。ふふっ。面白い坊やね。リヤード、あなた達にもあとで話があるわ」
「はい」
「とりあえず、今日はもう遅いわ。私は先にあの人たちの処理をしないといけないから、あなた達はもうお休みなさい」
それから、無人の移動車が2台来ると、リヤードのお姉さん。そして、僕とリヤードでそれぞれの部屋へ戻り、気づけば車の中で眠ってしまっていた。




