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番外編 祖母が見た最後の流星

 それは、今から半世紀以上も前のこと。

 都市の光が今ほど暴力的ではなく、夜になればまだ、藍色の天幕に砂子を撒いたような銀河を仰ぎ見ることができた、最後の時代の物語である。


 アオイの祖母――名はエマ。

 彼女がまだ十代の少女だった頃、夜空は人々の生活と密接に結びついていた。

 人々は季節の訪れを星座の高さで知り、恋人たちは一番星を見つけては愛を語らい、迷える旅人は北極星を羅針盤にして歩みを進めていた。


「エマ、見てごらん。今夜は星がとても機嫌がいいよ」


 エマの父は、古い望遠鏡を覗きながら笑っていた。

 その時代の夜空には、まだ「表情」があったのだ。

 けれど、その輝きは、都市の開発と共にじわじわと蝕まれつつあった。

 街には巨大な看板が立ち並び、夜通し眠らない工場が煙と共に光を吐き出すようになった。

 効率と速度、そして「明るさ」こそが豊かさだと信じられ始めた頃、人々の視線は少しずつ、天から地へと、そして自分の足元へと向かっていった。


 そして、あの日がやってきた。

 歴史の教科書には載ることのない、けれど星を愛する者たちが決して忘れることのできない「沈黙の夜」。


 エマは、丘の上にあるお気に入りの草むらに寝転んでいた。

 その夜、彼女は奇妙な光景を目にした。

 空にある星たちが、まるで誰かに呼ばれたかのように、一斉に微かな震えを見せていたのだ。

 チカチカと不規則な瞬きを繰り返し、その輝きは次第に、磨きを忘れた銀器のように白く、濁った色へと変わっていった。


「……星が、泣いているみたい」


 エマは不安に駆られ、手を伸ばした。

 その時。

 空の端から、一筋の巨大な流星が尾を引いて流れた。

 それは普段目にするような一瞬の煌めきではなかった。

 あまりにもゆっくりと、まるで重い荷物を背負った老人が最期の旅路を行くように、空を切り裂いて落ちていったのだ。


 流星はエマの頭上で砕け、光の粉となって降り注いだ。

 その一粒がエマのてのひらに触れた瞬間、彼女の耳に、幾千もの溜息を重ねたような切ない「音」が届いた。


『約束を、覚えていますか?』


 それは言葉ではなく、魂に直接響く振動だった。

 星たちは、人間たちが自分たちの存在を必要としなくなったことを悟っていた。

 名前を呼ばれず、願いを託されず、ただの物理現象として扱われる寂しさに、彼らは耐えられなくなったのだ。


 エマはその夜、丘の上でひと晩中泣き続けた。

 ひとつ、またひとつと、馴染みの星座たちが瞼を閉じるように消えていく。

 夜明けが来る頃、空に残されていたのは、都市の街灯が反射した汚れた赤茶色の幕だけだった。


 朝になり、街へ降りたエマは愕然とした。

 星が消えたというのに、街の人々は誰もそのことに気づいていなかったからだ。

 昨日と同じように仕事に行き、新しい電子機器を買い求め、眩しい光の中で「便利になった」と喜んでいた。

 世界から「永遠の輝き」が失われたというのに、人々は手のひらの小さな光だけで満足していた。


(このままじゃ、本当に星が死んでしまう。約束が、消えてしまう)


 エマは決意した。

 自分が星を連れ戻すことはできないかもしれない。

 けれど、星たちが「まだ覚えている者がいる」と知るだけで、彼らは完全には消滅しないはずだ。

 彼女は、自分が目撃したあの最後の流星の輝きを、心の中の小さな箱に大切に閉じ込めた。

 そして、いつかその重みを分かち合える相手が現れるまで、決して忘れないと誓った。


 数十年後。

 年老いたエマの膝の上で、幼いアオイが大きな目を見開いて話を聞いていた。


「ねえ、おばあちゃん。約束って、なあに?」


 エマは、シワの寄った優しい手でアオイの髪を撫でた。

 彼女が語ってきた「星の約束」の話は、ただの昔話ではなかった。

 それは、あの日丘の上で、掌に受け止めた流星への「返事」だったのだ。


「それはね、アオイ。暗闇の中で、あなたがひとりじゃないって教えてくれる光のことだよ。いつかあなたが大きくなって、もし夜空に何も見えなくなっても……この話を覚えている限り、星はあなたを待っていてくれるわ」


 エマは知っていた。

 自分が蒔いたこの小さな「記憶の種」が、いつかアオイという少女の中で芽吹き、再び世界を照らす光になることを。

 アオイにすべてを語り終え、エマが静かにこの世を去った夜、都市の分厚い雲の向こう側で、長い間沈黙していた星の欠片たちが、ほんの一瞬だけ、期待に震えたことを。


 これは、アオイの旅が始まるずっと前に結ばれた、もうひとつの「愛の約束」の物語。

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