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光の門を開く儀式

 その光は、音もなく世界を塗りつぶした。


 アオイが捧げた「記憶の欠片」が、庭園の最奥にそびえる巨大な門に触れた瞬間、何千年も沈黙を守ってきた「光の門」が、ついにその重い口を開いた。

 ゴ、ゴ、ゴ……という、宇宙の深淵が鳴動するような地響きと共に、扉の隙間から溢れ出したのは、あらゆる色を内包しながらも純白に輝く、圧倒的な「原初の光」だった。


「さあ、お行き……あなたたちの、居場所へ」


 アオイは意識が遠のく中で、そう呟いた。

 彼女の身体からは、今も絶え間なく金色の糸のような記憶が流れ出し、門の向こう側へと吸い込まれていく。

 門が開くたび、足元で眠っていた灰色の星たちが、魔法をかけられたように瑞々しい輝きを取り戻し、次々と宙へ舞い上がっていった。


 それは、地上のいかなる祭典よりも豪華で、壮大な「光の行進」だった。

 数えきれないほどの星々が、銀色の尾を引いて門の向こう側――境界を越えた真実の夜空へと、弾かれたように飛び出していく。

 星たちはアオイの周りを一度だけ感謝するように旋回し、彼女の頬を優しく撫でてから、遥か高みを目指して昇っていく。


 けれど、その輝きが増すのと反比例するように、アオイの瞳からは感情の火が、一雫ずつ消えていった。


(あ……あの暖かい手は、誰だったかな……)


 最初に消えたのは、祖母のぬくもりだった。

 優しく髪を撫でてくれた感触、冬の夜に飲ませてくれた温かなスープの味、そして「約束」を教えてくれたあの低い声。

 それらは名前を失い、ただの「形」へと変わっていく。


(ここは、どこだろう。私は……どうして泣いているの?)


 次に消えたのは、旅の苦しみだった。

 冷たい風に打たれた痛みも、都市のネオンに感じた孤独も、闇の中で震えた恐怖も。

 すべてが「誰か他人の物語」のように遠ざかり、アオイの心という器は、磨き上げられた空のグラスのように、透明に、何も映さないほど澄んでいく。


 守護者が、光に包まれるアオイの前に膝をついた。

 その銀色の瞳には、初めて人間に対する深い敬意が宿っていた。


「アオイ。君の『想い』は、今、宇宙の血管を通ってすべての星に届いた。君が忘れていくすべての瞬間が、今、夜空に新しい星座として刻まれている。君自身が、この世界の新しい『約束』になったのだ」


 守護者の声さえ、アオイにはもう、ただの心地よい風の音にしか聞こえなかった。

 アオイはふわりと浮かび上がり、門から溢れる光の奔流に身を任せた。


 その瞬間。

 境界を越えた光が、地上の「都市」の上空を、目に見えない衝撃波となって駆け抜けた。

 

 不夜城の冷たい電光を突き抜け、赤茶けた濁った空を切り裂き、真実の「夜」が降りてくる。

 都市の光に慣れきった人々は、突然の異変に足を止めた。

 ビルの隙間から、あるいは窓の外から、見たこともないほど澄んだ紺青の闇が世界を包み込み、そこへ、一斉に、何万というダイヤモンドの飛沫が投げ込まれたような瞬きが降り注いだ。


 星が、戻ったのだ。


 かつて祖母が語った通り、星々は約束を守るために、これまで以上の強さで燃え始めた。

 都市の片隅で、端末を眺めていた少年が、ふと顔を上げた。

 冷めた瞳で歩いていた大人たちが、呆然と立ち尽くし、口を半開きにして空を見上げた。

 

「……綺麗だ」

 

 誰かが呟いたその一言が、かつての契約を再び結び直す、最初の言霊となった。


 境界の門の前で、アオイの意識はついに最後の一片を失おうとしていた。

 最後に残ったのは、ただ一つの「青い光」のイメージ。

 自分が誰かも、何を成し遂げたかもわからない。

 けれど、胸の奥には、陽だまりのような満たされた感覚だけが、お守りのように残っていた。


 光の門がゆっくりと閉じ、アオイの身体は静かに、地上の「忘れられた野原」へと、星の雫のように降ろされていった。

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