第6話 業の重さに蓋は開く
森を火が覆いつくし、煙を上げて燃え上がる。木々のざわめきの中で動物達は一斉に駆け出した。
皆同じ方向へひたすら走っている。小さな獣は大きな獣の背に乗り、互いを助け合い、灰が降りしきる森を走る。
枝葉が燃え、火がついたまま落下する。その隣の木にはルリビタキの巣があった。小さな小鳥は緑の葉を銜えてゆっくりと飛び立つ。青い羽根を広げて、動物たちの後を追った。
「誰が燃した?誰が森を?」
灰が降りしきる小道を道化が歩いている。白い化粧をした顔に、先ほどから降る灰が擦れては黒く汚れていく。
「誰が?誰が?」
道化は手に持った鈴を鳴らしながら小道を行く。この先は燃え盛る炎が待っているのに道化の目には恐れなどない。鈴を鳴らし、足元に落ちた枝葉を踏み、絶えず微笑みながら進んでいる。
森の中で生き物の気配が消えうせた頃、炎は燃えることを忘れたように小さくなり、燻った光を放って煙を吐く。見通しのよくなった森の小道を道化は歩いている。煤で汚れた道化の衣装は所々穴が開いている。道化は微笑を絶やさずにただひたすら歩き続けている。
「天国か地獄か?どこへ行っても火は満ちて」
鈴がシャラララと鳴った。鈴を持つ手袋が焼けて指先がはみ出している。真っ黒な長い爪が飛び出しそれがカチカチ鈴を叩いた。
「命を全て焼き尽くす」
道化は節をつけて歌うように言う。誰が聞いているわけでもない、ただ何か言い聞かすように言葉にしては鈴を鳴らす。
「業火の釜の蓋は開く、業の重さに蓋は開く」
シャラララ、カチカチ、シャラララ、カチカチ。
「天が風を吹かそうとも、我ら道化が道しるべ」
カチカチ、カチカチ。
道化はふと足を止めると足元に落ちている黒焦げの人の形をしたものに手を伸ばす。頭の辺りに触れて、親指でぐっと、そこに目があるであろうと強く擦った。
そこには瞼があった。睫毛は焼けて少し残っている。道化はその親指でくっと瞼を引き上げた。そこにはにごった瞳がある。淡い青と灰が混じった死んだ瞳。
道化はゆっくりとそれに口を近づけると舌を這わせて、齧りついた。目玉を口に含み、異常な動きで肩を揺らしてそれを飲み込む。かっと目を見開くと、その白目にもう一つ虹彩が現れた。緑の虹彩と赤い虹彩、中央の瞳孔がじんわりと両側に広がり一本の線になる。
道化はまた立ち上がるとガクガクと体を震わせて、丸い背中をゆっくりとまっすぐに立てると歩き出した。
「火をつけるのはお前、喜び勇むのはお前」
鈴を高く鳴らして、道化は体を大きく揺らしてリズムを取る。
「愚か者は人を憎み妬んでいる」
カチカチ、シャララン。
「悪しき者は業に沈んでいく」
シャララン、シャララン。
「清き者は軽蔑の海に溺れている」
カチカチ、シャララン。
「そして罪人は」
道化はピタリと歌をやめると目の前に立っているものを見る。数え切れないほどの沢山の大きな鳥のような真っ白い羽根が羽ばたいている。羽根は自らを抱くように動くと、一枚ずつ開いていく。その美しさは天上のものだと道化は思う。そして片手に持っていた鈴を両手で包み込んだ。
真っ白な羽根が全て開かれるとその中には巨大な目があり、瞼がゆっくりと開く。薄緑の瞳が道化を捉えると、道化の手は震え、鈴が小さな音でシャンシャン鳴った。道化は歌う。
「そして罪人は還る」




