二つ目の祭器の塔へ③
カークは不気味に薄く緑色に光っている部屋の中で目を覚ました。
起き上がって辺りを見わたすと、一緒に塔の中に飲み込まれたはずの仲間たちが一人も見当たらなかった。
…同じ場所から同時に飛び込んだっていうのに…誰も近くにいないなんてな…。
そう思いながらカークは立ち上がり、自分が倒れていた狭い部屋と、そこから続く一本の細長い通路を見る。
どうやら進めそうな道はこの一本しかないようだ。
カークは、注意深く周囲を確認してから、その細い通路を進み始めた。
姫様やミランたちは無事だろうか。
クレア将軍のことは心配せずとも大丈夫だろうし…。
ミスティもあんな幼い容姿であるにもかかわらずかなり戦闘能力は高いみたいだった。
となると、気がかりなのは足を怪我したティアナと、弱くはないが、五人の中で純粋な力だけでは見劣りするミランのことだった。
とにかく…早く他の皆を見つけたほうがよさそうだ。
カークは高い身長に釣り合った長い足を素早く動かして、どんどん通路の奥へと進んでいく。
すると、前方に人影のようなものが見えてきた。
どうやら、その人物は通路の真ん中に座り込んでいるようだった。
少し暗いため、その人物の顔も、髪の色もカークにはよく見えない。
カークは少し警戒しながら、その人物の背中に近づいていく。
するとカークの気配を感じとったのか、その人物はくるりと振り返った。
振り返った拍子に髪が揺れ、その髪が黄色っぽいことが認識できる。
そしてその人物は、綺麗な水色の目を丸く見開いた。
「姫様…!? 大丈夫ですか?」
カークは座り込んでいた人物がティアナだと分かると、すぐに駆け寄った。
ティアナは右手で怪我をしている方の足を抑え、目を潤ませていた。
ティアナが泣いているところなど、カークは見たことがなかったため、驚いて目を見開いた。
いつも気丈で、怪我をしても何ともないと笑っていたティアナからは想像がつかない姿で、カークはどうしたらいいのか分からず一瞬戸惑った。
「…怪我、痛みますか?」
ティアナの前にしゃがみ込み、怪我の足の怪我の程度を見る。
するとその怪我は確かに酷いが、塔に入る前より悪化している様子はない。
カークの問いかけに、ティアナは弱々しく頷いた。
「えぇ…足が痛くて動けなかったの…あなたが来てくれてよかった……」
そう、ティアナは少し掠れた声で答えながら、潤んだ瞳でカークを見上げる。
カークはそんなティアナを見て固まった。
……なにか…おかしく感じてしまうのはなんでだ…?
姫様だって女性なわけで…女性らしいか弱さがあってもおかしくないはずなのに、違和感だらけだというよりも違和感しか感じない。
何より姫様がいくら足を怪我しているからといっても大人しく助けを待っているはずがないと、そう思ってしまう時点で俺は間違っているのか…?
そうカークが自問自答をしていると、ティアナは困ったように首をかしげ、カークの腕を掴んだ。
「…私の声、聞こえてる?」
ティアナの声で、カークは慌てて視線をティアナに戻す。
眉を下げてカークをじっと見つめるティアナは、いつになく弱々しく、いつになく小さく見えた。
「あぁ…はい。すいません、反応が遅れて…」
「もしかして、あなたもどこか怪我をしたの?」
「いえ、俺は大丈夫です。この通りピンピンしてますから」
カークがそう片腕に力こぶを作ると、ティアナは目を伏せてから小さく、
「そう…良かった」
と呟いた。
……おかしい…。
いつもならば、本当に?と確認してくるか、怪我をしたならすぐに言ってね、と念をおしてくるかなのに…。
塔に入ってから、姫様は別人のようだ。
まぁ、悪い意味ではなくて、こっちの方が女性らしく、淑やかで良いのではとも思ったりもするが…。
どうにも調子が狂って仕方が無い。
「…とにかく、ここから進みましょうか」
カークはグルグルと回る思考を一旦停止させ、ティアナにそう呼びかけながら背中を向けて腰を下ろした。
「…うん、皆を探さなければならないものね」
ティアナは、そんなカークの背中にゆっくりと乗る。
そんなティアナをおぶって、カークはゆっくりと進み始めた。
「他の皆はどこに飛ばされたんでしょうね」
カークは、どこまでも続いているように見える廊下を歩きながらそうティアナに話しかける。
「うん、全然見当たらないものね…」
ティアナは小さな声で、そう答える。
心なしか、いつもよりも口調がはっきりとしていないようだ。
それほど足が痛むのだろうか。
カークが右腕で支えている方の足は、紫色に変色してしまっているし、普通の15歳の少女であれば、我慢出来ないような痛みだろう。
いつも気丈すぎるティアナに、安心しきっていた所もあるのかもしれない。
これからは、もっと気をつけて見るようにしなくては、とカークは思い直した。
その時、カークの肩に手を添えていただけだったティアナが、急にカークの背中に密着する。
驚いて、一瞬カークの心臓が高鳴った。
「…姫様?」
カークが訝しげに声を上げると、ティアナは小さな声で、言葉を放つ。
「…ありがとうね」
「……え?」
「いつも、私を助けてくれて…あなた達が支えてくれるから、私はこうして、祭器を集めることができる。本当に、感謝しているわ。あなたにも、他の皆にも」
「…どうしたんですか急に…そういうことは、一番姫様を手助けしてるクレア将軍に言ってあげてくださいよ」
「…そうね、後で合流出来たら、クレア将軍にも言わなくては」
そのティアナの言葉に、カークは眉を寄せた。
…クレア将軍?
姫様がクレア将軍などと呼んだことは今まで一度も聞いたことがない。
「………」
そういえば…この塔の中で姫様と出会ってから…俺は一度も名前を呼ばれていない気がする。
だとすると……もしかしたら、違和感の答えは…。
「そういえば姫様、姫様がクレア将軍と出会ったのって、いつだったんですか?」
カークは、自分も知っていることを、あたかも知らぬようにティアナに聞いた。
するとティアナは一瞬の間の後、こう答えた。
「さぁ…随分と長いこと一緒にいるから、いつかは忘れてしまったわ…」
その答えにカークは、まだティアナとクレアが旅に出る前、三人で城の中で、己を磨いていたころに、ティアナが言っていた言葉を思い出した。
『クレアと出会った日のことも、あなたと出会った日のことも、私は絶対に忘れないわ。私の人生の中で、一番大切な日だから』
カークが口を開こうとした直前に、ティアナがおもむろに言葉を紡いだ。
「それよりも…」
そう言いながらティアナは右手をカークの背中から離し、自分の懐に手を伸ばす。
カークはそんなティアナの左腕をぐっと掴むと、前に強く引っ張った。
その衝撃でティアナはカークの背中を離れ、カークの目の前に放り出された。
一応地面にティアナの体が叩きつけられないように左腕は掴んだままで支えてはいるが、ティアナは急なことに驚いたように瞬きをした。
「ちょっと、急に何するの…?」
ティアナは、カークに視線を向けて、眉を下げる。
「こっちの台詞です。懐にそんな物騒なもの隠し持ってたくせに」
カークはティアナが右手で懐の中に隠し持っているものに目星がついていた。
「……あら…いつ…バレたのかしら…?」
ティアナの声で言葉を紡ぎ、ティアナの顔でティアナの姿をした何かはカークに視線を向けた。
そして次の瞬間、すさまじい速さでティアナの姿をしたなにかは右手で掴んでいた短剣を抜き放つと、カークの腕に突き刺した。
カークの腕からは、赤黒い血が流れ出るが、カークは顔色一つ変えない。
ティアナの姿をした何かの体を支えていた手を放すと、その体は床に投げ出された。
「…で、あんたは誰だ?」
カークは床に投げ出されたティアナの姿をした何かから目を離さずに、自身の左腕に刺さった短剣を抜くと、自分の後ろへと投げ捨てた。
「うふふ…私は私」
そう言いながら、足の怪我も気にせずに、ティアナの姿をしたなにかは立ち上がる。
「偽物だと、見破れたのは褒めてあげるけど…あなたは私を殺せるのかしら? この姿の私を。あなたの大切な、守るべき主人でしょう?」
「殺せないよ」
カークは静かにそう答える。
気づいたところでだ。
俺は、この敵が姫様の姿をしている時点で反撃するすべなどない。
「あら…じゃあ……残念。あなたは私を殺せなくても、私はあなたを殺せるの」
ティアナの姿をしたなにかは、ティアナと全く変わらない優しげな笑顔をカークへとむける。
そして静かに地を蹴ると、カークを蹴り倒した。
カークは、頭を蹴られた上に、倒れた拍子に頭を地面にぶつけ、頭からも血が流れる感覚に襲われた。
「…はっ……力も姫様と同じってか…」
「あら、笑っている暇はないわよ?」
頭を押さえながら立ち上がろうとしていたカークの腹を、ティアナの姿をしたなにかは容赦なく蹴りつけた。
カークは痛みに顔をゆがめるが、ティアナの姿をしたなにかがが立っている場所にできていた血だまりで、彼女が少しだけ足を滑らせたのを見逃さなかった。
彼女が軸にしていた方の足を払って倒すと、カークはその上に素早く乗った。
「…! 重っ…!!」
ティアナの姿をしたなにかは、カークの下でもがくが、カークのような高身長なうえに筋肉量も多い男に上から体重に加えて押さえつけられては、ほとんど動くことができなかった。
「あんたの力が姫様以上なら、こんな風に押さえつけることはできなかった。性格以外は忠実で助かったよ」
「…ふぅん、そう…これで勝ったつもりなの?」
そういった瞬間ティアナの姿をしたなにかが緑色の光に包まれ、そして次の瞬間カークの下から消えた。
カークは目を見開いて、後ろを振り返る。
すると、もう躱すこともできないほど目の前に、先程自分が投げ捨てた短剣を握ったティアナの姿をしたなにかが迫っていた。
「…っ……!!」
カークは目を閉じて、痛みを覚悟する。
その切っ先がカークののど元に届く直前、カークは柔らかな風を頬に感じた。




