二つ目の祭器の塔へ②
照りつける灼熱の日差しの中、広大な砂漠を突き進む一行の姿があった。
ティアナたち一行がオアシスから出発してから既に三時間ほどが経過していた。
ミスティ曰く、もうすぐ祭器の塔に着くのだそうだ。
そんな中、ティアナはクレアの背中の上で、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
十五歳の少女を背中に背負ったまま、砂漠の中を何時間も歩き続けるのは、流石のクレアと言えど苦しいはずだ。
いつもよりも息が荒いし、何度も柔らかい砂に足を取られている。
前を行くカークはさも何も乗せていないかのようにミスティを背中に乗せて歩いていっているが、ティアナとミスティではまず、身長も重さもティアナの方が上なのだから、クレアの方が辛くなるのは当然である。
「…クレア、ごめんなさい、私…やっぱり這ってでも一人で…」
「大丈夫ですから、ティナはなにも心配しないで下さい」
ティアナの言葉を遮るようにして、クレアは冷静そうにそう返した。
まぁ、冷静を装っていて実はかなり辛そうなのは、ティアナも分かっているのだが。
それでも、クレアはティアナを下ろす気は無いようだ。
ティアナはそんなクレアを助けようとあれこれ考えるが、自分ができることが何も浮かばない。
そこでティアナは、水色の羽を持つ美しい妖精を呼んでみることにした。
「ウンディーネ、居る?」
『えぇ、何? ティアナ?』
すぐに返ってきた綺麗な声に安心して、ティアナは質問を続けた。
「怪我を治すのではなくて、疲労の回復は出来る?」
『まぁ。私にできないと思っているの? それぐらい、朝飯前よ』
「本当? じゃあお願い、力を貸して!」
そう言うと、ティアナの手に力がみなぎる。
ティアナが一人で喋っているように聞こえたクレアが、小さくティアナの方を振り返った時、ティアナの手の甲は水色の光を放ち、その光は四つの球体になったかと思うとクレア、カーク、ミラン、ミスティの体の中に吸い込まれて行った。
ティアナの下で、クレアの呼吸が整っていくのがわかる。
暑さで俯き気味だったミランも、元気を取り戻したようで先程よりも背筋が伸びたように見える。
急に軽くなった体に、ミランは驚いているようだ。
一方でカークは、ウンディーネの力の効果もわからないほど、元々ピンピンしていた。
あの底なしの体力はどこから来るのだろうと驚くほどだ。
逆にミスティはすっかり暑さでカークの背中の上でのびていて、変化が見られなかった。
結局、効果があったのは二人だけのようだ。
ティアナがミスティに効かなかったことを少し残念に思っていたとき、クレアが口を開いた。
「ティナ、駄目じゃないですか、また力を使って…」
そう、困ったように眉を下げてティアナの方を見る。
「でも、少しは楽になったでしょう?」
「はい、ありがとうございます…けど、これから祭器の塔に行くんですよ? 何が起こるかわからないんですから、力の無駄遣いはダメですよ」
クレアのその言葉に、ティアナはでも、と口を挟む。
「歩けない分、私も何か皆の力になりたいんだもの」
ティアナの言い分に、クレアはぐっと言葉に詰まる。
ティアナはそんなクレアの背中を優しくとんっと叩くと、にっこりと笑って見せながら言う。
「最近は、力を使ってもあまり疲れないの。ディザの巣でみたく、使いすぎるとダメだけど…これぐらいなら全然大丈夫なのよ。だから、少しぐらい私にも皆の手伝いをさせて」
そんなティアナの言葉に、クレアは小さくため息をついてから、眉を下げて優しく笑った。
「無理だけはしないで下さい」
「うん。わかっているわ」
ティアナがそうクレアに言葉を返した時、前の方を歩いていたカークの背中の上のミスティが声を上げた。
「あ〜あそこだよ〜祭器の塔は」
バテたような声にカークは呆れたように自分の背中に乗った幼い少女を見た。
「あの中に連れていってくれるんだろう? しっかりしろよ?」
そうカークは言いながら背中に乗ったミスティを少し揺さぶった。
そんなカークとミスティのやり取りを聞いていたティアナとミランは、前方に視線を向けるが、先の方にはずっと、同じような砂漠が続いているように見える。
「……?」
どこに祭器の塔があるのかしら…。
そんな風に思った時、ティアナの事をおぶってくれているクレアが、ティアナの心を読んだかのように答えをくれた。
「ティナ、今本当に目の前に、祭器の塔を隠す砂の壁があるんですよ」
そんなクレアの言葉を聞いて、ティアナは目を凝らしてみるが、それでもよくわからない。
「俺たちはティナとミランがディザの巣に居る時にここに一度来たんです。ほとんど壁があるようには見えないと思いますが…」
クレアの言葉の途中で、前方を歩いていたカークが立ち止まった。
そのすぐ後ろを歩いていたミランは、驚いたように目を見開いている。
「すぐ近くまで行くと、地平線が見えなくなるので何かあるのだと分かるんです。」
クレアの言葉通りだった。
カークやミスティ、ミランがいる場所まで行くと、目の前の地平線は消えて、空の方まで砂が不自然に伸びている。
「…これは…壁…? なの…?」
ティアナはそう言ってみるが、壁にしては、どこにも影がなく、そして砂漠の柔らかな砂と全く色も質も変わらなさそうな見た目なのに壁となるほど高く積み上がっている。
こんなことが、自然に出来ることとは思えなかった。
このように、自然のど真ん中に祭器を隠す仕掛けのようなものを作り出してしまうのだから、妖精の力というのは恐ろしい。
「さぁ〜て…じゃあ、ミスティもちょっと頑張っちゃおうかな…」
面倒くさそうな、疲れたような声で、ミスティはそう言う。
思った以上の長旅で、ミスティは正直もう嫌になっていた。
帰ったらヴィレムにいっぱい褒めてもらわなきゃ
そんな風に思いながら、ミスティはカークの背中から飛び降りた。
そして、腰に下げている袋から鎖を取り出す。
「皆、ミスティの左腕に触っててね」
鎖は右手に握り、ミスティは左腕を他の皆の方に突き出す。
全員がミスティの左腕に触れたのを確認すると、ミスティは右手に持っている鎖をぶんっと振った。
すると、五人の体が緑色の光に包まれて、その場から忽然と姿を消した。
次にティアナが目を開いた時、一番にその目に飛び込んできたのは、緑色の独特な装飾が施された一つの塔だった。
その塔の姿は、以前ミランたちと会った場所にあった、赤っぽかった祭器の塔と酷似していた。
その祭器を囲むようにして、四方と上まで、砂の壁で覆われていた。
そのため、この場所には光がほとんど届かずに涼しく、そして暗いことから塔の異様さが増していた。
「これが…二つ目の祭器の塔なのね…」
そんな風にティアナが呟くと、ミランが頷いた。
「…僕の祭器が…反応してる」
そう言いながら、ミランは自分の腰に下げている短剣を見やる。
すると、その探検は桃色に光っていた。
「うん、ミスティのピクシーちゃん達もだよ」
そう、ミスティはミランに言葉を返した。
ミスティが持つ袋の中からは、四色の光が漏れ出ている。
「じゃあ、行こっか!」
ミスティの言葉に、他の四人は頷いた。
祭器には、やはり重そうな扉がついており、それをミスティは軽々と引っ張って開けた。
「たーのーもー!!」
ミスティはそんな間延びした声で塔へと向けて叫ぶ。
扉が開いたことでか、塔は緑色に輝き始めた。
これも、一つ目の祭器の塔と同じであった。
暗かった空間を、異様な緑色の光が包む。
ただ一つ前回と違ったのは、塔の扉の奥は内装なども無く、真っ黒で何も見えなかったことだ。
その黒は、突然扉からはみ出してきたかと思うと、扉の前に立つ五人を容赦無く飲み込んだ。
暫くはその黒い空間は波打っていたが、やがてその場にはもう誰もいないのが分かったかのように動くのを止め、ミスティによって開かれた扉がバタン、と音を立てて閉まる。
砂に囲まれた空間には、何事も無かったかのように緑色の塔が一つ、佇んでいた。




