二つ目の祭器の塔へ
砂漠の夜は日中の気温からは想像できないほど冷え込み、火を側で焚いていないと手足がかじかんでしまう程であった。
先程まで、ウンディーネに聞いたことをクレアに話してくれていたティアナは、今はクレアの腕の中でぐっすりと眠っている。
クレアは、そんな風に眠っているティアナを寒さから守るように布と腕で覆ってやっていた。
冷え込んできたのを、カークやミラン、ミスティも眠りながら感じているのか、三人で一つの布の中で身を寄せているのが見てとれた。
ティアナをなるべく動かさないように気を付けながら、クレアは焚火の炎の調節をする。
消えない程度まで火が大きくなると、クレアは小さくため息をついた。
ティアナの話を聞いた限り、ティアナとミランのことをディザの巣に落とした人物は、クレアやティアナも知っている人物であった。
クレアは、自分の腕の中で安らかな表情をしながら眠るティアナを一瞥すると、困ったように眉を下げた。
前途多難とは、まさにこのことだ。
出来る限り、ティアナを危険な目には合わせたくないと、クレアは思っているが、こうも周りが敵だらけであると、どうしようもなくなってしまう。
とにかく、あの人物に次に会うことがあれば、ティアナを一人には絶対にしない、とクレアは胸に誓った。
そんなクレアの脳裏には、紺色の髪をもつ男の姿が浮かんでいた。
翌朝、地平線に太陽の頭が見え始めたころ、ティアナは目を覚ました。
重い頭をなんとか持ち上げて、片手で目をこする。
すると、すぐ傍から聞きなれた声が聞こえた。
「ティナ、おはようございます」
穏やかなその声に、ティアナは、にこりと笑いかけながら言葉を返す。
「おはよう、クレア…。火の番、ありがとうね」
ティアナがそう労いの言葉を述べれば、クレアは首を横に振った。
「いえ、考え事をしていたら、あっと言う間に夜は過ぎてしまいましたから」
クレアのその言葉に、ティアナはいつもよりも小さな声でクレアに問いかける。
「もしかして、昨日話したことを考えていた?」
「はい…。本当に、あの人がやったとウンディーネは言ったんですね?」
「うん、間違えないわ。それに、きっとウンディーネは嘘も言っていないはず」
「はい。けど、どうしてディザの巣に落とす必要があったんでしょうか」
「それもまとめて、本人に聞いてみようと思うのだけれど…。今度会った時にでも」
ティアナがそこまで言った時、ティアナとクレアから少し離れている場所に敷かれた布がもぞもぞと動き出した。
「んーーー……」
体に掛かった布を跳ね除けるようにして起き上がったのは、ミスティだった。
切りそろえられていた前髪は、寝ぐせによって激しく上に向かって跳ねている。
「おはよう、ミスティちゃん」
ティアナは、そんな風にミスティに声をかけながら、クレアに小さく、この話はまた今度というように目くばせをした。
クレアもその意図をくみ取ったのか、小さくうなずいた。
「…おはよう……あれ…お姉ちゃん、目が覚めたんだね…?」
寝ぼけ眼で、ミスティはティアナの顔をみると、そう驚いたように言った。
「あの顔色だと、しばらくは…意識戻らないかと思ってたのに…」
そう言いながら、ミスティは大きなあくびをした。
そんなミスティの声と動きで、そばに寝ていたカークも目を覚ました。
そして、ティアナの意識が戻っているのがわかると、安心したようにはにかんだ。
カークやミスティと一緒に眠っていたミランだけは、まだ目を覚ます兆しは見えなかったが、疲れているところを無理に起こすのは可哀そうだということで、とりあえずはまだ寝かせておくことにして、他の皆は朝食の準備を始めた。
とはいえ、朝食などというものをまともに作ることができるのはこのメンバーの中ではカークだけなのだが。
ティアナも手伝おうとするが、片足もまともに動かない状態のため、クレアにもカークにも止められてしまった。
ティアナのことを止めたクレアも、料理の手伝いをしようとすると、カークに止められている。
それ程、クレアは武器の扱い以外は不器用なのだ。
いつもは色々と手伝ってくれるミランも眠っているため、カークの仕事が倍ぐらいに増えてしまう。
お腹がすいたと駄々をこねるミスティをあやしながら料理をするカークの姿は、母親のようだとクレアは思うのだった。
カークが料理を作り終えるころ、ミランに掛けられていた布がもぞもぞと動き、水色の髪をした少年が上半身を起こした。
ティアナはそんなミランにいち早く気づき、にっこりと笑う。
「ミラン、おはよう」
そんな風にティアナが穏やかな声で言うと、それを聞いたミランは自分に掛けられていた布を跳ね除け、ティアナに駆け寄ってきたかと思うと、何も言葉を発さずに抱き付いた。
「み…ミラン…?」
ティアナが座ったままの状態で、ミランが全体重を乗せて飛びついてきたため、ティアナはミランを支えきれずに、背中から地面に倒れこみ、驚いたようにミランに声をかける。
「…ティアナ…良かった…」
そのミランの声は、本当に安心したような、嬉しそうな声であった。
「ミラン、ありがとうね、私のことを運んでくれて…それから、薬も作ってくれて」
ミランはティアナに抱き付いたままで顔見えないが、ティアナはそんなミランの頭を優しくなでながらそう礼を言った。
そのティアナの言葉に、ミランは小さくうなずいただけだったが、ティアナにはミランに感謝の気持ちが伝わっていると分かった。
その後皆で朝食を取り終え、後片付けはクレアとミランも手伝って行った。
片付けが終わると、ミスティが元気よく言った。
「さぁて! そろそろ行こっか!」
そんな風に言いながら、ミスティは祭器の塔がある方向を指さす。
「待て、ミスティ。姫様はまだ足があまり動かせないんだぞ」
カークは、ミスティの言葉を聞いてそう反論するが、そんなカークの肩を掴んで、クレアが言葉を紡ぐ。
「いや、ティナは俺がおぶっていくよ。この場所に居るほうがこの日差しで体調が悪くなりそうだし、ディザが襲ってくる危険性もある」
そんなクレアの言葉に、カークは確かに、と小さくうなずいた。
カークとクレアの会話の中、ティアナはというと、申し訳なさそうに俯いていた。
「ごめんなさい皆、私が足を引っ張ってしまって…」
そんな風にいつもより勢いのない声でティアナは言うが、その場に居る人たちは皆、そんなことは気にしていなかった。
「まぁ、姫様ぐらい軽ければ、クレア将軍みたいなひょろい人でも運べるでしょ」
カークは悪戯っぽく笑いながら、クレアに言う。
「カーク、お前馬鹿にしてるだろう」
クレアはむっとしたようにカークに言葉を返すが、カークは楽しそうに笑っているだけで言葉は返さなかった。
「クレア兄さんが運ばないなら、僕がティアナを運ぶよ」
クレアがからかってくるカークを睨んでいて動かないのを見たミランは、ティアナを軽々と持ち上げると、そんな風にキッパリという。
ミランの腕はティアナと変わらないぐらい細いが、程よく筋肉もついているため、ティアナを簡単に持ち上げることができた。
「ちょ…っと、待てミラン!」
慌てたように言うクレアを置いて、ミランはティアナを抱えたまま、ミスティとともに歩き出した。
それを、クレアは慌てて追いかける。
そんなクレアを見て楽しそうに笑いながらカークも後に続いた。
一方でミランに抱えられているティアナは、みんなの優しさをひしひしと感じていた。




