旅路②
オルゼビアの城から出て二日たった夜、ほとんど木が生えていない剥き出しな山からやっとの事で降り立ち、ティアナたちは久しぶりに平地に寝泊まりすることになった。
ミスティはぐっすりとカークの背中の上で眠っており、もうもはや案内人という役割を果たしていない。
カークはといえば、もうミスティが背中に乗っていることに慣れたのか、ミスティをおぶったままで、焚き火のそばで夕飯の片付けをしている。
ティアナもそれを手伝ってはいるが、手際ではカークに大きく劣る。
そんなカークを見て、ティアナはふと思い立つ。
「…何だかカーク……」
「……? 何ですか?」
「子守しながら家事してるお母さんみたい」
「いやいやいや、俺男ですし! それにしてもこの子、連れてきた意味あったんですかね」
「うーん…」
ティアナは顎に手を当てて考えるが、ミスティはというとはじめの方は張り切っていたが、最近は祭器の塔の方角もよく分かっていないようだった。
「でも、ミスティちゃんが居ると、とっても空気が和むじゃない?」
「…そうですか? この間はこの子にトドメを刺されていた人が居ましたけど」
「トドメ?」
ティアナが首をかしげている間、カークの頭には赤髪の青年の姿が浮かんだ。
「ティアナ、カーク」
そんな声が暗闇から聞こえて目を凝らすと、水色の髪がちらりと見えたと思うと、すぐにミランの姿が焚き火に照らし出された。
「寝る場所の用意もできたよ。といっても、布を敷いただけだけど…」
「わぁ、でも今日は横になって眠れるのね!」
「今までほとんど岩に寄っかかって寝てたからなぁ…姫様は何処か痛くなったりしてませんか?」
「私はクレアに寄りかかって寝ていたから大丈夫よ。ただ、カークとかクレアの腰とか肩とかが痛そうで、少し心配していたの」
ティアナは、そう心配そうに言う。
いつも、ティアナはクレアに寄りかかり、ミランとミスティはカークに寄りかかって眠っていた。
おまけにカークは日中も殆どずっとミスティを運んでいるし、クレアは外界の獣と呼ばれるオークやベルディーヤなどと戦っていた。
まだ二日とはいえ、身体への負担は大きいだろう。
「俺は別に平気ですよー。あんな感じの場所で寝るのははじめてじゃないですから。それに戦闘はほとんどクレア将軍がやってくれてますし、この子は軽いんであんまり背負ってる感じもしないし」
カークはそう笑いながら言い、片付けをすべて済ませた。
「結局のところ一番疲れる役回りはクレア将軍が一手に引き受けてますよね」
「うん…そうなのよ。オークぐらいとなら、私もちゃんと戦えるんだけど…クレアがびっくりするぐらいの速さで倒しちゃうから、手の出し用が無いのよね…」
「…クレア兄さん……なんだか最近、戦う時…力んでる気がするんだ。上手く言えないけど…僕は今のままじゃダメだと思う」
そんなミランの意見に、ティアナはここまでの道のりでのクレアの戦闘を思い出した。
少し前までは、戦う時だけは何だかクレアらしからぬ少し楽しそうな笑顔で戦っていたのに最近はめっきりそんな笑顔が見られなくなった。
「……けど、俺、クレア将軍が力んでいる理由、何となくわかる気がします。」
そんな風に、カークが呟くように言った。
オルゼビアの城にいる間、ずっと共に稽古をしてきたのだ。
クレアがどれほど必死に、ティアナを守るために力をつけようとしていたのかは、何もクレア自身から聞いていなくてもわかっていた。
「本当? どうしてなの?」
「……それは、俺か言ったらいいか分かんないから言わないですけど…あの人はあの人なりに必死なんじゃないかと。そこまで気にしなくても、きっと直ると思いますよ」
ティアナの問いかけに、カークはそう答えるが、ティアナにはよく理解ができなかった。
一方でミランは、カークの話を聞き終わると理解したというように小さく頷いた。
そんなカークとミランを交互に見て、ティアナはえ?え?と疑問の声をこぼすのだった。
しばらくすると、暗闇からガサガサという音がして、焚き火の光の中に赤髪の青年が入ってきた。
「ただいま戻りました」
そんな風にクレアは太い槍の柄を地面について言った。
「お帰りなさい、クレア!」
「はい。この辺りの化物たちは一掃してきました。暫くは大丈夫じゃないかと。けど、なるべく固まって眠った方が良さそうですね」
「そう、お疲れ様、ありがとうねクレア」
そんなやり取りの最中、ミランはふと、クレアに鼻を近づけた。
「……? ミラン?」
「…クレア兄さん…怪我してる? 血の匂いがする…」
「えっ! 大変! 早く見せて」
そんな風にティアナがクレアに近づいていくが、クレアは両手を前に出して手を振り、
「いや、本当に掠っただけなので、大丈夫ですから…」
とティアナから離れようとする。
そんなクレアをミランは後ろからガッチリと羽交い締めにした。
ティアナがミランに向かって親指を立てると、ミランはコクリと頷く。
「ちょっと…! 離せミラン!」
ミランの腕から逃れようとするクレアの両手をティアナがぐっと掴む。
すると、クレアの元々あった左腕の大きな傷の上に白い布が巻かれており、その布には血が赤く滲んでいた。
「こんな雑に手当したままじゃ駄目じゃない」
「大丈夫ですって」
そう言いながらティアナの手から自身の両手を引き抜き、ミランの事も引き剥がす。
「私の時はしつこいぐらいに心配するくせに…」
「ティナは別です。カトランガの王女なわけで、傷が残ったら大変でしょう」
ティアナは、そんなクレアの赤茶色の瞳をムッとしたように見返すと、手の側面でべしっとクレアの腕の布が巻かれているところを叩いた。
「いっ…!」
「痛いんじゃない。そこに座りなさい!」
「い…いいですって! 気にしないでください!」
ギャーギャーと騒いでいる二人をカークは遠巻きに見つめながら、ため息をついた。
…お互いに、お互いを大切に思っているくせに、自身のことには無頓着だから毎回あんな感じになっちゃうんだろうなぁ……
そんな風にカークは思いながら、背負いっぱなしだったミスティを敷かれた布の上に寝かせ、その上から余っていた布を掛けた。
その間にも、ティアナとミラン対クレアの言い合いは続く。
まぁ、そうは言ってもミランは殆ど声は発していないが。
そんな時、ティアナが埒が明かないと思ったのか、クレアから少し離れると、小さく呟くように妖精の名を呼んだ。
「ウンディーネ…!」
『はーい。あのニンフェケーニヒ様の赤い子の傷を治せばいいのでしょう?』
「うん! お願い」
ティアナの耳にだけ、その透き通るような声は届く。
ティアナの返事を聞いた声の主、ウンディーネは、美しく微笑むと、しなやかにティアナの肩に手を当てた。
ティアナが手に力を込めれば、手の甲が光だし、その水色の光は円を書くようにして周囲に広がった。
しかしその光は、今までよりも薄いもので、そして波紋のように広がって行っていた水色の光は、クレアの腕の傷まで到達すると、その傷の場所に集中し、すぐに消えた。
クレアの腕の傷は、何事も無かったかのように完治し、クレアは慌ててティアナに駆け寄った。
「ティナ! また俺なんかに力を使って…! 大丈夫ですか? 具合悪くなってないですか?」
クレアはそんな風に心配そうにティアナに聞くが、ティアナ自身も驚くほど、疲労が体に来ていなかった。
「大丈夫よ。もしかしたら、今、力を制御して使えたのかもしれない…。」
「よかった…。すみません、力を使わせてしまって」
「何言ってるの、せっかくウンディーネが側にいてくれるんだもの。力を使うべき時は使わないと」
「…けど……」
クレアはそこまで言いかけてから、緩く首を横に振った。
「いえ、ありがとうございます、ティナ。助かりました」
その言葉に、ティアナは嬉しそうに笑った。
「ウンディーネも、ありがとう」
クレアにもウンディーネの姿は見えないが、先程の光はウンディーネがそばに居るという証拠だ。
クレアがそう礼を言うと、再び透き通るような声がティアナの耳に届いた。
『まぁまぁ。私にもお礼を言ってくれるなんて、なかなかの紳士ね。良きお友達を持っているのね、ティアナ?』
「えぇ、私の大切な友達よ」
「…? なにか言っていました?」
「うん、クレアはなかなかの紳士だって」
「…は?」
きょとんとするクレアをみて、ティアナは少し笑ってしまう。
自然に他者の気持ちを考えられるのも、クレアの良いところなのだとティアナは思う。
そう思っている時、クレアの後ろに立っていたミランが、クレアの腕を引いた。
「ティアナ、クレア兄さん、そろそろ寝るでしょ?」
もう夜はだいぶ更けてきていた。
そんなミランの静かな声に、ティアナとクレアは一度顔を見合わせてから頷いた。
布の敷かれた方へ歩いていくと、布は二枚敷かれていて、その一方の布には既にミスティが寝かされており、その横にカークが座っていた。
「ミラン、一緒に寝るだろ?」
そんなカークの問いかけに、ミランはふるふると首を横に振った。
「僕は木の上の方がいいから…」
ミランはそう言うと、近くに生えていた木を器用にするすると登っていき、高い位置にある枝の上で止まると、そこに安心したように座った。
それを見てティアナは、確かカトランガにあった祭器の塔の側に住んでいた時は、ミランはよく木の上で寝ていたなと思い起こした。
「…あんな所で寝て、落ちたりしないのか…?」
「うーん…一度も落ちているところは見たことがないけれど…」
「あそこが落ち着くのなら、それでいいんじゃないか?」
そんな風に三人で話す。
早くもミランは眠ったのか、木が揺れる音は聞こえなくなった。
夜の静けさに包まれて、長時間歩いたことでの疲労も相まって三人の眠気を誘う。
自然と寝転がり、目を閉じると、優しい眠気が押し寄せてきた。
ティアナが夢の中に落ちそうになった時、たくましい腕に引き寄せられた。
驚いて目を開けると、クレアが荷物に入っていた布と外套でティアナを包み込んでくれていた。
「夜は少し冷えますから」
「…ありがとう」
「おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
そうして静かな言葉を交わしてから、眠りへと落ちていった。




