旅路
ある夜、ミスティはヴィレムの部屋を訪れていた。
「ヴィレム、今日も寝ないの?」
そうミスティは机に向かうヴィレムに向かって問いかける。
オルゼビアの城に帰った来てから、ヴィレムは全く休まずに仕事を続けている。
そんなミスティに、ヴィレムは少し疲れたような声で言葉を返した。
「あぁ、俺のことはいいから、ミスティは早く寝ろ。明日は早朝からここを出なければならないのだぞ」
その言葉に、ミスティは頬を膨らませた。
「ミスティは今日いっぱい寝たからいいんだもん! なにかミスティに出来る事ないの?」
「……」
ヴィレムがちらりとミスティの方に視線をやれば、ミスティは期待したようにヴィレムをじっと見つめている。
ヴィレムはその視線に耐えきれず、小さく溜息をつきながら言った。
「なら…茶でも入れてきてくれるか」
そのヴィレムの言葉にミスティは元気よく頷いた。
そして部屋を飛び出していくと、ものの数分で帰ってきた。
両手で盆に乗った茶をヴィレムへ持っていくと、ヴィレムは小さく笑ってミスティに礼を言った。
ミスティは嬉しそうに頷きながら言う。
「後は何かしてほしい事ある?」
「いや、今は無いな。明日のために早く寝ろ」
「うーん…ねぇヴィレム、何で結界を貼ってまで隠してる祭器の塔にあの人たちを連れていくの? それって、ヴィレムに何か得があるの?」
ミスティはそうヴィレムに問いかける。
ミスティには、こんなにも忙しく自身の仕事に追われているヴィレムが、何故ミスティに頼んでまでカトランガから来た人達に力を貸そうとしているのか理解出来なかったのだ。
「まぁ、確かに、奴らは放っておいても祭器の塔を見つけるだろうし、その間に死ぬほどヤワな奴も居なさそうだが、それでは時間が掛かりすぎる。損得という考え方ではないが、一刻も早くあの女には祭器をすべて集めてもらわなくては困る」
「なんで?」
「妖精の木は、既に大部分が枯れ始めている。あれが更に酷くなれば、オークみたいな奴らが大量に出てくるだろう。そうなれば他の国だけじゃなくオルゼビアも危ない」
「でも、今居る妖精使いの力を撃ち込めばいいんでしょ? ならあの子がいなくても出来るじゃん」
「いいや、力を撃ち込む前に、フィーシアンのゾルを叩く。あの女はその為の大幅な戦力だ」
その言葉を聞いて、ミスティはふーん、と小さく声を出す。
「そんなに強そうには見えなかったけど…」
「あいつは妖精の愛し子だ。祭器を集めずとも妖精の力を扱うことができ、無限に妖精の力を振るい続けることが出来る」
「じゃあ…戦ってる途中に力の使いすぎで倒れちゃうとかは無いってこと?」
「そうだ。だが、そうなる為には祭器の手助けが必要になる。故に早く祭器をすべて集めた上で、こちら側の味方につけなければならにないんだ。そのために、明日は頼んだぞミスティ」
その言葉に、ミスティのやる気は燃え上がった。
結局のところ、ミスティにとっては何故ティアナたちの手助けをするかということの理由よりも、ヴィレムの役に立つということのほうが重要なのだ。
そんな気持ちは、三年前、ヴィレムに助けてもらってから微塵も変わっていない。
「わかった! ミスティ頑張るよ!!」
そうミスティが言うと、ヴィレムはあぁ、と少しだけ素っ気ない返事を返しながら小さく笑った。
「だからとりあえず今は早く寝ろ」
「ヴィレムは?」
「俺もこの書類の整理が終われば寝る。心配するな」
ミスティはその言葉を聞いて、やっとヴィレムの部屋を出て行った。
扉が閉まり、部屋に静寂が戻ると、ヴィレムは深いため息をついた。
「…ゆっくり眠ることができるのは、あとどれぐらい先になるんだろうな」
そんな風なつぶやきが、ヴィレムの部屋の内に響いた。
翌朝、ミスティは日が登って間もなく、目を覚ました。
寝ぼけたままいつものように長めの髪を二つに結わえる。
「あーあ、またヴィレムと離れ離れって嫌だなあ」
そんな風に愚痴をこぼすが、どうせミスティはヴィレムに頼まれればどこへだって行くのだ。
服を着て、腰に祭器の入った袋を下げると、自分の部屋の扉を勢いよく開ける。
そして、大きく伸びをすると、一人で頷いた。
「よーし! 頑張るぞーー!! パパッと終わらせちゃうんだから!」
そんな風に自分に言い聞かせるように言うと、城の中を走りだした。
幸いティアナたちはすでに起きだし、支度もしてあった。
そんなティアナたちを城門の付近で見つけるとミスティは大きく手を振る。
「おはよー!!」
そんな風にミスティが言うと、ティアナたちがこちらに気付いた。
「おはようミスティちゃん。よろしくね」
ティアナがそう言葉を返す。
「みんな準備はできてるんでしょ? じゃあ行くよ! ミスティについてきて!!」
ミスティはそう言いながら城門を出た。
それに、ティアナたちの一行が続き、祭器の塔への旅が始まった。
のだが、一時間も歩き続けると、いつの間にかミスティはカークにおぶってもらっていた。
「この道、本当にあってるのか?」
少し息を切らしながら、カークがミスティに聞いた。
今は、むしろ道とも言えないような地面がむき出しな山をひたすらに下っていっている。
「うーんとね、たぶん!」
「多分!?」
その場にいた皆がミスティのほうを向いたが、ミスティは笑顔を崩さない。
「まあ、大丈夫だよ! 一週間ぐらい歩き続ければ着くって!」
「それ全然大丈夫じゃないじゃないか…!?」
「えー文句言うなら勝手に行きなよー。ミスティもう疲れちゃった」
「自分で歩いてもないだろ…」
先頭を歩くカークとそれにおぶさっているミスティの口論が続いている中、ミランは顔色一つ変えずに歩いていた。
この中で二番目に幼いということを忘れてしまうぐらい、子供っぽさがない。
一方でオルゼビアの城の中でずっと体を鍛えていたクレアも、体力的にはなんの問題もなく、進んでいく。
それに、ティアナは必死について行っていた。
少しでも気を抜けば滑り落ちてしまいそうな斜面に気を張っているうちに、随分と体力を消耗してしまっていた。
それで泣き言など言わないのがティアナの性分なのだが、泣き言も言わない分、口数もないに等しかった。
話す元気すらほぼなくなってしまっていたのだ。
「……ティナ、大丈夫ですか?」
「…うん、大丈夫」
「乗りますか?」
クレアはそう言いながらティアナに向かって背中を向けるが、ティアナはそのクレアの背中を軽く叩いて、
「ううん、大丈夫。ありがとう」
とだけ短く返事をした。
そんなティアナを見ながら、クレアは心配そうな表情をしていたが、正直ティアナにそれを気にしている余裕はなかった。
初めのほうは滑らかだった斜面も、急になってきて、デコボコしているところも増えてくる。
そして、小さな段差をミランに続いてティアナが飛び降りたとき、着地した地面が少しだけぬかるんでいて、ずるっと足を滑らせた。
後ろから慌ててクレアが手を差し伸べたが、それよりも早く前を行くミランがティアナの腕を掴んで引き寄せ、体制を立て直させる。
「……絶対滑ると思った…」
「あ…ありがとう、ミラン…!」
ティアナがほっとしたような笑顔をミランに向け、ミランがそれに頷いている間、クレアは差し出した行き場のない手をさまよわせていた。
すると、随分とタイミングよく後ろを向いていたカークが、悪戯っぽく笑いながら
「ちょっとかっこ悪かったですね、クレア将軍」
とクレアに向かって言い放つ。
それを聞いてミランとティアナが振り返る前に、クレアは行き場のない手を素早くひっこめた。
「うっ…うるさい」
そうカークに言葉を返すが、追い打ちをかけるように、ミスティが笑いながらクレアに言葉を投げつける。
「うん! 今のはダサかった!」
「……」
返す言葉もなくクレアはミスティとカークから視線をそらした。
「……? クレア、何かしたの?」
「なんでもありません!」
ティアナの質問を即答で跳ね除け、クレアも段差を下る。
それから少しの間、ティアナとミランの疑問そうな視線と、カークとミスティのからかうような視線がクレアに突き刺さっていた。




