祭器使いの生き方
ヴィレムとミスティが城へ帰ってきてから、一日が経過した。
ヴィレムが帰ってきてからも、いない時と同じように行動を制限しないで置いてくれるのがありがたい。
制限せずとも、ヴィレムはティアナたちな自分の手が及ばないほどの脅威にはならないとふんでいるのだろう。
昼前、ティアナはイレブロスから借りていた書物を返そうと廊下を歩いていた。
そんな時、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
「姫様」
そんな風にティアナを呼ぶのは、ここでは一人だけだ。
ティアナがくるりと振り返ると、そこにはカークが立っていた。
「カーク、おはよう。どうしたの?」
「おはようございます。いや、姿が見えたんで声をかけただけで、特に何も。どこへ行くんです?」
「これを、イレブロスさんに返しに」
そうティアナが言うと、カークは目を見開いた。
「へぇ…これってあの人が書いたんですか?」
「えぇ。妖精に関して色々なことが書いてあったわ」
「…でもそれ、貴重な情報ですよね? なんでほいほい教えてくれるんでしょう。姫様は隣国の王女なわけで、教えても得はないだろうに」
「…わからないけれど、ありがたいことよ。」
「俺は姫様やクレア将軍みたいに頭がいいほうじゃないからわからないですけど、あの人のことは、あんまり信じすぎない方がいいと思いますよ。なんとなくですけど…」
そういうカークに、ティアナは頷いた。
「わかった。与えてもらった情報だけを鵜呑みにする気はないわ。自分で考えることも大切だもの。だけど、今は親切にしてもらっているのだから感謝しなくては」
そうティアナが笑顔を向けると、カークは少し首をすくめた。
「そうですね。余計なことを言ってすみません。」
「ううん、ありがとう。そうだ、ずっと聞こうと思っていたのだけれど、あなた、ヴィレムの案内をするためにカトランガの城を出たのでしょう? 戻らなくて大丈夫なの?」
「あぁ…それなんですけど……それはイレブロスさんに聞いた方が早いと思います。あの人、ヴァイゼアス王と付き合いが長いみたいで…なにか連絡を取ったらしいんですけど、詳しくは聞けていないんで…そっちに聞いてみてくれますか」
そんなカークの言葉に、ティアナはこくりと頷いた。
「わかったわ。それじゃあ私、少しイレブロスさんのところへ行ってくるわね」
そう言うと、カークは頷いて手を振った。
それにティアナも小さく手を振り返すと、再び廊下を歩き出した。
歩いている途中、今持っている書物に書いてあった内容を思い出す。
妖精使いについては、リザナス、オルゼビア、カトランガ、フィーシアンに一つずつある祭器の塔をまわり、四つの祭器を集め、そして四国の中心にそびえる妖精の木に赴き、力を授かれ、と書かれていた。
祭器使いについては、主である妖精使いから心を離すな、忠実であれと書かれていた。
ティアナは思う。
これを読む限り祭器使いというのは、祭器を手に入れた後はずっと妖精使いに尽くさなくてはならないという意味なのではないのか、と。
それでは祭器使いに自由がないのではないか、と。
そして、もしかすると、ヴィレムに前に仕えていた祭器使いがピクシーに殺されたのは、祭器使いたちがヴィレムのことを裏切ったからではないのか、と、そんな風にティアナは考えていた。
もし、この予想が正しければ、私自身が、大切な仲間であるミランを一生縛り付けることになる。
そんなことはしたくない。
ミランはきっと、何よりも自由を求めていたはずなのに、それも叶わないということになってしまうのではないか。
ミランのことを祭器使いにして良かったのか。
それがティアナにとって不安であった。
そんなもやもやした気持ちを抱えたまま、ティアナは
いつもイレブロスさんがいる部屋に辿り着くと、手の甲で扉を軽く二回叩いた。
「はい」
扉の奥から、透き通るような女性の声が聞こえたと思うと、扉が開き、ラミアが顔を出した。
「あら、ティアナ。どうかしましたか?」
そんな風にラミアは首をかしげて笑顔を浮かべながらティアナに問う。
相手がイレブロスであれば、真顔でなんですか、と対応するところであり、ティアナとイレブロスでは大分扱いの差が開いているようであった。
「ラミアさん、おはようございます。これをイレブロスさんに返しに来たんです」
そう言いながら、ティアナは書物を差し出した。
「ありがとうございます。今回はなにか分からないことはありませんでしたか?」
ラミアは書物を受け取りながらそうティアナに聞く。
少し前から、ティアナが書物を読んでいてわからないことがあると、ラミアがさり気なく優しく教えてくれるのだ。
ティアナとしては、とても優しく面倒見が良い姉ができたようで嬉しかった。
「大丈夫です。いつもありがとうございます」
そうティアナが言うと、ラミアは真っ白な髪を揺らしながらふわりと笑った。
「いえ、またいつでも聞いてください…と言いたいところなんですが、これからは、そうもいかなくなってしまいますね」
ラミアの言葉を聞いて、ティアナは首をかしげた。
その時、ティアナの目に部屋の中の風景が映った。
そこには、まとめた荷物が二つ分置かれていた。
「イレブロスさまと私とシュティレは、国に帰ります。長らく滞在してしまったので、国の業務の方も心配ですし、国王があまり国を空けるというのも良いことではないので」
「そうなんですか…」
ティアナが少し残念そうに言うと、部屋の奥の方からシュティレが顔を出した。
シュティレはミランに祭器の使い方を丁寧に教えてくれていた女性だ。
ティアナはあまり話したことは無かったし無口そうな人だが、どこかミランと同じような優しい雰囲気を感じさせる。
シュティレはこちらへ歩いてくると、少し屈んでティアナに目線を合わせた。
薄い紫色っぽい瞳が、じっとティアナを見つめる。
そして小さな声で、
「またね」
とティアナに呟くように言った。
ずっと無表情だったシュティレが少しだけ笑った気がした。
「あ…はい…! あの、今、イレブロスさんは…?」
「イレブロス様は、少し先に国に戻られました。用が出来たようで」
「お一人でですか…?」
「まぁ、あの人は移動することだけは速いですから」
ラミアの言葉にティアナが首を傾げると、ラミアは少しだけ説明してくれる。
「イレブロス様の妖精、エルフは主のことを別の場所に光の速さで移動させること出来るのです。まぁ、移動している間、イレブロス様自身は何も出来ないのですけど…もう、リザナス王国の中心地には着いていると思いますよ」
ラミアはそこまで言い終えると、荷物を持つ。
「それでは、私達もヴィレム様に挨拶をしてから行きます。リザナスに訪れる際には、こちらを国境の警備の者に見せてください。」
ラミアはそう言い、ティアナに不思議な模様の彫られた石を渡した。
「通行手形のようなものです。イレブロス様は、ティアナがリザナスへ祭器を求めてやってくる時は歓迎すると仰っていましたので、渡しておきます」
「あ…ありがとうございます」
「では」
部屋を出て、くるりと背を向けたラミアとシュティレを見て、はっとカークのことを聞かなければならないのだとティアナは思い出した。
「あ…あの!」
そうティアナが呼びかけると、ラミアとシュティレは振り返った。
「カークのことを聞きたいのですけど…」
「カークさんですか…?」
「…ラミアさん、イレブロス様が…前に言ってた、ヴァイゼアス王と連絡を取ったというやつじゃないですか」
シュティレが思いついたようにそう小さな声で言う。
それに、ラミアがあぁ、と思い出したように両手を合わせる。
「イレブロス様が、ヴァイゼアス王にカークさんをティアナさんの従者とするように頼んだそうですよ。祭器使いとするために。ヴァイゼアス王は快く承諾してくれたそうです。そういえば、イレブロス様はカークさんに詳しく説明していなかったですね。伝えておいていただけますか?」
そのラミアの言葉に、ティアナは小さく頷いた。
「わ…わかりました。でも、祭器使いになるかは、カークに聞いてみないと…」
「なりますよ。彼は。クレアさんには及ばずとも、彼もティアナさんのことを随分大切に思っているようですし。それでは、ティアナさん伝言は頼みました」
「あ、はい。ありがとうございました」
そうラミアに返しながら、自身の父であるヴァイゼアス王と、イレブロスとの関係がどんなものなのだろうかと考えたが、想像もつかなかった。
カークは第三将軍だ。
第二将軍であるクレアもティアナに付いているのに、カークまで城の外へ出すなんてことをしても良いのだろうか。
まだ他に将軍がいるにしても、城の兵力は大きく削げてしまうのに。
イレブロスに頼まれてカークを城の兵力から離すことを承諾してしまうとは。
それほどイレブロスの力が強いということなのか。
その答えがティアナに分かるはずがないのだが。
ラミアはそのティアナの言葉を聞くと、小さく頷き返し、今度こそ踵を返して廊下を歩いていってしまった。
ティアナもその場にいる理由がなくなり、どこへ行こうかと考え始めた時、後ろから声が聞こえた。
高くて元気の良い、子供の声だった。
振り返るとそこには、青みがかった黒髪を二つに束ねた可愛らしい少女がにこにこと笑っていた。
「ヴィレムから伝言預かってきたんだよー!」
そんな風にミスティは元気よく言った。
「なんて?」
そうティアナが屈んで視線を合わせながら聞くと、ミスティはすぐに答えを返した。
「明日の朝、ここを出て祭器の塔まで行くよって! 明日はミスティが案内してあげるから、一緒に行こうね!」
「ミスティちゃんが? ヴィレムは来ないの?」
「ヴィレムは今お仕事がいっぱいあって手を離せないんだって。ミスティ手伝ってあげたいけどよく分かんないしできないの。だから、お姉ちゃんたちはミスティが連れて行ってあげる」
「ありがとう」
こんな小さな女の子に案内してもらうというのもおかしな話だ。
ほかの兵などではダメなのだろうか。
そうティアナは思ったが、よく考えれば、このオルゼビアの城に居る兵の数は恐ろしく少ない。
カトランガの十分の一居るか居ないかだ。
何故なのかはティアナには分からなかった。
一見して敵が攻めてくればすぐにでも落とされてしまいそうな城だが、城に常時結界を貼っていることから、無防備な訳では無いようだ。
なぜこんなにも兵が少ないのか、ヴィレムに聞けば教えてくれるのだろうか、とティアナは思うが、それは他国の王女である自分が踏み込んではいけない領域な気もしてならない。
ティアナが礼を言うと、ミスティはニッコリと笑って
「うん!」
と、頷いた。
「じゃあ、明日ね!」
そう言って走り去っていく小さな背中を見送ってから、ティアナはその場をあとにした。




