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変わり者と妖精の木  作者: きょんしー
妖精使いへの一歩
41/67

オルゼビア帝国

昨晩寝泊まりした場所から、数時間歩いた所に、帝都はあった。

栄えた市場の中央にある高台のうえに、大きな城がそびえ立つのが見える。

ティアナたちは片手を日除けのようにして額にあて、上を見上げてその大きさにため息をついた。

ヴィレムがずかずかと市場の中に入っていくのを見て、クレアとカークは唖然とした。

皇帝が、こんなに堂々と市場の中を歩いて良いのだろうか、と。

それも、供も連れずにだ。

ヴィレムの姿を見た国民たちは、驚いたように、だが嬉しそうに声を上げた。


「ヴィレム様だ!」


「ヴィレム様がご帰還なさった!」


たちまちそんな声は市場中に広がり、皆が尊敬と感謝の眼差しでヴィレムを見ていた。

ティアナは、そんな国民の反応を意外に思っていた。

国民に対しても、ヴィレムは横暴なことを言っているのだとばかり思っていたからだ。


そんな時前から誰かが走ってきた。

その男は門番のような格好をしており、細い槍を持っていた。

男はヴィレムの前に跪くと、何かを報告し始めた。


「……様の行方が…今朝からわからなくなっておりまして…」


名前のところはティアナには聞き取れなかったが、そんなようなことをその男はヴィレムに報告した。

ヴィレムはその報告を聞いた瞬間、額に手を当てて大きなため息をついた。


「だから長く城を開けたくなかったんだ…」


そう言いながら、面倒そうに男に言った。


「あの馬鹿者を探し、見つけ次第城に連れ戻せ」


そう言い放って片手を行け、というようにひらりと振ると、男は急いで走って行った。


「おい、貴様ら。少し用ができた。この辺りで暇を潰していろ。それと、女。」


「…?」


ティアナがヴィレムの方を振り返る前に、ヴィレムはティアナの腕を掴んだ。


「貴様は共に来い。」


「ちょっと! 何なのいきなり」


そんな風にティアナを引っ張っていくヴィレムに、クレアは心配になって着いていこうとするが、人混みに揉まれてうまく進めず、あっという間に二人は見えなくなってしまった。

走り出そうとするクレアに、カークは、


「何だかんだでヴィレム殿は約束は守りますから、多分大丈夫です。二人が戻ってきた時のために、この辺りにいましょう」


と冷静に言った。


一方でヴィレムとティアナは市場の中を人混みに揉まれながら歩いていた。

クレアたちから引き離されたことで少しの不安があるが、ティアナだってトルワードから叩き込まれた体術をもっている。

それに、妖精使いといえど、ヴィレムはティアナとそこまで歳も変わらないであろう青年で、純粋な力だけでいえばティアナの方がおそらく上である。

いざとなればヴィレムを殴り飛ばしてクレアたちの元に戻ろうとティアナが思っている横で、ヴィレムは少し寒気を感じた。


「どうせ貴様は今無一文なのだろう?」


そう、ヴィレムは歩きながらのティアナに言う。


「そうだけど何か?」


「そのみすぼらしい格好をどうにかするために貴様に最適な金の稼ぎ方を教えてやる。」


「べつに私はこの格好のままでも…」


「いいからつべこべ言わずに着いて来い怪力女」


ヴィレムのティアナの呼び方にティアナが言い返さないはずもなく、歩きながらの口論は続いた。

そんな口論をしながら、ティアナはふと気がついた。

女の人が、普通に市場を歩いている。

それは、カトランガでは考えられないことだった。女性は男性に比べ、著しく身分が低く、建物から出るべきではないと言われ、家同士の関係を保つための物のように扱われることもしばしばだ。

オルゼビアの女性達は生き生きとしながら買い物や、世間話を楽しんでいるようだ。

ティアナも、外を歩く時外套を深く被らなくてもいい。

その時、ある光景が目に留まった。

ティアナはふと足を止め、じっとそれを見つめた。

それは、オルゼビアの人々にとってはごく普通のことで、ティアナと同じぐらいの歳の少女達が共に買い物をしている姿だった。

ティアナは、女友達が一人もいなかった。

それ故、仲が良さそうな少女達を見て、少し羨ましくなったのだ。


「おい! 何をしてる…」


突然立ち止まったティアナに、ヴィレムは怒鳴りかけてからティアナの目線を辿ってやめた。

そして一瞬沈黙すると、ヴィレムはティアナに問いかけた。


「貴様は妖精使いになってそのあとどうするつもりだ?」


「…どうしたの、急に」


「いいから答えろ」


「もともと、妖精の力を手に入れろというのは父上の命令なの。でも、今私は、妖精の力を手に入れられたら、女王になってカトランガを平等な国にしたいと思ってる。」


「…。」


ヴィレムはティアナの言葉を聞いて、少し憐れむような目でティアナを見た。


「…王になるということは、今よりもっと孤独になるという事だ。それだけ、肝に銘じて置くことだな。」


いきなりそんなことを言われても、今のティアナには理解ができなかった。

このヴィレムの言葉の意味を思い知ることになるのは、まだずっと先の話である。


「さぁ、下らないことで止まるな。行くぞ」


そう言いながら歩き出したヴィレムを、ティアナは早足で追いかけて行った。

数分歩いてたどり着いたのは、市場の外れの方だった。

外れの方だというのに、円のように人だかりが出来ていて、何やら騒がしい。

その円の方に向かって、ヴィレムは迷うことなく進んでいった。


「おい、店主」


そんな風に人混みの後ろから呼びかけると、人々は驚いたように振り向いて、歓喜の声を上げた。


「ヴィレム様!」


「ヴィレム様が来たということは、また金が大きく動くぞ!」


「今度はどんな強者だ?」


口々にそんな風な言葉を口走る人々を押し分けて、一人の色の黒い大男が顔を出した。


「やぁ、ヴィレム様! ご無沙汰してます。挑戦者を連れてきてくださったのですか?」


「あぁ。今日はこいつだ。」


ヴィレムは自分よりかなり背の高い男を見上げながらそう言い、ティアナを自分の前に突き出した。


「…へ? ご…ご冗談を…こんな少女ではとても…」


「それはやってみてから言うんだな。どうせまた、たんまりと掛け金が溜まっているのだろう? こいつは見ての通りの貧乏人でな。その金を取りに来たというわけだ。」


後ろから聞こえてくるヴィレムの声に、ティアナは首を捻ってヴィレムを見ると、


「掛け金?」


と問いかけた。


「あぁ、ここでやるのは賭け事だからな」


「…賭けるお金なんて私持ってないわよ。」


「俺が出してやる。倍にして返せ」


「なっ…!」


ヴィレムの横暴な言葉に、ティアナは言い返そうとするが、その言葉は周りの人々の話し声でかき消された。


「ヴィレム様が連れてきたということは、あのお嬢ちゃん相当強いのか?」


「いや、あの見た目で流石にそれは無いだろう…」


「しかし、今までヴィレム様が連れてきた者が賭けで負けたことがあるか?」


口々に皆が賭け事とやらについて話し合っている。

そんな中で、店主と呼ばれた大男がティアナに問いかける。


「…お嬢ちゃん、本当にやるか? 怪我の保証はなしだぞ」


「…もし勝ったら、どれぐらい貰えるの?」


「お嬢ちゃん、甘いものは好きかい?」


その問いかけに、ティアナはコクリと頷いた。

すると、店主が一つ屋台を指さした。

その屋台には、甘そうな菓子が沢山並んでいる。


「あの屋台をまるごと十個ぐらいは買える。」


「やります。」


ティアナはにこっと笑ってそう言った。

そのティアナの素早い答えに、店主は引きつった笑みを浮かべながら説明を始めた。


「ルールは簡単だ。そこに円形に石が埋めてあるだろう? そこから外に出たらお嬢ちゃんの負け。お嬢ちゃんが外へ出る前に、俺の持っている旗を奪い取ったら俺の負けだ。」


「わかった。」


そう言って石で作られた円の中に早速入ろうとするティアナを、店主は止めた。


「おっと、まだ観客が賭け終わっていないのでね。もうちょっと待っててくれ。」


店主がそう言ってから数分、随分悩んでいた最後の客も、どちらにかけるか決めたようだ。

殆どの者が当たり前のように店主が勝つに賭けている中、平然とした顔でヴィレムはティアナに賭けた。

それが余計、客を迷わせるようだった。


「さて、はじめようか。手加減はしないぞ」


そんな店主の声に、コクリと頷く。

そしてティアナは先手必勝と言わんばかりに、店主の方へ駆け寄って行った。

それを待っていたかのように、店主は腕を横におおきく振り、ティアナの脇腹を殴ろうとする。

それに、ティアナはタイミングよく飛び上がって店主の腕の上に一瞬着地する。

店主の腕を踏み台に、高く舞い上がったティアナは、そのまま、落下する勢いを利用して体をひねり、店主の背中を蹴り飛ばした。

長い金髪が太陽の光に反射してきらめき、誰もが一瞬目を細めた。

その一瞬の後、店主は円の外へ蹴り出され、握っていた小さな旗は、弧を描いてティアナの手に落ちた。

蹴り飛ばされた店主は目をぱちくりとさせ、周りの観客は驚愕して頭を抱えた。

そんな中、ヴィレムは満足そうに頷いた。


「店主、今回のもなかなかだったろう。」


「…えぇ、背骨が折れるかと思いました…」


なぜかヴィレムが得意げにいうのに、店主は頭を掻きながらそんなふうに言った。


「本当に、随分と強いお嬢ちゃんだ。約束通り、溜まりに溜まった掛け金は君に差し上げよう。」


そう言いながら渡された重すぎる袋に、ティアナは驚いた。

入口の紐が少し緩み、中をのぞき込んでみると、そこには今まででティアナが目にしたことがないほど多くの金貨が入っていた。


「こ…こんなに…? あなたの生活が苦しくならない?」


そうティアナが店主に言うと、ヴィレムが吹き出した。


「その店主は、ちまちまと掛け金からかすめ取っているから大丈夫だ。元より、賭け事で一番着実に儲けるのは業者の方だからな。」


「ちょっとヴィレム様、あまりそういうことを言わないでください。俺は皆様が楽しめるようにですね…」


「わかったわかった」


ヴィレムは適当に返事をしながら、ティアナに近づき、袋を取り上げた。

そして半分ぐらい金貨を取り上げると、あとの半分をティアナに返した。


「倍にして返してもらったぞ」


そうヴィレムは言うが、ティアナは別に抗議はしなかった。

それどころか、金貨をあと二枚ほど取り出すと、ヴィレムに渡した。


「なんのつもりだ?」


「昨日の結界のお礼。あなたのお陰で、やっとクレアが寝てくれたの。ありがとう」


ティアナはそれだけ言うと、くるりと踵を返した。


「どこへ行くつもりだ?」


「クレアの所に戻る。このお金をどう使うか、一緒に話さなくちゃ」


そう後ろ手にヴィレムに言うと、ティアナは一度振り返って店主にお辞儀をすると、走って元来た道を戻って言った。


「クレアって言うのは、あの子の彼氏か何かですか?」


「さぁな。俺の知ったことではない…というかあいつ、服を買えと言ったのに…」


ヴィレムはそう言いながら、顔をしかめる。

そして少しもやもやした気持ちで手の中にある二枚の金貨を見つめた。

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