リザナスの妖精使い
クレアは、ティアナを追いかけるのを諦めたあと、一人で道の端に寄って、ティアナとヴィレムが戻ってくるのを待っていた。
カークは、物珍しそうに目を輝かせていたミランを連れて、市場の中を見に行っている。
他国の市場に、カトランガの将軍が二人もうろついているというのもおかしな話だが、国境を超える際もヴィレムが居るおかげで審査などは無かった。
クレアからしてみれば、ヴィレムはまだ幼く見える。だが、その立ち居振る舞いはまさに国王のそれで、国王が代わってまもないとは思えないほどだ。
この市場の人々を見ても、ヴィレムは国民から愛される国王なようだ。
元々、オルゼビアの土地は砂漠が多い。
決して豊かな土地ではないはずなのに、市場はこの栄え様である。
なにがこの国を豊かにしているのか、クレアにはわからなかった。
「やぁ、君。この辺りではなかなか見かけない髪色だね」
そんな声が聞こえて、クレアは視線を上げた。
すると、目の前には紺色の長い髪を高い位置で束ねた背が高く、整った顔をした男が立っていた。
目が合うと、男はにっこり笑った。
「出身はリザナスだったりするのかい?」
「…いえ、俺は…」
そう言いかけて、カトランガから来たと言っては良いものかと、クレアは少し考えた。
「…あなたは、この国の人ですか?」
クレアは、質問を質問で返すことにした。
クレアに声をかけてきた男は、オルゼビアの国民のように、肌がほとんど隠れる丈の長い衣を腰の辺りで紐や布で固定した衣服とは全く異なる格好をしていた。
その男は、オルゼビアに比べれば丈の短い膝上ぐらいまでの衣を、腰の辺りで一枚分厚い布を挟んでから太めの布でできた紐で結び、その衣の下には丈の長い靴を履いている。
「私かい? 私はこの国のとあるお偉いさんに招かれてリザナスから来たのだよ。」
「へぇ…それで…俺に何か用なんですか?」
すっかりとその男は道の端により、クレアの横に居座ろうとしている。
「いやぁ、用というか、少し君に興味があってね。カトランガのクレア将軍」
その男の言葉に、クレアは目を見開き、その男と距離をとった。
「…なぜ、知っている?」
「嫌だな。そんなに警戒しないでくれ。カトランガに一度赴いた時、まだ少し幼い顔をした君を見かけて覚えていたのだよ。」
クレアのそんな反応にも、男は笑顔を崩さない。
「君がここにいるということは、ヴィレムも帰ってきたのかな?」
その男が発した名前に、クレアは更に驚いた。
オルゼビアの皇帝を呼び捨てにした?
この男は何者なんだ?
一定の距離を保ったままクレアがじっとその男の顔を見ていた時だった。
「クレア!」
と、クレアの背後から聞き慣れた声が聞こえた。
振り返ると、そこには金髪の少女が何やら大きな袋を抱えて立っていた。
その少女、ティアナは少し嬉しそうに、クレアを見上げている。
「ただいま」
そう言って、ティアナはにっこりとクレアに笑いかける。
「あら…そちらは?」
ティアナは、クレアの前にいる人物に気づき、クレアの体の横から顔を覗かせた。
そのティアナを見て、男は一瞬目を丸くしたかと思うと、優しげに笑い、クレアを避けてティアナの側に行くと、ティアナの手を取り問いかけた。
「なんと美しいお嬢さんだ。お名前をお聞かせ願えますか?」
「え…」
突然の事に、ティアナは固まった。
とはいえ、とっさに名を言ってしまわないあたりは流石である。
それを、クレアが仲裁に入ろうとした時、ティアナの目の前から、一瞬で男が消えた。
そして、横にある壁に何かが当たる鈍い音がした。
男がいた場所には、白っぽい胸ぐらいまである髪をなびかせながら仁王立ちする女の姿があった。
「…あぁ、そろそろ来る頃だと思っていたよ、ラミア」
そう、壁にぶち当たって倒れた男は顔を上げて笑った。
その名に、ティアナはふと、聞いたことのある名だ、と思った。
「にしても、声をかける前に蹴り飛ばすなんて酷いじゃないか。」
「…酷いのはどっちですか!!! 私がどれだけ探したとお思いですか!? ヴィレム様が帰ってくる前にあんたを見つけ出して城へ連れて帰らなければならなかったのにあんたという人はふらふらふらふらふらふら…!!!」
ラミアと呼ばれた女性は、大人しそうな顔に似合わずそう男に怒鳴る。
「おまけにこんな可愛らしい子を口説こうとして! あんたは自分の立場を自覚して下さい!」
「おや、ヤキモチかい?」
「死ね!」
「あはは、酷いなぁ。ちょっとした冗談じゃあないか。そちらの子は、カトランガの王女のティアナちゃんだろう?」
その男の言葉にティアナは驚いたように目を見張る。
「…私のこと、知っているんですか?」
「勿論だとも。あ、おかえり、ヴィレム」
そうティアナに言葉を返してから、その男はラミアの後ろにいた人物、ヴィレムに声をかけた。
いつの間にかやって来ていたヴィレムは、白い目で男を見ている。
「帰ってきて早々、騒々しい真似をしないでくれ、二人共」
「私は何も悪くないでしょう!?」
ヴィレムの言葉に、ラミアは振り返って言い返した。
「公衆の場で自分の主を蹴り飛ばしたがな」
「それも全部イレブロス様が悪いんです!」
そんなふうにラミアがビシッと人差し指をイレブロスと呼ばれた男に向けて言い放つ。
その言葉に、男は覇気のない顔であははと笑って頭を掻いた。
ラミアとイレブロス…
二つの名を頭の中で繰り返した時、ティアナとクレアが同時に声を上げた。
「あ!!」
そんな大声を二人同時に出すものだから、周りにいた人たちは驚いてティアナたちの方を見た。
「もしかして…リザナスの…」
そうティアナが恐る恐る言った時、イレブロスは服についた砂を払いながら立ち上がってにこりと笑う。
「あぁ、私はリザナスの国王、イレブロスだ。そしてこっちは私の大切な部下のラミアだよ」
イレブロスは、そう言いながら白い髪の女性を引き寄せる。
その手を、ラミアは冷たく振り払い、イレブロスは苦笑いをしながら手を離した。
イレブロスの言葉に、ティアナとクレアは唖然とした。
世界に数人しかいない妖精使いのうちの三人が、この場に揃っているのだ。
いや、ニンフェケーニヒがついているクレアも含めれば、四人だが。
ティアナにとっては、書物の中の文字でしか見たことがなかった人物が、今目の前にいることが不思議な感じがしてならなかった。




