ミランの責任
ティアナとクレアは一週間ほど、ミランたちの隠れ家に留まり、様々な仕事をこなしていた。
食料や衣服の調達、薬草などを貯蔵しておける蔵作り、破れてボロボロになっていた天幕の修理等だ。
ミランがティアナのことを認めたことで、その場にいた者達も皆ティアナとクレアのことを警戒しなくなり、むしろティアナとクレアは信じられないほど周りに馴染んでいた。
元奴隷であったクレアはまだしも、王族であるはずのティアナも同じように馴染んでいるのだから不思議である。
中にはそれでも王族やそれに従っている者に反感を抱く者もいるようだが、表立ってティアナに刃を向けたりする者は居なかった。
「妖精使いのお姉ちゃん」
そんな声がして、ティアナが後ろを振り返ると、あの時酷い怪我をしていた少年、マノンが立っていた。
「だから、私は妖精使いではないと言ったでしょう?」
ティアナはそう言いながら、膝に手をつき、少年と目線の高さを合わせた。
「それで、何か私に用事?」
「うん、薬草と野草を取りに行ってた人たちが戻ってきたんだ。毒がないか見て欲しいって」
「わかったわ。すぐに行くね。」
ティアナは少年にそう告げると、袖をたくしあげ、木を削っているクレアの元へ小走りで近づいていく。
「クレア」
そうクレアの名前を呼ぶと、すぐにくるりと振り向いた。
「天幕の柱、できそう?」
そうティアナが、脆くなっていた天幕の柱を新しいものに変えようと奮闘していたクレアに聞くと、クレアは少し汗を拭いながら答えた。
「はい、あとこの一本で終わりですから」
「そう、良かった。その前にね、狩りに行った一団が戻ってくるはずなの。岩門を開けるの、手伝ってあげてくれる?」
そう言いながら、ティアナは先日見せてもらったこの場所への正式な出入口である岩門の開閉の光景を思い出した。
普通の岩壁と変わりなく見えるその場所を力の強い大人達何人かがかりで少し押してから内側にのみある突起を使って左側に引っ張ると、そこが扉のようにして開くのだ。
こんな自然にはまず出来ない仕掛けのようなものが、ミランが見つけた当初からあったのだというのだから不思議だが、これのお陰で今日までミランたちは闘技場を襲うことを繰り返しても捕まってはいない。
やはり、このおかしな地形には、あの塔が関係しているような気がしてならなかった。
「わかりました。」
「ありがとう。それじゃあ、私はあっちで少し仕事してくるわね」
そう言ってティアナが歩きだそうとすると、クレアはティアナの腕を掴んで止めた。
「なに?」
「ティナ、働きすぎです。手の怪我だってまだ治っていないのですから、少しは休んだらどうですか?」
「それはクレアだってそうでしょう? あなたこそ、少し休んだほうがいいわ。あなたに倒れられては、いざと言う時に困ってしまうもの。ここがある程度落ち着いたら、あの塔の中に行かないねばならないのだから。」
「俺は大丈夫です。いつだってティナを守れるようにしておきますから。いいからティナは休んでください…」
そんな言い合いをしていると横からティアナもクレアも、誰かから襟首を掴まれた。
「わっ…ちょ…ちょっとミラン?」
「お…おい、離せミラン」
そう抵抗するふたりを、ミランはズルズルと引きずっていく。
「…二人して働きすぎだよ。そこの完成してる天幕で寝てて」
「「大丈夫…」」
クレアとティアナが同時にそう言いかけた時、ミランは鋭く眼光を光らせたと思うと、ミランにしては低い声で、
「寝てろ」
と言い放った。
その剣幕に、ティアナとクレアはぎょっとして口をつぐんだ。
「ミランってたまに怖いわね…」
ティアナはミランに引きずられながらそうクレアに小声で耳打ちをすると、クレアは困ったように笑い、
「昔はもっと可愛かったんですけどね…」
と小声で返しながら、昔のミランの笑顔を思い出した。
ミランは天幕の前にたどり着くと、ティアナとクレアをその中に放り込み、その外から腰に手を当てながら言った。
「いい? 夕刻までに休まず勝手に出てきたら…」
そこで間を置いてからちらりと腰紐に下げた短剣を少し抜いてみせる。
「ただじゃおかないからね」
「「…ハイ」」
クレアとティアナはなすすべなく素直に返事をする。それにミランは頷いて、天幕の入口の布から手を離した。
それを見て、ティアナとクレアは顔を見合わせると、そーっと天幕の入口へ近づいていき、その布を小さく捲った。
すると、少し先の方で、ミランが色々と指示を出している様子が見て取れた。
ミランは、寝る間も惜しんでティアナの知っている限りの薬草と野草の知識をものにしており、ティアナが居なくとも採ってきたものを判別できるようになっていた。
ティアナとそれほど背丈も変わらない少年であるのに、力仕事も大人と変わらぬ量をこなす事が出来る。
「…クレア。私、ミランに共に来て欲しいなどと、無茶なことを言ったかしら。ミランにはここに大切な仲間がいるのに…」
「それは心配する必要などありませんよ。ミランが自分の意思で決めるでしょうから。」
クレアの言葉を聞いて、ティアナは天幕の布から手を離した。
「…そうね、じゃあミランの言う通り、少し休みましょうか」
そうティアナが言うと、クレアも素直に頷いた。
「そうですね。最近はあまり寝られていなかったですし」
そんなふうに言うクレアと共に横になると、久しぶりに心地よい眠気が押し寄せてくる。
二人とも、一分もたたないうちに穏やかな眠りに落ちていった。




