ミランの責任②
ミランは、一通り皆に指示を出し終えると、自分は黙々と天幕に使う布を縫い始めた。
今まで張られていた天幕は、もはや布には穴がたくさん空き、屋根の役割を果たしていないものがほとんどだった。
だが、張り替えるための布を買う金も、繕うための糸を買う金も、ミランたちは持ち合わせていなかったのだ。
それらに必要な金をどうやって調達したのかといえば…
ミランは少し縫っている天幕から目線を外し、ティアナとクレアを押し込んだ天幕へと目をやった。
天幕の中にいるはずのティアナは、安い白い布を縫い合わせ、腰のあたりを紐で結んだだけという、王族とは思えない格好をしていた。
それというのも、ティアナは荒れたこの土地を見て、金が必要なのだとすぐに判断し、あろうことか自らの服を売ってしまったのだ。
ティアナいわく、前の服はいい布で出来ているが重くて動きにくく、今の服の方が全然動きやすくていいとの事だった。
理由はどうあれ、クレアがティアナのそんな薄着を許すはずも無く、ティアナはその安い布の上からクレアが持っていた羽織りを着ている。
そんなみすぼらしい格好を、ティアナは特に気にしていないようだった。
ミランはまた、縫っている天幕に視線を戻し、手を動かしながら考える。
ミランは、友達になろうと言って無邪気に笑った少女のことを、完全に信じたわけではなかった。
彼女の言っていることが正しいとは思った。
彼女がこんな元奴隷たちにしてくれたことが普通ではないと思った。
彼女の笑顔が、偽りではないように見えた。
だけど、それだけで簡単に王族を信じてはいけないと、ミランは強く思っていた。
ティアナを使って、他の傲慢な王族達をおびき出し、根絶やしにしてやろうかとも考えた。
しかし、なぜだかそう考え、想像するだけで今のミランにある良心が痛むのだ。
結局王族はいつだって自分の事しか考えていない。
そのはずなのに、ティアナのことはそんなふうにはどうしても思えないのだった。
…王族なんか、信じるべきじゃないのはわかっているのに…。
そこまで考えて、ミランの脳裏にミランのまだ短い人生の中の最悪の日の光景が映し出された。
武器を構え、追いかけてくる大勢の剣闘士たち。
目前まで来ていた外の景色が遠ざかっていく。
こちらを見て笑う金色の髪を持つ男。
それらを振り払うように、ミランは頭を振った。
「…やっばり…信じられない」
そう小さく呟いた時、ふと人の気配がして、目線を上げた。
するとそこにはクレアが立っていた。
「…寝てろって言ったのに」
「寝たよ。十分なぐらい。」
「そんなに時間たってないよ。」
ミランの返しに、クレアは返事をしないでミランの前に座った。
何も話さず、静かな時間が続いた。
本当はお互いに聞きたいことは沢山あったはずなのだ。
だが二人とも何も聞かずに、沈黙が続くばかりだった。
ミランはクレアが急に姿を消したことを恨んでいるわけではなく、むしろクレアが外に出られたことを喜んでいた。
だから、外へ出たその後のことをクレアに聞きたいとも思っていたが、何から聞いたら良いのかわからなかった。
クレアはミランが王族を恨み、ティアナに刃を向けたことに、何か理由があるのだと確信していた。
しかし、その理由について、闘技場から逃げたようなものの自分が詮索して良いものかわからなかった。
だからこそ、お互いに何も聞こうとしなかったのかもしれない。
クレアがミランのそばに来てから、どれぐらいだった頃だろうか。
ふと、ミランが口を開いた。
「…クレア兄さん」
そう名前は呼ぶが、ミランは手元を見たまま、目線は上げない。
「あのティアナっていうお姫様は、どんな人?」
「他の女性と比べたらがさつで怪力でなんでも突っ走っちゃう無鉄砲な人だよ。」
「……。」
そんなクレアの言葉に、ミランは呆気を取られた。
一国の姫君をなんという言い草だろう。
だが、クレアの話はそこまででは無かったようで、そこから更に言葉を続ける。
「だけど、自分よりも他人を優先できる優しさを持った素晴らしい人だ」
「……そっか…」
ミランは、そんなクレアの言葉を受けて、天幕を縫い合わせていた手を止めて、顔を上げた。
そしてクレアの背後に見つけた人物に、ミランは更に呆気を取られた。
「…クレア。」
静かな呼び声に、呼ばれた本人であるクレアは凍りついた。
「誰が…ガサツで怪力ですって?」
クレアが恐る恐るふりむくと、ムッとしたように口をへの字に曲げて、少し恥ずかしそうに頬を赤くしたティアナが仁王立ちしていた。
「ティ…ティナ…」
クレアがティアナの名をたじろぎながら呼ぶが、ティアナはむすっとした表情を変えずに、クレアに近づいた。
そしてクレアのすぐそばにしゃがむと、ガシッとクレアの体を掴み、軽々と抱き上げた。
「ちょっ…!!!」
「クレア、全然寝ていなかったでしょう! ミランに寝ろって言われたのは、私だけじゃないのよ! 私が窮屈そうだとでも思ったのかもしれないけど、クレアはちょっと私に気を使いすぎなのよ!」
ティアナはそう言いながら、自分よりも断然体が大きな大きなクレアを運んで行く。
そして、元居た天幕にクレアを放り込むと、
「少しはクレアも休んでよね」
とだけ言い放って、問答無用で天幕の入口の布を下ろした。
…なるほど、確かに少しガサツで、かなりの怪力だ。
そうミランは思いながらティアナを見る。
そういえば、初めはここにクレアを連れず、一人で乗り込んできていた。それを考えると、無鉄砲というのも合っているようだ。
ミランがそう考えているうちに、ティアナは天幕に背を向けて、こちらへ歩いてきた。
「…ミラン。私のことが信じられないっていうのは、当然のことだと思うわ。でも私、あなたのことがとっても気になるの。あなたのように、ほかの人のために、世界を変えようとしている人は、なかなか居ないから。あなたのような人が国を指揮できる立場になったらどうなるのかなって。」
ミランがクレアにティアナのことを聞いたことで、やはり自身は信用されていないとティアナは思ったようで、そうしっかりとした口調で言葉を紡いだ。
そこまで言うとティアナはにっこり笑いながらミランの前にしゃがんで言った。
「だから、私はあなたと一緒に世界を変えたいと思ってる。あなたやあなたの仲間に、危害を加えようなんて、思っていないわ。」
言い終えると、またティアナは立ち上がる。
「それだけ、ちょっと言いたかったの。私を信じるかも、これからどうするかも、あなた次第なんだけど…。それじゃあ私、ほかの人達の手伝いをしてくる。」
ティアナはそう言い残して行ってしまった。
世界を変える。
僕が、あのお姫様と一緒に…?
元奴隷の僕が?
有り得ない話だ。
おかしな話だ。
そう思っても、ミランはティアナから視線を外せないでいた。




