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ミランを追って④

ティアナはその少年ににっこりと笑いかけてから立ち上がる。

そして後ろを向くと、ミランがこちらを真っ直ぐに見つめて立っていた。

そして、ミランはティアナの方へ一歩踏み出した時だった。

ティアナの目の前に、何かが上から降ってきたのだ。


「…!?」


ティアナが驚いてそれを見ようとするが、ティアナの目がそれをしっかりと捉える前に、それは素早く動いてティアナの手を掴んだ。


「…ひっ…」


「ティナ!! ご無事ですか!?」


「…え……?」


驚いて軽く悲鳴を漏らすティアナは、その声を聞いて、顔を見て驚いた。


「クレア!? どうやってここに!?」


「その岩壁を昇ってきました」


「なんて無茶するの!?」


「それはこっちの台詞です!! ってティナ! 手を怪我してるじゃないですか!?」


「…あ、これは大丈夫よ、ちょっと切れているだけだから。」


「ちょっとじゃないです! 血が流れてるじゃないですか!」


クレアは応急処置にと持っている布を破ってティアナの手に巻く。

そのクレアの手を見て、ティアナは目を見張った。

必死で岩壁を登ってきたからか、指と爪の間には血が滲み、手のひらは擦り傷だらけ。腕には尖った岩で切ったのだろうか、大きな切り傷が生々しく見えている。


「…クレア、ごめ…」


「ティナ、申し訳ありません。俺は、ティナを守るために側に居るのに…これでは何の役にもたっていませんね…」


ティアナがクレアに謝ろうとするのを、クレアは遮って本当に申し訳なさそうに謝った。

そして、腰紐に引っ掛けていた槍を後ろ手に取ると、周りにいる人たちを睨みつけた。


「クレア兄さん」


そんなクレアに、怯まず近づいたのはミランだった。

ミランは真っ直ぐにクレアの顔を見ると、きっぱりと言った。


「その人に怪我をさせたのは、僕だよ。」


と。

その言葉を聞いた瞬間、クレアの武器を握る手に力がこもったのがわかって、ティアナは慌ててクレアの服を掴んだ。


「クレア! やめて!」


そんなティアナにクレアは一瞬だけ視線を向けたが、すぐにミランに視線を戻した。


「王族は倒すべき敵だよ。低い身分の人を虐げ、蔑み、酷使して不要になったら殺す。そんな奴が統治する国に未来はない。居なくなるべきだよ」


そんなミランの言葉に、クレアは何も言わない。

ただ、耳を傾けている。

しかし、武器を握る手の力を全く緩めていないのを、ティアナは知っていた。


「王族なんか、みんな傲慢で、野心家で、民のことなんか考えてない。」


その言葉ひとつひとつが、ティアナの胸に突き刺さる様だった。

自分が何もせず、退屈だと思って生きてきた日々の間に、もっと出来ることがあったのではないのか。

救える命が沢山あったのではないのか。

そう、責められているような気がしてならなかった。


「クレア兄さんは、なぜ王族に仕えてるの?」


ミランの問いかけに、クレアは即答した。


「俺は王族に仕えてるんじゃない。このティナという一人の人間の友達として側に居る。ティナは、他の王族とは違う。」


クレアはそう言い切り、ティアナの前に己の槍を守るように立てた。

ティアナはクレアの優しい言葉が涙が出そうなほど嬉しかった。


「…。クレア兄さんに、そこまで言わせるんだね。確かに、君は他の王族と違うみたいだ。」


ミランはそこまで言うと、先程ティアナが助けた少年を一瞥してから、ゆっくりと歩いてクレアとティアナの方へ近づいた。

そして、クレアの槍が届くほどまで近づくと、腕を背中に回し、ティアナに向かって頭をたれた。


「…ありがとうございます。僕の仲間を救ってくれて。」


そのミランの姿を見て、クレアは槍を引き、ティアナは少し目を見開いてから、ミランの方に一歩踏み出した。


「それは、当たり前のことをしただけだから…。ミラン、顔を上げて」


そうティアナが言うと、ミランは顔を上げ、大きな紺のような、濃い紫色のような瞳をティアナに向けた。

その瞳には、少し前には見られなかった光が見える。


「ミラン、私と、お友達になってはもらえない?」


そう、ティアナはミランに問いかけた。

ティアナには、ミランのように、王族を憎む人物が沢山いるのはわかっていた。

そんな人達から、対等な立場で色々な意見を聞きたかったのだ。


「…僕は…友達にはなれないよ」


ティアナが手を差し出すと、ミランは首を横に振りながらそう答えた。


「なぜ?」


「確かに、君は他の王族と違う。でもだからって君の両親や兄弟を許したりはしない。機会があれば、僕はそいつらを殺す」


「その必要は無いわ。」


ティアナの言葉に、ミランは反論する。


「必要ある。奴らがいなくならないと、僕たちに平和なんてないんだ!」


「大丈夫よ」


「なにが…!」


「私がこの国の王となり、この国の不条理を正す。奴隷の制度も、男女の差別も、私が無くす。」


ティアナの宣言に、ミランも、そして周りにいた多くの人達も驚いて目を見開いた。


「だから、世の中を変えたいと強く願うなら、殺すことで解決しようとしないで。殺せば、また恨みを生んで、戦いが終わらなくなってしまう。」


「…君は…本当にそんなこと出来ると思ってるの?」


「私がやらなきゃならない事なの」


ティアナの瞳には迷いなどいっさい映していなかった。

そんな瞳を見ていると、ミランは不思議となにも疑えなくなってしまう。

ティアナならば、大きな改革だって成し遂げてしまえるように、ミランは感じた。


「ミラン。私とクレアと一緒に来ない?」


そうティアナが問いかけると、ミランは一瞬間を置いてから首を横に振った。


「僕は…皆を守らなきゃ」


ミランは、ティアナが発する光に、思わず引き寄せられそうになった自分に驚く。


「すぐに決めてと言っているのではないの。どうしてもミランがここに残らなければならないのなら、無理強いはしないわ。考えておいてほしいの。それから、しばらく私とクレアにもこの場所にいる皆の生活の手助けを少しでもいいからさせてもらえないかしら」


そんなティアナの言葉に、ミランは驚いて目を見開いた。


「…どうして……そんなこと」


そう、ミランはティアナに問いかけた。

すると、ティアナはまっすぐとミランの目を見返しながら答えた。


「あなた達を救いたいの。私のような王族の血筋の者達が傷つけてきたあなた達のことを。それで、許してもらいたいわけではないわ。でも、私は今まで何もせずにのうのうと生きてきた私が許せない。だから、少しでもあなた達の手伝いをさせて」


何も、ティアナが嘘をついていないということは、ミランにはしっかりと伝わったようだ。

ミランは、一度周囲にいる自分の仲間達を見回す。

するとそこに居た者達は皆、ティアナに期待のような眼差しを向けているのだ。

それを見て、ミランは小さく頷きながら短く答えた。


「…わかった。」


「ありがとう! 精一杯やるわ! 宜しくね、ミラン」


そう言いながら、少し引っ込めていた手をティアナは再び少し前に出した。

ミランはその手を見つめて、戸惑ったように瞳を揺らす。

そして視線をさまよわせた時、クレアと目があった。

それに、クレアは小さく笑って頷いてみせる。

それを見たミランは、もう一度ティアナの顔を見てから、ティアナの手に目線を落とし、恐る恐るティアナの手を軽く握った。

そんなミランに、ティアナは満面の笑顔を向ける。

そのティアナの笑顔を、ミランは考えるような顔で見つめていた。

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