ミランを追って③
ティアナが小さな穴から抜け出して見たもの。
それは、四方を岩壁に囲まれた空間の中央にそびえ立つ、見たこともない装飾を施された赤っぽい塔であった。
そしてその手前には沢山の天幕が張られ、忙しなく動き回る者や天幕の中やそばに横たわる人など、軽く50人は居るようだった。
ティアナが一歩踏み出すと、少し高く作られた見張り台のような場所から、一人の男が
「侵入者だ!!」
と、うわずった声を上げた。
その瞬間、忙しなく動いていた者達は手を止めて、ティアナを睨みつけると、各々武器を手に取っていく。
そんな光景に構わず、ティアナは一番ひどい怪我をしているのであろう横たわる少年を見つけた。
ティアナがその少年に近づいていこうとすると、多くの者がティアナの前に立ちはだかった。
「ここを見つけられたからには、生かして返すわけにはいかない!」
そう瞳をぎらつかせながら、痩せた男達はティアナに武器を向けた。
そんな男達の方へ、ティアナは止まらず真っ直ぐに歩いてゆく。
そして、一人の武器に手を添えて、落ち着いた声色で言った。
「そこをどいて。早くしないと、その子が死んでしまう」
「…っ! 黙れ!! 外の者は皆俺達の敵だ!!」
すごい剣幕で男が振りかざしたボロボロな剣をティアナは頭を軽く動かしてかわした。
その時、ティアナは後ろから空を切る音を聞いて素早く振り向いた。
するとすぐ目の前に短剣が迫っており、かわせない!と思ったティアナは手で短剣の刃を掴んだ。
「…っ」
ティアナは手のひらに鋭い痛みを感じるが、目の前の人の表情を見たら、その痛みもあまり感じなくなった。
ティアナの目の前にはミランが泣きそうに顔を歪めて、それでも敵意をむき出してこちらを睨みつけている。
いくら強くとも、ティアナよりも年が下の子供なのだ、とティアナはこの時初めて思った。
ティアナは足に力を込めると、脇腹に回し蹴りをした。
思ったよりも軽かったミランは、少し離れたところにある木の根元まで転がって行き、木にぶつかって止まった。
そしてゆらゆらと起き上がると、前かがみになり俯いたまま小さく呟いた。
「…託されたんだ。僕は…やらなくちゃいけない…。闘技場にいる仲間を…全員救い出す! 邪魔は、させない!」
顔を上げたミランは、子供らしからぬやつれた顔で、しかし鋭い眼光はティアナへしっかり向けられていた。
「…そう…なら…」
ティアナは小さくつぶやきながら地を蹴った。
そしてミランの胸ぐらを掴むと、正面から顔を突き合わせた。
「先の夢より周りを見なさい!」
「…!?」
ミランは驚いたように目を見張り、一瞬瞳から憎しみの色が消えた。
「あなたが今すべきことはなに!? 目先の敵を殺すこと? それとも、仲間を救うこと? それすらもわからない者に、他者の命を預かる資格など無い!」
ティアナはそう言い終わると、ミランの胸ぐらから手を離して立ち上がり、背を向けた。
そして、さっき見た重症の少年の元へ歩いて行く。
先程まで必死にティアナが進むのを止めようとしていた男達も、ティアナがミランに言った言葉を聞いて動きを止めた。
突然目の前に現れた小さな少女の言葉の力強さと剣幕とで気圧されているようだった。
ティアナは少年の側にかがみ込むと、薬草をすり潰して、傷の部分に塗っていく。
ミランはそんなティアナを見ながら、ただ立ちすくみ、ティアナに言われた言葉を、思案しているようだった。
…傷が…思った以上に深いな…
ティアナはそう思いながら、あれこれ治療方法を考えてみる。
しかし、どれもこれも、材料が足りさすぎる。
こうしている間にも、横たわる少年はみるみるうちに弱っていく。
…救いたい…この子も、ミランも、この場にいる苦しんでいる人たちも皆…。
唇を噛みながら、そう思った時だった。
目の前を掠めるようにして、水色の蝶が通り過ぎた気がしたのだ。
そして、今度は、耳から聞こえる声とは違って、頭に直接響くような声がティアナに届いた。
『力を貸してあげましょうか?』
「…!」
当たりを見回すと、水色の蝶の姿は無く、そして今聞こえた女の人の声のような高い声を出せそうな人物も見当たらなかった。
…幻聴かしら…?
そう思いながら少年に向き直ると、また同じ声が聞こえた。
『あなたは私が求めていた通りの者だわ』
「…誰?」
ティアナは顔を上げてそう問いかけた。
するとすぐに返事が帰ってきた。
『うふふ、私はあなたに力を貸し与えることが出来る者よ。その子を助けたいのでしょう』
「…うん」
『それならば、私がすこーしだけ、力を貸してあげる。治癒の力をね』
「…あなたは…妖精なの?」
『力を使うの?使わないの?』
ティアナの問いかけにはその声はあまり答えてくれず、話を進めようとする。
「その力を使い代償はなに? 私は死ぬわけにはいかないの。大切なお友達と約束をしたから。」
『あら、私はあなたが変わらぬ限り、あなたから何かを奪おうなどとはしないわ』
変わらぬ限り…
その言葉が少し引っかかったが、ティアナは頷いた。
「ならば、力を貸して。」
『うふふ、そう言うと思っていたわ。後はあなたの感じるがままに。』
そう言ったきりその声は消えた。
どうしたらいいの?
そう声にだそうとした時、ティアナの右手の甲が小さく水色に輝き出したのだ。
ティアナはそれに驚いたが、それと同時に理解した。あの声の主が貸してくれた力の使い方を。
そして、あの声の主の名も。
なぜわかったのかは、ティアナ自身にもわからない。しかし、昔から知っていたかのような、そんな気すらするのだから不思議だった。
「ありがとう、ウンディーネ。これで皆を助けられる。」
そう小さくティアナは呟いてから、目の前の少年の傷に力を込めた右手をかざした。
すると少年の傷口を水色の光が包み、そしてその水色の光は、そこを中心に弾けるようにして円状に広がり、岩壁の付近で消えた。
その光が消えると、苦しげな少年の表情は、一気に良くなった。
驚くことに、傷も既にふさがっている。
それどころか、あちらこちらの天幕で驚きと歓声が入り交じったような声が上がった。
「なんだ!? 怪我が全部治っちまった!」
「ど…どういうことだ!?」
そんな光景を高いところから見下ろす一匹の水色の蝶は、ゆったりと羽ばたきながら赤色の塔の中へ消えて行った。
ティアナはその姿をしっかりとその目で捉えていた。
「…なるほど…あれが祭器のある塔なのね…」
そう小さく呟いて立ち上がろうとすると、目の前の少年が起き上がってティアナの顔を見あげた。
そして小さく、恐る恐るだが、はっきりと言った。
「…ありがとう」
と。




