再会
ティアナがハッと目を覚ますとそこは洞窟の中だった。
ティアナは、硬い岩壁に寄りかかるようにして眠っているクレアに寄りかかって眠っていた。
というのも、クレアがティアナを硬い地面で寝かせるわけにはいかないと頑固に言ったからである。
結果このような形になっているが、ティアナは自分のことよりもクレアのことの方が心配だった。
既に城から出て三日が過ぎ、もう追手も追いつけないだろうというところまで来ていた。
これまでの三日、ティアナとクレアはほとんど休み無しで歩き続けてきていたのだ。
特にクレアは、ティアナが疲れて動けなくなった時も立ち止まらず、ティアナをおぶってでも歩き続けた。
それだけ、早く城から離れ、ゼニアスの手の者から逃げ切らなければならなかったのだ。
しかし、ただ城から離れるために歩いているだけでは無かった。
西方国境よりも手前側、妖精の木付近にそびえ立つ高い崖。
その付近に妖精の力を得るための四つの祭器が祀られた塔があるのでは、とティアナとクレアは踏んでいた。
そのため、着々とそちらへ歩を進めているのだ。
ティアナは、背中に感じる体温とゆっくりとした鼓動の音で、クレアがちゃんと生きていると安心した。
少し後ろを向いてみると、クレアは余程疲れているのか、首がおかしな方向へ曲がっているにも関わらずぐっすりと眠っていた。
…これでは起きた時に絶対首が痛くなるわ…
ティアナはそう思いながら、クレアの膝の中から抜け出し、自身に掛けられた自分の外套とクレアの外套二枚を折り畳んでクレアの頭と岩壁との間にそーっと挟んだ。
それでもクレアは全く起きなかったので、ティアナはそのまま、クレアが起きるのを待つことにした。
しばらく、クレアの静かな寝息だけが洞窟の中に響いた。
その時、ずりっとクレアの頭がまたおかしな方向へ曲がる。
ティアナはそっと近づいていってもう一度なおす。
そんなやりとりを九度繰り返したが、またクレアの頭が外套の枕からずり落ちた。
「……。」
…そんなにその体制がいいのならそれで寝ればいいわ…
と、ティアナは諦めた。
それからしばらく、ティアナはクレアの傾いた、そして整った顔を眺めていたが、クレアは数時間、目を覚ますことは無かった。
クレアの顔を眺めるのも飽きて、やることが無くなってうずうずしだしたティアナは、少し外の空気を吸いに、洞窟から外へ出た。
緑の生い茂る森の中を歩いていくと、湖のようなものが見えた。
クレアが起きる前に水を汲んでいこうと思い、近くに生えている草を摘んで、編み、かごを作った。
そのかごの外側に大きな葉を括り付けると、ほとんど水は漏れなくなる。
書庫にあった書物たちに感謝をしながら、ティアナは湖へ近づいた。
すると、湖の近くに既に誰かひとり、佇んでいるのが見えた。
湖の色と同じ、透き通るような水色の髪に、ティアナは見覚えがあった。
「…あなたは…!!」
気づいた時には、ティアナは声を上げていた。
なぜなら、その水色の髪の人物は三年前、ティアナを助けてくれたミランだったからだ。
少し背は伸び、髪も腰近くまで伸びていたが、可愛らしい顔つきは変わっていなかった。
だが心無しか、昔は何の感情も映さないような無機質な瞳が、どこか変わったような気がした。
ティアナの声を聞いたミランは、こちらの姿を見つけると、少し驚いたように目を見開いた。
「やっぱりあなた、三年前に会ったことがあるわよね?お礼を言いたかったの。もう一度会えて良かった!」
「…うん、僕も…君に会いたかった。」
何が起こったのか、ティアナにはわからなかった。ミランはその言葉が言い終わると同時にこちらへ飛び出してきて、ミランの手に握られた小さな刃物が、ティアナの左腕をかすめたのだ。
「…!!」
ティアナは驚いて左腕を抑えながらミランから距離をとる。
なぜ、この少年が自分を攻撃してくるのか、ティアナにはわからなかったが、その答えはすぐに飛んできた。
「…お前達さえ…お前達のような王族さえ居なければ、闘技場の皆が苦しむことは無いんだ…!」
その言葉で、ティアナはハッと気づいた。
ミランの無機質だった瞳は、怒りと憎しみの感情で染められているのだと。
そしてその原因は、私や、私のような黄色い髪を持つ王族たちなのだと。
闘技場の話は、ティアナも本を読んで知っていた。
各地から集められた奴隷たちや猛獣が、命をかけて戦い、それを上位階級の者達が見て楽しむといった場所であった。
その書物には、その奴隷たちの生活や扱いなどは書かれていなかったからわからないが、良いものではないということは、ティアナにも分かっていた。
「…前に会ったとき、お前が王族だとわかっていれば…殺してやったのに…!」
ミランは怒りに満ちた刃と言葉をティアナに向ける。
それをティアナは比較的簡単に避けることが出来た。
三年前に既にオークを倒すことの出来た少年が、この程度の攻撃しか出来ないのだろうか。
そう、ティアナが訝しげに思った時だった。
ミランの口角が、少しだけ上がったのだ。
ティアナがハッとして辺りを見回した時にはもう遅かった。
周囲の木々には糸が張り巡らされ、多くの刃がこちらを向いて光っていたのだ。
つまり、ティアナはミランの罠にはめられたというわけだ。
逃げようにも、隙無く糸が張り巡らされており、どこにも逃げ場がなかった。
多少は怪我をしても構わない。とにかく、致命傷だけは避けなければ。
そうティアナが覚悟を決めた時、ミランが糸を引いた。
それと同時に襲いかかってくる予想外の大量の刃に、ティアナは思わず目をつぶってしまった。
…死ぬ…。
そんな言葉がティアナの頭の中に浮かんだ。
その時、体に強い衝撃が走り、ティアナは地面に倒れた。背中は打って痛かったが、いつまで経っても刃で切られたような痛みはやって来なかった。
自分の上に、何かが覆いかぶさっているような重みを感じて、恐る恐る目を開けた。
その時見た光景を、ティアナは一生忘れない。
ティアナの人生の中での一番の恐怖の瞬間だった。
ティアナが見た光景、それは、自分の上で血まみれで倒れる、赤髪の青年の姿だった。
「…クレア…?」
擦れた声で大切な友達の名を呼ぶけれど、その人は何の反応も示してくれない。
この罠を仕掛けた張本人は、またいつの間にか消えてしまっている。
ティアナはクレアの胸に耳を当てるが、そこからは何の音も聞こえなかった。




