勅命②
ティアナはティアナの父、ヴァイゼアス王の言葉に驚いた。
父上は私に、妖精の力を手に入れる機会をくれるというの?
「そして、その任務を達成した者を王の後継者として認めよう。」
さらに王の口から出た言葉に、ゼニアスもティアナも唖然とした。
王位継承権は、第一王子であるゼニアスで揺るぎないものだと思われていた。
男尊女卑のこの国では、歴史上女王など一度も立ったことは無い。
男尊女卑や、貧富の差の問題を解決するために全く動こうとしなかった王が、大きな変革の可能性を落としたのだ。
だが、やはりゼニアスは黙っていなかった。
それもそのはず、自分の確立された王位が王の一言によって一瞬で崩れ去ったのだから。
「お…王よ…。なぜ、王位継承権が私ではないのですか。」
「本当にわからぬのか?」
「……。」
「お前が知識も、身体能力も、そして民を想う気持ちも、お前の妹のティアナに劣っているからだ。」
はっきりと王にそう言い切られて、ゼニアスは何も言えなくなった。
だがそれは、王の言葉に押されて言葉を発せないわけではなく、激しい怒りで発するはずだった言葉を忘れてしまったかのようにティアナには見えた。
自分の真横から真っ直ぐと向けられた殺意に、ティアナは少しゾッとした。
この剣幕では、本当に殺されてもおかしくない。
それを知ってか知らずか、王は言葉を続けた。
「妖精の力を得る手段は、お前なら知っているだろう? ティアナ。」
「…は…はい…。」
「言ってみなさい。」
「…妖精の木に面する四国のどこかに位置する四つの塔を見つけ出し、そこから四つの祭器集め、妖精の木へ持っていくことです。」
「そう。つまりはお前達の任務は今ティアナが説明したことを成し遂げることだ。共はティアナはクレアを。ゼニアスはお前が所有している部隊を連れて行け。任務を達するまで、この城へ帰ることは許さぬ。」
「…王よ…。もしも、どちらかが死んだ場合は、王位はどうなるのですか?」
ティアナはその台詞を発することで、自身の命を守るための予防線を張ることにしたのだ。
王の返答しだいでは、自らの首を締めることになるが、兄の鋭い殺意にティアナにはその博打を打つしかなかった。
「私は妥協はしない。例えお前達のどちらかが死んでも、妖精の力を手に入れていなければ王座を譲る気は無い。」
王の返答に、ティアナはとても安心した。
ティアナは、見事予防線を張ることに成功したのだ。
だが、そう思えたのも一瞬だった。隣の兄をティアナがちらりと見た時、『そんなものは意味をなさない。』と、鋭い視線がこちらへ雄弁に語りかけてきていたのだ。
つまりは、例えティアナを殺した所で、それだけでは王にはなれない、とゼニアスは知ったが、ならば邪魔者を消してからゆっくりと祭器を探そう、ということなのだろう。
ティアナにとって、ゼニアス自身はそれほどの脅威ではない。
なにしろ、王が先程言ったように戦闘能力はティアナのほうがずっと高いのだ。
しかし、問題は彼が従える部隊である。
彼の下に就くものは、元々ゼニアスが牢獄にいた悪名高い賊などを救済し作り上げた部隊であり、殺し合いが好きな人材が揃っている凶悪な部隊だ。
そんな人物たちをまとめ上げる統率力は、唯一ティアナに勝るものであった。
「他に聞くことはあるか?お前達。」
その王の問に、もう首を横へ振るしかなかった。
「そうか、ならばすぐにでも任務を始めなさい。」
王はそう言うと、出ていけというように手を振った。
正直ティアナはここから外へ出るのが怖かった。
出てすぐの所で囲まれたらどうしよう。
扉が閉まった瞬間に殺されたらどうしよう。と。
そんな心配を抱えながら、ティアナはゼニアスの後について王の間の扉から出た。
扉が閉まった途端に、ゼニアスが舌打ちをした。
それに、ティアナは恐る恐る視線をゼニアスに向けた。
すると、ゼニアスの前には背の高い、茶髪の男が立っていた。
「ゼニアス王子、お久しぶりでございます。」
「…なぜここにいる、カーク。」
「ティアナ王女をお迎えにあがりました。」
「ほう?過保護なことだな。」
「いえ、それがクレア将軍の傷が痛み出したと言っていたので、ティアナ王女にも医務室へ来て欲しいと思いまして。」
カークが笑いながらゼニアスに言えば、ゼニアスはふっと鼻で笑いながらゼニアスにさらに近づいた。そして、ティアナには聞こえないぐらいの声で、カークに耳打ちした。
「お前達二人の将軍は邪魔すぎる。特にお前は、昔から俺にたてついているからな。近々消してやるよ。」
「…あなたに出来るのであれば、ご勝手に。」
カークのにこやかな受け答えに、ゼニアスは再び舌打ちをした。
「ただ…姫様に手を出したら、俺達だってあんたを生かしておくつもりは無い。」
そんなゼニアスに、瞬時に真顔になったカークが耳打ちをする。
「では姫様、行きましょうか。」
「う…うん?」
ゼニアスとカークが話していた内容を知らないティアナは、少し戸惑いながらもカークに従った。
自身の憎き天才の妹と、邪魔くさい将軍の後ろ姿を見送りながら、ゼニアスは憎しみを込めて小さく言葉を発した。
「身分もわきまえぬバカどもが…必ず始末してくれる。」
その頃ティアナは、自身を殺そうとする恐ろしい兄が見えなくなったとわかると、カークに話しかけた。
「ねぇ、カーク。クレアの怪我の悪化のような話は、嘘なのでしょう?」
「なぜそう思うのです?」
「だってクレアはいくら酷い怪我でも他人に痛いなどと言ったことは無いわ。」
「…流石ですね、姫様。それにクレア将軍も。」
「クレアが私を迎えに来るようにカークに頼んでくれたのでしょう?」
「はい、そして自分が怪我が痛み出したと言ったと言え、と言われたのです。そう言えば姫様はほとんど全てを察してくれるから、と。」
ティアナは、カークの言葉を肯定するように頷いた。
おそらくクレアは、何処かはわからないが、ティアナとゼニアスが共に王に呼ばれたと知ったのだ。
そして、予測を立てた。
ゼニアスは傲慢な男だ。ティアナと一緒にされることは屈辱だとまで思っている。
そして今日が何かの命令を与えられる日だとクレアは知っていた。
ティアナと同じ命令を王から下されたら、ゼニアスはどうするか。
最悪、ティアナの方を邪魔と見なし殺そうとするだろう。と。
普段は抜けているくせに、こういう時クレアは本当に抜け目がない。
自身はまだ素早く移動できるほど回復していないため、カークに迎えに行く役を任せたと言ったところだろう。
「俺からの説明は要らなさそうですね。とりあえず、クレア将軍の元に向かいましょうか。そこで命令の内容を教えて下さい。」
「えぇ、そのつもりよ。」
そんなやりとりをしながら、二人は長い長い廊下を歩いてゆく。
そうして、やっとのことで医務室へと着いた。
中に入ると、患者はもともと居なかったが、不思議なことに医務官は誰一人いなかった。
ティアナとカークは顔を見合わせてから、奥へと進んでいった。
そしてクレアが寝ているはずの寝台が見えるぐらいまで来た時、その側の床に赤い液体が飛び散っているのが見えた。




